第28話 ヴィレッジ群馬対品川シティーズ戦 ⑤


 荒畑は二度深呼吸をした後、熱気が溢れるピッチに足を踏み入れた。落ち着いた表情で入る荒畑に視線が集まる中、磐木が不敵な笑みを浮かべ声をかける。


「お前さんでもどうにもならんじゃろ。この状況は」

「こんな逆境は何度も経験してるよ」


 磐木に顔を向ける事無く返答した後、荒畑は軽い足取りで藤浪の前に入った。藤浪は小柄な選手だなと思うと同時にフィジカル勝負では勝ち目があると考えマークにつく。


 そんな荒畑を横目に光行は苛立ちを感じながらキックインの準備をした。本来体の小さい選手はフリーでボールを受けるために足を動かす。確実にボールを保持できるからだ。それに対し、荒畑はあえてでかい選手に真っ向勝負を挑んだのだ。


 万が一奪われればカウンターをくらう可能性がある。

 本来ならばパスを出さないという選択肢が正しいだろう。


 しかし、光行は荒畑に出すしかなかった。

 荒畑だけが不利な状況を変える起爆剤になるからだ。


「頼んだぞ、荒畑!」


 光行は荒畑にグラウンダーの素早いパスを出す。藤浪は荒畑に前を向かせないように体を入れつつ、トラップした瞬間にボールを奪い取るという目的を持っていた。


 荒畑の一挙一動に注目しながら、体を石のように固くする。

 並の選手であれば突破困難の壁というにふさわしいだろう。


「なっ……!?」


 しかし、藤浪の頑張りは荒畑のワンプレーによって崩壊した。荒畑がトラップせずにボールを下からすくい上げ、頭上を越す様にボールを浮かせたからだ。シャペウという高テクニックな技が飛んでくることを予測していなかった藤浪は反応出来ず、加速していく荒畑に置いていかれた。


「行かせん!!」


 そんな荒畑に対し、フィクソの枦山が対峙する。枦山は左に行こうとする荒畑のユニフォームを掴み、無理やり止めようとした。ファウルして一度試合を止めた方が良いと判断したからだ。しかし、荒畑は涼しい顔で体を捻り枦山を躱した。


 バランスを崩しアリーナに倒れながら枦山は去っていく荒畑を見つめるしか出来なかった。そんな数秒で二人を抜いた荒畑の前に、ゴレイロの衿口が立ちはだかった。


「ここは決めさせん!!」


 衿口は荒畑が蹴る方向を見極めるためにじっくりと観察する。

 その時が来るまで確実に粘るために集中を切らさない様にしていた。

 張り詰めた空気に満たされていく中、荒畑が動く。


 荒畑は軸足を左に向け右足でシュートを放とうとしたのだ。そのコースを見極めた衿口は横に飛びシュートを止めようとする。


 しかし、それは荒畑が狙っていたことだった。


「なっ!?」


 荒畑は右足でボールを浮かせただけだったのだ。横に飛んで体勢を崩した衿口は荒畑が放ったシュートがゴールに吸い込まれる様を見つめるしか出来なかった。


 出場してたった数十秒という間もない時間で結果を残した男に対し、場内から歓声が巻き起こる。それは得点が決まったからではなく、荒畑の圧倒的なプレーに魅了されたからだというのが正しいだろう。


「ナイスシュー、荒畑!!」

「お前ならやると信じてたぜ!!」


 汗だくのユニフォームを着たヴィレッジ群馬メンバーが荒畑に駆け寄り喜びを露にしようとした。そんな中、荒畑はゴールに入ったボールを取り振り返る。


「まだ、試合に勝ったわけじゃない。ここからだぞみんな。勝ち切ろうぜ!!」


 荒畑は一ゴールで満足する事無くチームを鼓舞する声をかけたのだ。その様子を見たメンバー達は驚いた表情を浮かべた。しかし、荒畑が居れば勝てるかもしれないと思ったメンバー達が否定する要素は無かった。


