第30話 麺キチかなちゃんの巻

 天才と変態、否、馬鹿と天才は紙一重という言葉を聞いたことがある。

 意味は分からないが、凄い言葉と言う事は何となく知っていた。

 いつか使う機会があるかもしれないとは思っていたが――


「正に、馬鹿と変態は紙一重……?」

「は?」

「あっ、ごめん。唐突に頭に出てきたから口にしちゃった」


 私は機嫌が悪そうなかなちゃんに両手を合わせて謝った。かなちゃんは軽くため息をついた後に表情がいつも通りに戻った。私は安堵しつつ、松井さんを見る。


「ちなみにだけれど、國岡さんと会う事ってできるかしら?」

「う――ん、そうですね。取り合えず、やってみます」


 私はスマホを取り出し電話をかける。

 四回程度呼び出し音が鳴った後、相手の声が聞こえてきた。


「霧原さん。どうしたの?」

「んとね、何かフリーっていう仕事についてる松井さんって方が國岡に会いたいらしいから今から合流したいんだけれど、大丈夫そう?」

「なるほどね。じゃあ、目的地を伝えるからその場所まで来てもらえるかな?」

「分かった。二人にも伝えとくねぇ――」


 私は三原君の返事に対し笑みを浮かべながらスマホを一旦ポケットに入れる。


「取り合えず、連絡が取れたので行きましょう」

「ほんとですか! ありがとうございます!!」


 松井さんは深々と私に頭を下げた。大人な方なのに偉く腰が低い方だなと私は思いつつ、三原君が送ってくれた情報をもとにその場所へと向かう事にした。


「私、気になったんですけど、どんなことについて執筆されているんですか?」

「主に学生スポーツやなでしこリーグ、Fリーグ等の様々な記事を書いていますね」

「へぇ――! そうなんですね!!」


 私は松井さんが凄い人なのかなと思いつつ暗くなり始めている町を歩く。顔を上げて周りを見ると、瞳に家の窓から漏れている光が瞳に映った。そろそろ夕飯の時間だと気が付いた私の腹の虫が活性化する。


「ははっ。接那、お腹減ったんだねぇ」

「もぉ――恥ずかしいなぁ」

「ふふっ、お二人は仲睦まじいですね。折角ですし、取材の後で食事をおごらせて頂きますよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!!」

「……ありがとうございます」


 私は奢りという言葉を聞き、頬が高揚した。奢りという言葉は何と良いのだろうか。私がそんなことを想っている中、かなちゃんは軽くお礼を伝えた。まだ、松井さんとの間に溝があるんだろうなと私は感じていた。


 三十分程度歩いたころ、私達は三原君に指定された蕨市民公園に着いた。人通りは少なく、歩いているのは私達だけのようだ。辺りを見渡していていると、ワイシャツと黒長ズボンを着ている人物とサッカーウェアを着ている人物がサッカーボールを取り合っているのが目に入った。


「三原君――! 國岡――! ちょっと来て――!」

「あと少しだけ待ってぇ!」

「今一対一やってるからぁ――!」


 三原君と國岡は同じタイミングでそう返答した後、互いに向き合う。國岡がボールを持っており、三原君がボールを奪うという状況のようだ。そう言えば今まで彼らの一対一を見た事が無かったなと思った私はこれから起こる勝負に胸を高鳴らせた。


「ふっ!」


 國岡は三原君からボールを奪うために走りながら体を当てた。それに対し、三原君は右足裏でボールを触りつつ重心を左足にのせて相手のタックルでバランスを崩さないように耐えた。その直後、國岡は体を入れながら左足を右足裏に交差させ三原君のボールを奪い取ろうとした。



 三原君は國岡の狙いに気が付き右足裏でボールを蹴りだし避け切った。國岡は三原君に躱されたことで重心を崩し芝生の上に尻もちをつく。数秒間の攻防の結果、三原君が勝ったようだ。


「ふふっ、今回は僕の勝ちだね。暦」

「クッソ――! 次は負けないんだからぁ!」

「挑戦、待ってるよ」

「こっちこそ! 顔洗って待ってなさい!」

「それを言うなら首を洗うじゃない? まぁ、いいか」


 三原君はボールを浮かせ両手でキャッチした後、私達の方へと小走りで向かっていった。頬が赤くなっていることから、何本か一対一をやっていたのだろう。


「また会ったね、霧原さんに市城さん」

「そうだねぇ」

「そういえば、そちらの方は?」

「こちらの方は……えっと」

「スポーツジャーナリストの松井芳江さん」

「あ、そうだったそうだった。ありがとね、かなちゃん」


 私は後頭部を右手で擦りながら愛想笑いを浮かべる。松井さんは困り眉になっていたが、ここで謝ったところで要件の時間が無駄にかかってしまうので止めておこう。


 私が心の中で反省している中、國岡が笑みを浮かべながら小走りでやってきた。三原君と対戦が楽しかったのか、口角が上がっており目元も優しげになっていた。


「暦、この人がさっき伝えた記者の方」

「あぁ、そうなんだ。初めまして、國岡暦です~~」


 國岡は深々と頭を下げながら明るい声色で挨拶した。両手を後ろに回し背筋を伸ばしているため、いつも以上に整った顔が綺麗に見える。サッカーストーカーの姿ではなく自然な國岡の姿を見れた私はやっぱり美人だなと頭の中で考えていた。


「國岡さん、こんばんは。松井芳江です。今日は女子サッカーの期待の星である貴方にお話を聞きたくアポを取らせていただきました。お時間等は空いていますか?」

「そんなにかしこまらなくていいですよ~~私、結構適当なので。後、今日は暇なので時間とかは大丈夫です」

「それは良かったです! 取り合えず、食事出来る場所へ行きましょうか。もちろん、皆さんも一緒に来てください」

「やった――!!」


 國岡の返事を聞いた松井さんは笑みを浮かべながら私達にそう声をかける。先程聞いていたが、やはりご飯を頂けるのは嬉しいと思った私は天高くこぶしを突き上げながら喜びを露わにした。


「で、どのような場所に行くんですか?」

「そうですね……取り合えず、定番のうどん屋さんにでも行きましょうか」

「うどん屋さん!? うどん屋さんですか!!?」


 松井さんがうどんと口にした直後、かなちゃんが両目を輝かせながら口角を上げた。先程まで機嫌悪そうだったかなちゃんが麺類の話を聞いた瞬間に何時ものテンションになったことに私はドン引きしていた。


「うどん屋さんだったら、良い店知ってます! 来てください!」

「わ、分かりました」


 松井さんもかなちゃんの豹変ぶりに驚いているようだ。私は困り眉になっている松井さんに心の中で「すみません、その子麺キチなんです」と謝りながら喜びを露わにするかなちゃんについていくことにした。

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