第25話 ヴィレッジ群馬対品川シティーズ戦 ②

 試合はヴィレッジ群馬のキックインで再開した。光行が福保にパスを出すと同時に永本がプレスをしかける。福保は左手を使って永本から距離を取りつつキープした。 

 数秒間永本が後ろから足を出しボールを奪取しようとするが、体格差があるため奪いきるには至らない。そんな状況の中、吉川がプレスを仕掛けに来た。

 

 つりだすことが出来た福保は後ろで待っている光行へパスする。

 光行はダイレクトで自陣に戻ってきた室へパスを出した。

 室は右のアウトサイドでボールを軽くはたいた後、前線にいる志垣へパスを出す。しかし、パスコースを読んでいた藤浪に奪われた。


 ボールを奪うと同時に藤浪はドリブルを開始する。虚を突かれた室が足を伸ばし奪おうとするが足の速い藤浪を捉えることが出来なかった。そんな藤浪に対し、光行が対応する。数秒間間があった後、藤浪がダブルタッチでしかける。


 藤浪の狙いは体格を活かした身体能力勝負だった。並の選手に対してならば藤浪の選択肢は正しいと言えるだろう。しかし、相手はヴィレッジ群馬でキャプテンを務める光行だ。そんな単純なプレーを許すほど、彼の技術は甘くない。


 光行は濡れた茶髪を揺らしながら鍛え上げた右腕で藤浪とボールの間に体をねじ込む。そして、重心ごと間にねじ込むことで藤浪にボールを触らせない様にした。


 藤浪は目を見開きながら体を前にいれ光行からボールを奪い取ろうとする。しかし光行は重心を崩す事無くボールをラインから割らせることに成功した。


「ナイス、ミツさん!」

「おうよ!」


 チームメイトからの声がけに対し、光行は目を細めながら笑ってみせる。体中が汗だらけになっているのは、それだけ必死だった証拠である。光行は集中を切らすことなく、チームメイトに対して声をかける。


「福保、もうちょいカバー早めに。室は少し仕掛けてからパスを出す選択肢を取れ」

「了解した、キャプテン」

「了解っす、ミツさん!」


 福保と室が返答を返した後、ゴレイロを務める隅田から光行へパスが渡る。光行はゆっくりとボールを足裏で操りながら相手の動向をうかがっていた。品川シティーズとの試合が始まって約五分。前後半合わせて四十分ある中の八分の一しか試合時間は経過していないものの、両チームともに疲労度が溜まり始める頃だ。それに伴い、試合状況も変化する。


 ビブスを着ていた品川シティーズの選手二人がアップを始めていた。3番はフィクソを主戦場とするバランスの良い男、磐木いわき。6番はいぶし銀の活躍を普段から見せるアラサーの栄藤えとうだ。この二人が出て来たら厄介だと考えつつ、光行がベンチを確認する。


 チーム内で得点力が一番期待できる男、荒畑は未だに10番のビブスを着ていた。ストレッチする様子も見せず、静かに試合を見守っている。ただ、その瞳には試合に出たいという気持ちが現れていた。


「試合に出たいよなぁ。分かるよ。けど、


 光行は小声でつぶやいた後、ドリブルを開始した。藤浪の様な体格を活かしたドリブルとは異なり、速度は遅いがタッチ数が多いのが特徴的だ。緩やかな速度で進んでいく光行に対し、永本がまたプレスを仕掛けた。何度もスプリントを仕掛けているが疲れている素振りを微塵も見せないのは素晴らしい点だ。


 しかし、スプリントだけで何とかなるようなスポーツでないのがフットサルだ。光行は一度右方向に目線を送る。そこには、室がフリーで待っていた。


 室の方へパスを送ると考えた永本がパスコースを切るために体の重心を左へ向ける。それと同時に、光行が福谷にパスを出しワンツーで相手陣地へ入る。


「止めてみせる!」


 藤浪は決意の言葉を口にしながら歯を食いしばる。それに対し、光行はうすら笑いを浮かべながらボールを右足裏で触る。体の腰から上を数秒左右に揺らした後、光行は仕掛けた。右のアウトサイドでボールを弾いたと同時に右のインサイドですぐに相手の逆を取ろうとする。


 セルジオ越後が発案し、今も数多くのプレイヤーから愛される技。エラシコだ。光行はこの技で藤浪に勝負を行った。だが、藤浪も負けてはいない。必死にボールを目で追いながら両足をしきりに動かすことで何とか対応する。


 十秒程度拮抗する展開が続いた後、変化が生じる。先程ワンツーで躱された永本が守備に戻ってきたのだ。その姿を捉えた藤浪は仕留め切れると心の中で思った。


「おっ、と」


 そんな中だった。パスを選択しようとしていた光行がボールを蹴りそこなったのだ。そのボールは不運にも藤浪の方へと向かっていった。


”このボールを取れば、得点チャンスが生まれる”


 心の中でそう思った藤浪は長い足を活かしてボールを奪い取ろうとした。


 

 しかし、それこそが光行の狙いだった。



「甘いね」



 光行は軽く呟いた後、零したはずのボールに右足の裏を乗せ左足を軸にすることで回転したのだ。足を出し重心が前のめりになった藤浪は光行に反応することが出来なかった。しかし、そのことを予期していた選手が一人、ピッチ上にいた。


 その選手は品川シティーズの守護神、衿口だ。衿口は光行が躱した時に飛び出せるように事前準備をしていたのだ。博打のプレーだったが結果的に天秤を引き寄せることになった。


 二人はたとえ自分が犠牲になってもボールを取ると思いながら全力で走る。

 互いの心の鼓動が聞こえるのではないかと思える様な距離に近づく中、最初にボールを取ったのは――


 衿口だった。衿口は見事に光行からボールを奪い取ったのだ。ここからカウンターをすることで完全に主導権を奪える。衿口はそう思いながらインサイドで前線にパスを出そうとしていた。


 しかし、衿口の考えはあっけなく砕かれた。真横から一瞬の隙をついてボールを奪い、体制を崩しながらもゴールネットを揺らした男がいたのだ。


 男は、ヴィレッジ群馬では体格も小さく、足もそこまで速くない選手だ。

 ポストプレーも並で、荒畑のようにとびぬけた実力もない。

 それでも、チームの主力として生き残る意識は人一倍強かった。


 故に、ゴールへの執念が人一倍強いのである。

 その気持ちによって、志垣佐門はゴールという結果を引き出したのである。


 場内は歓声に満たされた。ガッツポーズをする者や「志垣ぃ――!」と名前を呼ぶ者、拍手する者など様々だ。そんな中、接那は試合を眺めながら瞳を輝かせていた。


 彼女が夢見るプロの世界。

 その主戦場で鎬を削る選手達の全力が目の前で見れたのだから。

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