第24話 ヴィレッジ群馬対品川シティーズ戦 ①
私達は品川総合体育館アリーナの二階観客席に座っていた。上から状況を確認出来るため試合を見るには最適だと私は感じていた。國岡は三原君の隣から離れようとはしないものの、奇行を行っていないため特にこちらが行動する必要がないだろう。
私はほっとしつつヴィレッジ群馬が紹介されている記事を読んでいた。
ヴィレッジ群馬。群馬県をホームタウンとするFリーグ一部のチーム。親会社は株式会社ヴィレッジ有機工業で、主にプラスチックや合成ゴムなどの汎用性化学品製造を行っている会社である。プロ契約を結んだ選手はほとんどおらず、大半は親会社で働いている人や兼業でサッカー・フットサルコーチをしている人がほとんどである。
昨年度はチーム順位八位と低迷しており、チーム状況は芳しいとは言い難い。
その要因として筆者はチームのプレースタイルではないかと考える。ヴィレッジ群馬は二部からずっとボール支配戦術を取ってきた。相手にボールを取らせないために味方同士で連動し相手が攻めてきたら前線に渡し得点を奪う戦術だ。しかし、この戦術は一部ではあまり通用していない状況である。現に失点数リーグ六位という状況がそれを指し示している。
良いとは言えないチーム状況ではあるが、打開する可能性もある。その可能性を持った選手はFリーグの
荒畑は卓越したボールコントロールとシュート技術を持っており、サテライト時代はチーム得点の五割を一人で取っている。また高い精度のアシストもこなしておりチーム得点の二割に関与している。このことから荒畑宗平はヴィレッジ群馬における核になりえる存在だ。
荒畑宗平がチームへ与える力は計り知れない。今後の動向に目が離せないだろう。
私が右手でフリック操作をしながらスマホ画面を眺めていると、スーツを纏ったスレンダーな黒髪の女性が隣の席に座った。
私はその女性に対し、何故か質問した。
何故質問しようと思ったのかは今も分からない。
ただ、何となく興味を持ったからである。
「今日は、観戦にいらしたんですか?」
「それ以外に何があるというんだい?」
「あっ、いや。そうですね。すみません」
「謝ることは無いよ。君は友達と試合を見に来たのかい?」
「あっ、は、はい。そうです」
私は何故かどもりながら返答した。
緊張しているのか心臓がどくどくと脈打っているのが分かった。
「今日の試合、どちらが勝つと思う?」
「もちろん、ヴィレッジ群馬です」
「その理由は?」
「荒畑さんがいるからですよ」
「……根拠としては少し弱いね」
その女性はため息をついた後、口を開く。
「どんなことであれ、活用できる力がある。それは根拠を持って事象を説明出来る力だ。いつ、どこで、何が起きたか。これを説明できる人は多い。けど、何故それを行ったか根拠を持って説明出来る人はいない。根拠を持って説明する力が付けば、事象ごとに状況判断し対処出来る。君はまだ若いから考えなくても良いかもしれないが、覚えておいてくれ」
「は、はぁ……?」
「おっと、失礼。電話だ。それじゃあね」
その女性は長々と持論を展開した後、私の下から去っていった。長々と話していたためあんまり詳しい内容は分からなかった。首を傾げつつさっきの人が視界から去っていく中、ボールの音がピッチから聞こえてきた。
私がアリーナの方に目を向けると、そこにはアップを始めている選手達がいた。
「わぁ……!!」
私は瞳に星が宿ったような感覚を感じながら笑みを浮かべていた。プロの試合を現地観戦するのは生まれて初めてだからだ。
私は目を輝かせながら荒畑さんを捜していた。
事前情報として入っているのは、オレンジ色のユニフォームを着たFPと 黒のユニフォームを着たGKがいるチームがヴィレッジ群馬。
黄色と黒のストライプに黒短パンを着たFPと水色のユニフォームを着たGKがいるチームが品川をホームタウンとするチームだ。申し訳ないが名前は憶えていない。
