第26話 ヴィレッジ群馬対品川シティーズ戦 ③
熱がこもったアリーナの中で歓声が巻き起こる。その声に呼応するように、志垣が両腕を上げながら笑みを浮かべていた。
「ナイスシュー、志垣!」
「良く決めたな、志垣!」
「あざっす! 決めさせていただきやした!」
志垣はハイタッチをかわしながらヴィレッジ群馬のメンバーと共に数十秒間喜びあった。そんな中、品川シティーズのキャプテン衿口が声を出す。
「まだ一点だ、取り返すぞ!!」
「おぅ!!」
衿口は前線の吉川へボールを投げる。吉川はボールを両手で取った後、しゃがみながらセンターサークルにボールを置いた。ゆっくりと腰を上げ首を伸ばした後、周りの状況を確認した。
先程選手交代が行われ永本に代わって背番号14番の栄藤、藤浪に代わって13番の磐木がそれぞれのポジションについた。そのことを確認した吉川は審判の笛が鳴ると同時にボールを後ろに下げる。
「ほいじゃ、いきますかぁ」
栄藤はリラックスしたような表情を浮かべながら右足でトラップする。それに対しゴールを決めた志垣がプレスをかける。志垣の表情は少々険しくなっており、呼吸も荒々しくなっていた。
「頑張るねぇ、ほいパス」
栄藤はそんなことを呟きながら先程入った磐木へパスを出した。磐木はパスを貰った直後、笑顔で右足でボールを前線に蹴りこんだ。鋭い軌道を描くパスは前線で待ち構えていた吉川に綺麗に渡った。
これにより、品川シティーズは一対一の状況を作り出すことに成功した。光行は眉間に皴を寄せつつ吉川の前に立ちふさがる。吉川はシザースを混ぜながら光行が仕掛けるタイミングをうかがっていた。光行は時間を稼ぐために相手の一挙一動を見逃さないように集中する。
先に仕掛けたのは吉川だった。光行のディフェンスにより選手達が守備に戻る時間が出来たのである。これにより、無理やりにでも仕掛ける必要が生じたのだ。
吉川は心の中で面倒臭いと思いながら相手の目を見る。その目はボールではなく彼の顔を追っていた。その直後、吉川の中に閃きが生じる。
吉川はゴールラインぎりぎりを見つめ左足でボールを蹴る素振りを見せた。シュートだと考えた光行は縦のラインを切りながらボールを奪い取ろうとする。
しかし、それこそが吉川の狙いだった。吉川は相手が足を出した瞬間に左のアウトサイドでボールを蹴ったあと、右アウトサイドで弾くことで光行を振り切ったのだ。
光行は焦りの表情を見せながら必死に足を伸ばす。しかし、吉川に追いつくことは出来なかった。彼の振り抜いた右足が放ったライナー性のシュートはゴール右隅に吸い込まれていった。
僅か三十秒という間もない時間で同点に追いつかれたヴィレッジ群馬メンバーは驚きと焦りの表情を浮かべていた。それに対し、ゴールを決めた吉川は小さくガッツポーズを出しながら自陣に戻っていく。
「ナイスシュー、銀」
「がはは! 俺のパスはやっぱり最高じゃろぉ?」
アラサーの栄藤とバランスの良い磐木が喜びを見せる中、吉川は「そうですね」と小さく言葉を呟いた。彼にとって、得点を取ることは当たり前なのだ。
事実、彼のシュートが枠に行く確率は七割を超えているのだ。そのうちの一つが決まっただけであり、彼の当然が変化する程度のシュートでは無かった。
「落ち着いているな、吉川」
無表情な吉川に対し、衿口が声をかける。
「浩成さん。俺はいつも冷静ですよ」
「ははっ、そうだったな」
衿口は鉄仮面を貫こうとする吉川に笑みを浮かべつつ、こう言った。
「けど、たまには喜んでもいいと思うぞ。そっちの方がチームの士気も上がるしな」
「そうっすか。取り合えず、考えておきますね」
「そりゃ助かるよ」
衿口はそう言った後、自陣ゴールへと戻っていった。吉川は笑う必要があるのだろうかと疑問を抱きつつ体中から噴き出す汗をユニフォームで拭っていた。
その後、試合はあまり動かなかった。両者ともに失点しないためにボール保持率を高める戦術に出たのだ。その結果、両チームともに得点チャンスが発生しなかった。
得点があまり動かない状況が続く中、前半終了の笛が鳴った。
選手達は額から汗を流しながら各々給水を行う。ハーフタイム十五分間の中、選手達は疲れを取りながらコーチ陣と共にプレーを見直していく。
「志垣、大丈夫そうか?」
そんな中、キャプテンの光行が志垣に声をかける。汗でユニフォームがびしょびしょになっている志垣は笑みを浮かべ「だいじょうぶっすよ!」と言った。それに対し光行は志垣が走りすぎていないか心配になったが、本人が大丈夫と言っている以上とやかく言う必要が無いと考えていた。
「志垣さん、少しいいですか?」
「荒畑か、珍しいな。一体何の用だ?」
「志垣さん。足、見せてください」
それを言った直後、志垣の顔が強張った。
「なんで見せる必要があるんだ?」
「脚の具合を確認したいからです」
「確認の必要なんてない。俺の足は人一倍丈夫だからな」
「……それなら、良いんですが」
荒畑は何か言いたげそうな素振りを見せつつも聞くのを辞めた。相手が自分のお願いを聞いてくれないと悟ったからだ。
「じゃ、頑張って来るよ! おまえの分までな!」
「……はい」
荒畑は汗だくになりながら見栄を張る志垣に対し、そう言ったのだった。
ヴィレッジ群馬スターティングメンバ―
ピヴォ:
右アラ:
左アラ:
フィクソ:
ゴレイロ:
品川シティーズスターティングメンバ―
ピヴォ:
アラ:
右フィクソ:
左フィクソ:
ゴレイロ:
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