第29話 らぶらぶいちゃいちゃしやがっての巻

 試合観戦を終えた帰り道、私は電車の座席にもたれながら脳内で試合映像を流していた。逆境も跳ね除ける荒畑さんのプレーを思い出す度に自然と口角が上がる。


「嬉しそうだね、接那」

「うん! 無茶苦茶嬉しい!」

「ふふっ、良かったね」


 かなちゃんは私に優しげな顔を見せながら柔らかい声で呟いた。それにつられるように私の頬が柔らかくなり自然と笑みがこぼれる。


「明日からも頑張ろうね」

「うん!」


 私は今日の試合が見れて良かったと感じながら明日の仕事マネージャーも頑張ろうと感じていた。


「ちょっと待った!」


 國岡が私の顔を真剣に見つめながら語気を強める。何事かと思いながら國岡の方に私は顔を向けた。


「今日はこの後、私とサッカー練習に付き合うって話だったでしょ!?」

「……そんなこと言ってたっけ?」

「言った! 言ったよ!!」


 首を傾けながら記憶を思い出そうとする中、國岡はむっとしながら私を見つめていた。私がどの様に返答すれば状況を収められるか考える中、三原君が「僕が相手するよ」と言ってくれた。


「それで大丈夫だよね、暦」

「三原君……うん、分かった! そうする!」


 國岡は私に見せていた表情から数秒で笑顔になり、明るい声色で三原君に対応した。対応速度が速すぎて驚いたが、まぁ幼馴染だしなと思った私は直ぐに二人から顔をそらした。


「ふふっ、あの二人本当に仲が良いのね」

「そうかなぁ? 三原君が振り回されているだけに見えるけど」

「確かに、そうかもねぇ――」


 かなちゃんは笑みを浮かべながら明るく返答する。言葉の意味が分からなかった私は神妙な面持ちになりつつ自分の中で状況を考えようとする。そうして数分考えて私が出した結論。


 それは、二人がラブラブでラブラブなラブコメ空間にいるってことだ。

 ラブコメ空間にいるなら仕方ない。あれは何というか、あれだ。他の人間が入ったら猛獣に食われるような目を向けられるあれだ。だから、仕方が無いんだ。

 後は二人でいちゃこりゃうっふふやってもらおう。


 別に羨ましいってわけじゃないんだからね!

 

 私が心の中で語気を強めている中、電車のアナウンスが鳴る。どうやら蕨駅に到着したようだ。私は忘れ物が無いかしっかりと確認した上で電車から降りようとした。


 その時、私はふと一人の女性が目に入った。その女性は先程アリーナで私に声を掛けて来た美人なお方だった。スーツを着た大柄な黒人の方と何かを話している。私がその会話内容に興味を持っている中、「接那――電車降りてぇ」とかなちゃんから声がかけられた。


「ごめんごめん! 直ぐに降りる!」


 私は何とか体を挟まれる事無く電車から降りることが出来た。

 ふ――と一息ついた後、過ぎ去る電車に目を向ける。


「一体何を話していたんだろう?」

「接那ぁ――もう行くよ――」


 私はそんな二人が無性に気になりながら駅から出る。交通系カードの残高はまだ余裕があるなと思っていると三原君が國岡の頭を撫でながらこう呟いた。


「じゃ、僕達先に帰るね」

「じゃ――ね――!!」

「うん、またね」

「またね――」


 私はきゃっきゃうふふしながらお互いに手を繋いでいる二人に手を振った後、かなちゃんと一緒に帰ることにした。かなちゃんは死んだ魚の目をしていたが、多分慣れていないのだろう。

 

 そんなことを想いつつ歩いていると、セミの鳴き声が聞こえてきた。セミの内容的に焦げ茶色のやつだろうかと頭の中で想像する。緑に染まった木々が目に入ると、爽やかな風が私の頬を撫で木々の匂いを連れてきた。


 夏が訪れると思いながら私は空を眺める。

 夕焼けに満ちたオレンジ色の空が温かく感じた。

 胸がぽかぽかとしているからか、別の理由かは分からなかった。


「そこの方達、聞きたいことがあるんだけれどいいかな?」


 落ち着きを取り戻し、自然に触れながら落ち着こうとしている時に私達は声をかけられた。上に向けていた顔を戻し声が聞こえた方に目線を向ける。

 そこにいたのは白色のワイシャツに黒色のズボンを着た女性だ。悩む表情をしている女性を私が見つめているとかなちゃんが私の右手を引っ張る。


「接那、行こう」

「え、でも」

「いいから!」


 かなちゃんは私の手首を無理やり引っ張りその女性から通り過ぎようとした。

 かなちゃんの行動は私も薄々理解していた。学校では良く知らない人から声をかけられたら反応せずに無視をしましょうと言われている。


 その理由は、犯罪に巻き込まれないためだ。特に小中高生は成長期であり人格形成される時期である。そんな中で犯罪に巻き込まれれば大変なことになるだろう。


 そんな基本に対し、かなちゃんは真面目に従っているのだ。

 このまま立ち去るべきだろうかと私は自分自身に問いかける。


「ごめん、かなちゃん」

「接那!?」

「すみません、一体どうしたんですか?」


 私はかなちゃんの手を振り払い、女性に対して声をかけた。

 どんな結果でも行動するのが私のポリシーだからだ。


「ありがとう。で、質問したいってのは……」

「それより、先に名前と身分を出してください。話はそれからです」


 女性が話し始めようとした直後かなちゃんが睨みながら呟いた。私は目を丸くしながらかなちゃんの方を見つめ「相手の方、年上だからこう……もっとやんわりとね」と口にする。


 それに対し、かなちゃんは「………そんなの言われなくてもわかってるよ」といら立ちを見せながら口にした。様子を見るに心配してくれているのだろうが、もう少しだけやんわりとした雰囲気を纏ってほしい。


 私がそんなことを想っていると、女性が右手に持っていた仕事用バッグの前ポケットから一枚の紙を取り出し私に手渡した。


「私、スポーツジャーナリストとしてスポーツ系の記事を手掛けている松井芳江まついよしえと言います。今回は仕事の一環でとある人物に会いたいと考え、声をかけさせていただきました」

「じ……じゃ……? な、成程。そんな仕事をされているんですね。でも何で私達に声をかけたんですか?」

 

 私は先程の言葉が分からなかったことをごまかしつつ松井さんに質問した。すると、松井さんは目を丸くしつつ優しい声でこう言ってくる。


「何でって言われましても、先程一緒にいたじゃないですか?」

「一緒にいた人物……? それは一体、誰ですか?」

「決まっているじゃないですか、國岡さんですよ」


 私は松井さんが放った言葉を聞いた直後、同じく目を丸くした。國岡ってそんな有名人なのかっていう気持ちと共になぜあんな変態に近づこうとしているのかという疑問が沸いたからだ。


「なんで、國岡に近づこうとしているんですか?」


 私が疑問に思ったことを質問すると松井さんは数秒間右手を顎下に当てた。

 その後、真剣な面持ちで私の顔を見ながら言葉を呟いた。


「國岡暦さんが女子U-14合宿やU-15女子日本代表に抜擢される可能性があるからです。それが事実かを確かめる為に、私は國岡さんに直接会おうと思ったんです」

「……は?」


 私は間抜けな声を出しながら予想外の答えに驚いていた。

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