第27話 ヴィレッジ群馬対品川シティーズ戦 ④
後半はヴィレッジ群馬ボールで始まった。志垣が福保へパスを出し、ダイレクトで光行に渡す。光行は周りを確認した後、室へパスを出した。直後、一人の選手がプレスをかける。それは前半の時に交代で入った磐木だ。
磐木は足音を鳴らしながら室に対し激しく体を当てた。強い力をかけられた室は踏ん張ることも出来ず吹き飛ばされる。ボールは磐木が触ってからラインを割ったためヴィレッジ群馬ボールになった。
「室、大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫です。ただ、ガタイ強いですね。キープ出来るか分かりません」
「そうか……厳しそうだったら直ぐに戻せ」
「了解っす」
室がキックインで光行へ出した直後、品川シティーズのピヴォとアラ、フィクソが一斉にプレスをしかけた。パスコースを防がれた光行はピヴォの磐木に対し背を向けボールをキープしようとする。
しかし、磐木は簡単に止まらなかった。
光行の背中に体重をかけバランスを崩させようとしたのだ。ボールを取られシュートチャンスを作らせたくなかった光行はボールを外に出すことで難を逃れた。
「面倒じゃのぉ」
「誉め言葉をありがとう」
「褒めとらん」
磐木が渋い顔をしながら厳しいマークをする光行の前を取ろうとする。
万が一パスを取られるのは不味いと考えた藤浪は後衛に回っていた栄藤にパスを出す。栄藤はパスを貰うや否や軽くボールを足裏で触りつつ顔を上げる。
「え――っとぉ……ここかぁな?」
栄藤は不思議な口調で呟いた後、鋭い振りでボールを蹴った。誰もいない方向に一直線で向かうパスを見た福保はスルーしても大丈夫だろうと考え、ゆっくりとした足取りでボールに向かっていく。
「福保、急げ!!」
「えっ?」
福保に対し光行が大声を出す。何事だと思いながら光行の方に目をやる。そこには先ほどまで競り合っていた男がいなかった。
「残念じゃったのぉ。慢心はいけないんじゃ」
声が聞こえた方に目を向けた時にはすでに遅かった。磐木は追いつけない距離までドリブルしていたのだ。福保は己の慢心を悔いつつ必死に両腕を振りながら光行のディフェンスに加勢しようとする。
その動きに呼応するように志垣は苦悶の表情を、室は硬い表情を浮かべながら戻り始めていた。それぞれがチームのために出来る最善を尽くそうとしていたのだ。
しかし、現実は非情である。ヴィレッジ群馬メンバーの頑張りも虚しく、磐木が放った鋭いシュートがゴレイロの右手を弾きゴール左上のネットを揺らしたのだ。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
磐木はアリーナ中に響き渡るような大声を出し喜びを露にした。品川シティーズメンバーが笑みを浮かべながらハイタッチをかわしていく。
「すまん、俺が取れんかったばかりに」
「仕方ないっすよ、隅田さん。相手が上手かった。そう言うしかありませんよ」
光行は顔を下に向けている隅田に対しそう伝えた。隅田は「あぁ……」と返事を返したが頭を下に向け続けている。当分の間平静に戻らないだろうと考えた光行はボールを両手で持ち上げてからどうすれば良いのか考えていた。
「ミツさん、俺に任せてください。この現状を変えてみせます」
「志垣」
そこには決意の表情を浮かべた志垣の姿があった。体中汗だくになっており、心なしか顔色も悪い。そんな状況の中、こう言ってきたのだから光行は「無理をするな」と言おうとした。
「俺はここで結果出さなきゃどの道終わりです。チャンスをください」
しかし、志垣のこの発言を聞いた光行は悩みながらもチャンスを与えることにした。ヴィレッジ群馬メンバーを集め、指示を出す。
「これからは志垣にボールを集めろ」
「えっ、志垣にですか!?」
「あぁ、そうだ。言う事を聞いてくれ」
「分かりやした。とにかくやってみます」
「了解です。指示に従いましょう」
「ありがとう、二人とも」
光行は指示に従ってくれた二人にお礼を伝えた後、センターサークルにボールを持っていく。志垣の顔を見つめながら、口を開いた。