ファンの方、にわかでごめんなさい。
私は心の中で謝罪しながらも、荒畑さんを捜すために躍起になっていた。しかし、私がどれだけ頑張っても荒畑さんらしき人物を見つけることは出来なかった。何故いないのか私が疑問に思っている中、アップの時間が終了する。
「荒畑さん見つからないなぁ……」
「もしかしたらベンチなんじゃないかな? ほら、切り札というか」
「なるほど……その可能性有るかも!」
私はかなちゃんの一言でやる気を出した。とにかくヴィレッジ群馬が試合に勝つことを祈ろう。私はそう思いながら試合に集中することにした。
ヴィレッジ群馬スターティングメンバ―
ピヴォ:
右アラ:
左アラ:
フィクソ:
ゴレイロ:
品川シティーズスターティングメンバ―
右ピヴォ:
左ピヴォ:
右フィクソ:
左フィクソ:
ゴレイロ:
試合は品川シティーズのキックオフで始まった。品川シティーズの9番、永本が左にいる吉川にパスを出す。直後、ピヴォに入っている志垣がプレスを仕掛け縦のラインを切った。吉川はすぐに左フィクソの2番藤浪へパスを出し、サイドへ広がった。
志垣は藤浪と吉川のパスコースを切りつつボールを奪いにいく。
しかし、そんな彼を嘲笑うかのようにパスを出されてしまった。
「くそっ!」
志垣は言葉を吐き捨てながら必死にボールを持った枦山にプレスをかける。この時、志垣は縦と横両方に対応するために斜め方向から仕掛けていた。
藤浪の方に顔を向け足を振り抜こうとした姿を見た志垣は横方向に右足を出しボールを奪おうとする。それに対し枦山は笑みを浮かべながら蹴る動作を止めてドリブルに変更した。
枦山は右サイドを素早い速度で上がろうとしたが福安に体を当てられ対応される。体格的に不利だと考えた枦山が首を振ると、パスを要求しながら吉川が真ん中に入ってきた。
吉川は室を背負いながらダイレクトで永本にパスを出した。それに対しフィクソの光行が対応する。光行は永本にシュートを打てないように体を入れ前を向かせない様にする。一方、永本は何とか抜き去り得点を奪おうとしていた。
サッカーでいう所のフォワードの役割であるピヴォにとって得点を奪うことは第一欲求だからである。数秒間拮抗する展開が続いた後、試合が動く。キープしていた永本から光行が奪い取ったのだ。
そのまま流れる様に、ヴィレッジ群馬のカウンターが始まった。奪取した光行から室にパスが渡り、ダイレクトでボールを返す。ワンツーで吉川を躱した後、光行がドリブルで相手陣地に仕掛けていく。
吉川を躱したことで、ゴレイロを除き三対二という数的優位が生まれた。チャンスを逃す訳にはいかないと考えた光行は藤浪の前に陣取っている志垣にパスを出す。
藤浪は相手にシュートを打たせない様に両手で相手の肩を持つ。
これで打たれることは無いと藤浪は思っていた。
そんな予想とは反し、志垣はシュートを狙っていなかった。
志垣の狙いは光行にダイレクトでボールを返すポストプレーが狙いだったのだ。このプレーを予想していなかった藤浪達は一歩反応が遅れた。光行は自分の目の前に転がってきたボールを右足のインステップでゴール右隅へと蹴りこんだ。
低弾道ながら威力のあるシュート。コース的にもなかなかとりづらい場所だったのは明白だ。しかし、そのシュートは決まる事が無かった。相手ゴレイロの衿口が瞬時に反応してシュートを止めたからだ。
「戻れ戻れ!」
光行が声を荒げる中、衿口が恵まれた体躯を活かしてボールを投げる。そのボールは前線で待っていた永本に渡ろうとしていた。しかし、永本はボールを保持できなかった。ゴレイロを務めている隅田が厳しいプレスを行い相手の足元にボールを収めさせなかったからだ。
試合は、ヴィレッジ群馬ボールで再開することになる。
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