第32話 期末試験勉強会の巻

 六月十七日、日曜日。


 埼玉県蕨市の最高気温は三十度を超え、半袖姿の人々が街を闊歩するようになっている。ニュース番組で熱中症対策が必要だと説明されている中、ランニングと朝風呂を終えた私は外出する準備を行っていた。


 鍛えた両足を白靴下で包み、腰から下にはジーンズを履く。無地の半袖白シャツを着た私は両肩にリュックサックを背負った。スマホを用いて姿を数回確認した後、私は自室から出る。


 両親に「行ってきます」と伝えてから、普段使用しているトレーニングシューズを履いて外に出た。前日雨が降ったからか、湿度が高く蒸し暑いなと感じる。


 雲一つない青空を眺めてから顔を下げる。直後、私の視界に一人の少女が収まった。足元に黒のスポーツサンダル。サンダルから見える素足を白ベースのドットスカートが包む。ロゴが入ったシンプルな半袖シャツは体の繊細なラインを丁寧に整えている。ワンポイントで黒色の帽子とボディバックを身に着けていた。


「おはよう、接那。今日は暑いね――」

「おはよう、かなちゃん。ほんと、暑いよねぇ――」


 オシャレな服装をしているかなちゃんがにこやかに微笑んできた。私は可愛いなと思いながら返答を返した。


「前に伝えたけど、期末勉強のために図書館へ行くからね。筆記用具は持った?」

「持ったよ。筆箱やノート、教科書も入ってる」

「うん!じゃあ行こうか!」


 私はかなちゃんと横に並びながら猛暑の蕨市をゆっくり歩き始めた。談笑しながら周りを見ると、電柱にぶら下がる蝉や半袖姿で走る男性の姿が見える。もうすぐ濃い夏が訪れるなと私は思っていた。


 かなちゃんと合流してから十五分ほどで目的の図書館に到着した。街路樹やまばらに埋まっている駐輪場を眺めつつ館内に入る。普段図書館に行かない為、何人入っているかは分からないが多く感じた。館内に置かれているスポーツ記事のコーナーにはお爺さんやお兄さんが苦い顔をしている。


「エスガバレー埼玉、勝ててないな……フロントが悪いんじゃないか?」

「今年も降格争いか……はやく強くなってくれよ」


 願う様な恨むような言葉を聞きつつ、私達は自習スペースに向かっていった。朝早くであるにも関わらず、席は多く埋まっていた。ミステリーを読んでいる高校生や、眼鏡をかけた大学生が散見される中、私達は二人横に並んで座れる席に座った。

 

「接那、ちょっと参考書見て来るから荷物見張っててもらっていい?」

「分かった。ちゃんと見ておくね」


 私は書籍を捜しに行くかなちゃんを見送ってから勉強する為の用意をした。学校の参考書とノートを開き、筆箱からシャーペンを取り出す。勉強の用意を一通り済ませてから、スマホを取り出す。


「少しだけ、少しだけだから……」


 申し訳無さそうな顔で独り言を呟きながら、検索サイトで『エスガバレー埼玉』と入力した。画面を読み込む時間が生じた後、検索結果が表示される。数分間かけて調査し分かったことは、サッカーチームであることと下位に沈んでいるという点だ。


「……そりゃあ、ファンからしたら辛いよねぇ」


 私は荒畑さんの所属するチーム、ヴィレッジ群馬を思い返す。ヴィレッジ群馬はFリーグ内でも有数の得点力を誇るチームだが、優勝は果たしていない。プロ契約をしている選手があまりいないことは理由だが、本質は別にある。


 ヴィレッジ群馬は得点数よりも圧倒的に失点数が多いのだ。特に荒畑さんが先発する試合は荒畑さんが奪った得点以上に失点するケースが多い。守備力が低い訳では無いからこそ、何故失点数が多いのか私は理解出来なかった。


 けれども、理解出来ないとてそれが彼らの試合結果に左右することは無い。

 私達はプロを応援する事しか出来ないのだから。


「けど、応援するしかないよね」


 私は頷きながら顔を上げた。眩しい蛍光灯に目を細めていると、仁王立ちのかなちゃんが視界に収まった。にこやかに微笑んでいるかなちゃんを見た私の背筋がピンと伸びる。


「ファンからしたら、何だって?」

「あっ、えっとぉ……勉強できないと辛いなって思ってぇ……」


 私は人差し指を合わせながら上目遣いでかなちゃんに媚びた。かなちゃんは私の膝に置いていたスマホを静かに取ると、「没収。勉強に集中して」と優し気にいう。


「ごめん……スマホ無いと辛い……」

「ダメ。接那、油断するとスマホやっちゃうでしょ?だから、昼ご飯までは我慢しよう。大丈夫、後で返してあげるから」


 かなちゃんの言い方から察するに、本当に返してくれないのだろう。

 諦めて勉強するしかないようだ。


「分かった、約束だよ?」

「うん、ちゃんと守るよ。さぁ、勉強しよう」


 私はかなちゃんに促され、勉強することにした。分からない問題などを質問しながらコツコツ問題を解いていると、あっという間に十二時になった。


「そろそろお昼ご飯を食べに行きましょうか」

「そうだね。美味しいもの食べよ!」


 私はスマホを返してもらってから直ぐに料理を検索した。評価が高くて安いランチがあるメニューを捜していると、一件の店に目が留まる。

 ナンをウリにしているお店だった。


「ここ、美味しそうだね。料金も千円で安いし」

「そうね。ここにしましょうか」


 私はかなちゃんと軽く話してから、そのお店に向かう事にした。

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