第34話 クラブバーネスキャプテン、三竹さりなの巻

 とある日の夜十時、私は自室にある机に座りながら頭を抱えていた。クラブバーネスに向かわないまま試合前日になったからだ。チームメイトと交流せずに試合に挑むのは非常に不味い。


「ほのみさんは事情を理解してくれたけれど、他の人がどう反応するかは分からないよなぁ。人物像が分からないと会話内容も困るだろうし……」


 私は机に突っ伏した。木の温もりが額に伝わっていく。

 そのままの体勢で頭を左右に揺らした。

 意味を持たない時間を使っていると、頭の中に考えが沸く。


 今の私が出来ることは、ただ一つ。プレーで貢献することだ。

 

 試合に出る機会があった時、中学男子に負けないプレーをする。技術で勝らなくとも気迫は強く持つ。それが私が出来る唯一の償いである。


 過去を悔いても意味がないと割り切った私は荷物を用意した。ほのみさんから指定されている荷物をリュックに入れ、練習服をベッドの前に置く。


「よし、これで大丈夫だ。明日遅刻しない限り問題ないでしょ!」


 元気良く独り言を呟きながらベッドに潜る。

 気分が高揚しているため、早く眠りに落ちた。


 その日、私は夢を見た。今よりも体が大きくなった私が沢江蕨高校で試合に出る夢だった。三原君が仲間にいて、腕を組みながら私の憧れた人物が試合を眺めている。

 試合はロスタイムに入り、ラストチャンスで私の足元にボールが収まった。


 キーパーと一対一の好条件を活かすしかないと考え、シュート体勢に入った。

 ボールを見つめながら右足でしっかり振り抜いた。

 私が放ったシュートがどうなったのかは分からない。


 私の意識が覚醒してしまったからだ。


「最っ悪……せめてシュート結果見せてよぉ……!!」


 私は語気を強めながら体を起こした。時間を確認すると、午前六時を示している。目覚ましよりも早く起きたようだ。私は目覚ましの設定を切ってから顔を洗うために階段を降りた。


 じゃぶじゃぶと音を鳴らしつつ意識を覚醒させる。表情練習を軽く終えた私は自室に戻り服を着替えた。白ソックスの下に脛当てを入れ、白のサッカーパンツを履いた。上を脱ぎ青の運動シャツを着た後、軽く準備体操する。


 小学校で着ていた服だったため、大きさが不安だったが問題はなさそうだった。

 同時に、私は身体があまり大きくなっていない現実を知った。夢で見たグラマラスボディを身に着けられるのかと胸元を見ながら不安を抱く。


「まぁ、なるようになれとしか言えないかぁ」

 

 私は溜息をつきながら荷物を確認した。財布と携帯、空の水筒とタオルがしっかり入っていた。私が安心していると、扉がノックされる。声色からお母さんと分かった私は「何?」と声を返す。


「ご飯できたわよ~~試合、頑張ってね」

「ありがとう、お母さん」


 私は微笑みながらお母さんにお礼を伝えた。荷物を自室に置いて階段を降りる。食卓には味噌汁と卵焼き、お米が置かれていた。胃に負担がかからない献立だなと私は感じていた。


「今日の試合、私達も見に行こうかって話していたの」

「あ、そうなんだ。嬉しいけど……う――ん、今日はいいかな。見られると緊張しちゃうかもしれないからね」

「うん、分かったわ。とにかく試合頑張ってね!!」


 私はいいお母さんだなと思いながら両手を合わせご飯を食べ始めた。ゆっくり味わいながら食事を楽しむ。意識するだけで私のリンゴみたいな頬は軽く跳ねた。


 十五分ほどで料理を食べ終えた私は両手を合わせてからお礼を伝えた。歯磨きなどを済ませ自室で休んでいると、スマホが鳴る。通知を確認するとほのみさんから連絡が届いている。


「接那ちゃん、今玄関前に来ているから降りてきてもらってもいい?」

「分かった! 連絡ありがとう!!」


 私は素早く返信してから荷物を持ち階段を降りた。

 トレーニングシューズを履き、かかとがずれていないか確認する。


「準備良好、問題なし、と」

「ふふっ、今日の接那は楽しそうね。久しぶりにそんな笑顔を見たわ」


 私が靴を確認していると、出迎えに来たお母さんが嬉しそうに呟いた。思い返すと、ここまで高揚しているのは久しぶりだった。


 やはり私は、サッカーを見たりするよりもプレーする方が好きらしい。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 私は元気良く家の扉を開けた。眩しい太陽の光に目を細めていると、三人の少女に目が映る。ほのみさんとかなちゃん、そしてもう一人は知らない子だ。


 二人ともユニフォームを着ていることからチームメイトだろうか。私がそんな分析をしていると、オシャレな服を着たかなちゃんが話しかけてくる。


「おはよう接那、今日も元気が良いね」

「おはようかなちゃん! 今日も元気満タンスーパーマンだよ!!」

「うん、張り切りすぎてテンションがから回っているみたいね」

「ふふっ、そういうかなちゃんも今日は毒舌なようだね」

「ふふふっ」

「あはははっ」


 私達がじゃれあっていると、ほのみさんの隣にいた女の子が声をかけてきた。國岡に負けず劣らずの美人だなと私が思っていると、深々と頭を下げてくる。


「おはようございます。私、クラブバーネスでキャプテンを務めている三竹みたけさりなです。本日はよろしくお願いします」

「あっ、因みに私は副キャプテン! ポジション右サイドハーフ!」


 ほのみさんが私と似た雰囲気を持つためか真面目だなと感じた。私もつられて真剣な表情でサッカー経験とポジションを交えながら挨拶を行った。


「フォワードですか。それは頼もしいですね。本日は怪我無く過ごしましょう」

「……そうだね! 頑張ろう!!」


 私は妙な硬さを持ったキャプテン、さりなさんに元気良く返事を返してから緑岡高校へ向かう事にした。


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