「良いか、絶対無理はするなよ」
「……分かりやした」
志垣は一瞬間を置いた後、その様に返答した。
審判の笛が鳴ると同時に志垣へボールを渡す。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
志垣は声を張り上げながら単独でドリブルを開始した。その姿を見た磐木が笑みを浮かべながら「威勢だけは良いようじゃのぅ」と言ってみせる。
「威勢だけじゃ、ねぇ!!」
志垣は不敵な笑みを浮かべる磐木にそう言い放った後、素早く躱した。その姿を見た磐木は動揺した表情を浮かべながら「まじかぁ!」と言ってみせる。
志垣はそのままの勢いで栄藤を躱し、シュートを打とうとする。それに対し、藤浪が反応した。藤浪がブロックしたことでシュートコースが無くなった志垣は横を向き走ってきていた室にパスを出した。
室はトラップせずにシュートを放った。右足で放ったインステップのシュートはゴレイロが上手く弾きだしコーナーキックとなった。
室は直ぐにコーナーキックの準備をし、右足で蹴った。室が蹴った方向にいたのは左サイドから回ってきていた福保だった。福保は右足のインサイドでゴール左隅を狙う様なコントロールシュートを放つ。
勢いがあるシュートだったため、中々反応することは難しかった。しかし、品川シティーズのキャプテン、衿口はシュートを両手でがっしりと止めた。
「いけぇ、磐木ぃ!」
衿口は素早く立上り前線で待っていた磐木にボールを投げる。
磐木はそのボールをトラップした後、光行と対峙する。
「今度こそ止める!」
「怖い顔になっちゃって、それじゃファンもつかないよぉ?」
磐木は煽り言葉を言った直後、ボールをがら空きのスペースへ蹴る。それと同時に両手を全力で振り走り始めた。光行は相手が得意なスピード勝負を仕掛けてきたことに気が付き、全力で対処しようとする。
しかし、光行は追いつくことが出来なかった。何度も何度も走らされていたからだ。守備に一人で奔走し体力を浪費した事で既に追いつける力が残っていなかったのである。
このままとどめの一撃が刺されてしまうのか。そんなことを想っていた時だった。
「はぁ、はぁ、はぁ」
荒い呼吸をしながら磐木の前に立ちふさがった男がいた。それは、志垣だった。志垣はコーナーキックの後、全力で自陣に戻っていたのだ。それにより、磐木に追いつくことが出来たのである。
「そんなに頑張っちゃって……無理は良くないよ?」
「無理なんて知ったことか…………今しか俺にはねぇんだよ…………!」
「今しかないねぇ。知ったこっちゃないねぇ!!」
磐木は語気を強めながらフェイントで躱そうとした。
「……なに?」
「見えやすいんだよ……ハァ、お前のドリブル……ハァ」
志垣は磐木の弱点を見抜いていた。バランスが取れているからこそ、綺麗に体を動かす癖があるのである。それにより、志垣は磐木がどちらに動くかを見極めたうえでボールを奪い取れたのだ。
志垣は奪い取ってから一人で相手陣地に侵入しようとしていた。足腰は痛み、息は荒くなっている。それでも止まるという選択肢が彼の中には無かった。
その刹那、プチッという軽い音が志垣の鼓膜を揺らす。
右足が焼けるように熱くなり、鋭い痛みがはしった。志垣はこの瞬間、最悪な状況が脳に浮かぶ。それが無いと思いたくても、決して避けられない。
その状況が来てしまったのだと、感覚的に悟ったのだ。
志垣は相手の足にボールを当て試合を切ってから床に倒れる。
異変に気が付いたチームメイトが彼の下へと駆け寄った。
意識が薄れていく中、志垣は最後にこう聞いた。
「靭帯をやった可能性がある」
それを聞いてから、志垣の意識は闇に溶けていった。
志垣のアクシデントにより、場内はざわついていた。
動けない程の怪我は滅多に発生しないのだ。
そんな中、一人の男が出場する準備を行っていた。
その男はヴィレッジ群馬で背番号10を手にした若手のエース、
試合時間残り五分の中、ヴィレッジ群馬の切り札が今、投入された。
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