「あぁ、そうだな!!」

「このまま勝ち切ろうぜ!!」


 荒畑の鼓舞を聞いたメンバー達は各々気合を入れ試合に集中した。センターラインにボールを置き磐木とすれ違う中、声をかけられる。


「お前さん、凄いのぅ。あんな技術ワシは持っとらんわ」

「そりゃどうも」

「だが、ワシとは戦わなかったのぅ。逃げたってことかの?」


 その言葉を聞いた荒畑は立ち止まる。


「残念じゃのぅ、エースと言われる割には肝っ玉が小さいんじゃのぅ」


 磐木は荒畑を怒らせようとするために嫌な言葉をかけ続けた。磐木がこの様な言葉をかける理由。それは、ヴィレッジ群馬の精神的支柱を叩き折る事だった。


 期待出来る選手がいないチームは、衰退することを磐木は理解していたのだ。

 

「俺は試合を勝たせることを優先するから、俺からは仕掛けない。たが、お前が喧嘩を売るなら買ってやるよ」

「ほぅ……ずいぶん余裕そうだなぁ。だが、良い。やってやろう」


 磐木は表情一つ変えないことに苛立ちながら栄藤を呼び出した。


「栄藤、俺にボールを渡せ」

「…………ええよぉ」


 栄藤は唇を尖らせながら磐木のお願いを承諾した。

 栄藤と磐木がセンターサークルに入った直後、試合再開の笛が鳴る。栄藤が軽く蹴った直後、磐木が単独でドリブルを仕掛けた。それに対し、荒畑は磐木から見て右方向を切るように守備を行った。


左方向の縦は緩く開けており、突破しようと思えば抜ける範囲だ。そう考えた磐木は荒畑の方とは逆方向に行こうとする。それに対し荒畑は素早いサイドステップで対応した。

 

 抜こうとしても抜ききれないことに苛立ちを感じながら磐木は単独でボールをキープしようとする。その様子を見た栄藤が後ろに戻せとジェスチャーを送る。


 しかし、磐木にはその姿が見えていなかった。荒畑に勝つと言う事しか見えていなかったのだ。そのことにより、磐木はボールを奪われた。


 その相手は、荒畑ではなく右サイドに入っていた室だった。荒畑は室が取りやすいようにコースを限定した守備を行っていたのである。磐木はボールを奪われたことに苛立ちながらも守備をするために全力で腕を振る。


 室は守備が後ろからやってきていることに気が付き走っていた荒畑にパスを出そうとした。しかし、栄藤がマークについたことで一瞬戸惑いが生じる。

 それを狙う様に、藤浪が守備にやってきた。


 ここでボールを奪われる訳に行かなかった室は焦りを感じたが、勝たなければ道は開けない。そう考えた室は藤浪に対し勝負を仕掛けた。藤浪は絶対抜かせないと思いつつ、守備をする。互いに譲らない展開が続いた後、軍配が上がった。


 勝者は室だった。体を左右に振り躱そうとする中、藤浪の股が開きかかっていることに気が付いた室が股抜きをすることで躱したのだ。それと同時に荒畑もマークを振りほどく。二対二という有利な状況にもっていくことに成功した。


「荒畑、任せた!」


 室はフリーになっている荒畑にパスを出す。荒畑はそのボールをトラップせず、直接シュートを放った。鋭い回転のかかったシュートがゴールに向かう中、衿口が飛んで反応する。


 衿口が反応したコースは間違いなく荒畑のシュートを止められる方向だった。ボールが胸元近くまで来た際に取れることを確信し、両手で構える。


 しかし、衿口が予想する場所にシュートは来なかった。ボールが突如下に向かっていったからだ。必死に手を伸ばしボールを取ろうとしたが反応することは叶わなかった。


 荒畑の放ったシュートは綺麗にゴール内へ吸い込まれていったのだった。

 

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