第17話 三原君の悩みの巻 ~②

 サッカー部部員が帰宅していく姿が見える練習後の放課後の時間。私は三原君から一つの質問を受けた。その質問は、三原君の今日のプレーに関する質問だった。

 

 私は三原君の真剣な表情を見て何て言えばいいか悩んでいた。下手に言いすぎると相手を傷つけてしまうことになる。そうなれば今の関係性に亀裂が入ってしまうことになりかねない。


「そうだね……まぁ、積極的だったと思うし良かったと思うよ」

「それは、本当ですか?」


 私の言葉に対し、三原君が珍しく質問してきた。何時ものほんわかさが全く無く、どこか焦燥感にかられたような表情が彼の額に浮かんでいた。


「お願いします。どんな言葉でも受け止めるので教えてください。このままじゃ、僕は駄目になってしまう気がするんです」


 三原君はボールの方を見つめつつ、小さい声で呟いた。なんというか冷静さが無いなと私は感じつつ、「それは、何で?」と質問した。私がそう聞くと、三原君はボールを磨きつつぽつりぽつりと言葉を吐き出していく。


「あの練習試合の日。僕は今までやったことの無いCFのポジションを任されました。結果はお二人が知っているように散々でした。簡単にボールを奪われて、相手に主導権を渡してしまったんです。しかも、シュート一本も打てずに」


 私はわなわなと両手を震えさせている三原君に対し、心の中で同意した。確かに、三原君のプレーは良いとは言えないものだ。4-3-3の攻撃の核と言えるCFがあそこまでやられてしまえば攻撃のオプションを減らさなければならない。


 とはいえ、三原君はまだ中学一年生だ。まだ成長期である以上、得意なポジションに専念しつつ体を作るという選択肢もとれるだろう。


「だったら、違うポジションに専念してみるのはどう? 例えば、ボランチとかさ。三原君の個性を活かせそうじゃん」

「それじゃ駄目なんです」


 三原君は苦虫を噛んだ表情を浮かべつつ言葉を続ける。


「前回の練習試合で、僕は確かにパスは上手く出来たと思っています。ですが、守備に関しては全く駄目でした。あのダイビングヘッドを決められた時、僕がもっと守備を高くこなせていれば点を取られなかったはずなんです」

「それは違うと思うけど……」

「違わないです! 事実、点を取られたじゃないですか!!」


 私に対して三原君が語気を強めて否定した。我に返った三原君は涙を少し瞳に浮かべつつ申し訳なさそうな表情をする。


「……ごめんなさい」

「いや、大丈夫大丈夫。続けて」

「……はい」


 私に対して謝ってきた三原君に対し、私は軽くジェスチャーしながら大丈夫と伝える。それに対し三原君は二回程度頷いた後、目元を腕で拭う。目元が軽く黒ずんだ後、三原君は話を再開した。


「僕の守備は、練習試合の中だから及第点かもしれない。けれど、本戦だったらと思うと、怖くて仕方が無いんです。試合には流れがあります。流れが傾けば強いチームだとしても倒されてしまうんです。そのきっかけを、僕は作りました」

「……うん」

「もしこれが公式戦で、試合に負けたとしたら。僕はずっと僕自身を許せません。僕はずっと、自分自身の過去に対して自問自答し続けると思うんです」

「……うん」

「一生成長せずその場所にとどまり続ける。夢はおろか人生すら駄目になる。そうなってしまうことが、僕はただただ怖いんです」


 三原君は先程と同じように瞳に涙を浮かべ声を皴がらせる。

 はっきり言えば、三原君の悩みはそこまで私には分からない。プロになりたいとは思っていても、どうすればなれるか私には分からないからだ。


 きっと、三原君は知っているんだと思う。だからこそ、普通の人なら良しとするプレーに対して悶々と悩み続けているのだろうと鳥頭ながら考えていた。


「そんな風に語っていても、結局僕はこの二日間何にもしなかった。自分のプレーの原因をインターネットで調べる訳でも無く、ただただ僕は逃避していたんです。そのせいでお二人には迷惑をかけてしまいました」

「それってもしかして、遊びに行こうって電話した件?」


 ずっと黙っていたかなちゃんが真剣な眼差しで三原君に問いかける。三原君は数秒だけボール磨きを止めた後、口をへの字にしつつ首を縦に振った。


 今振り返ってみると、確かにあの時の三原君は妙に積極的だった気がする。

 いやもしかしたらそっちの方が本性かもしれないが、あの時逃避しようとしていたのは本人が言っているし本当なのだろう。


「僕は、ただただ逃避したくて遊びに行こうって言ったんです。お二人の感情を考えず、ただ自分の不安を払拭する為に貴重な時間を奪おうとしていたんです」

「そんな謝る事じゃないよ。私達だって誘ってもらえて嬉しかったし。ね、接那」

「かなちゃんの言うとおり、私達は誘ってもらえて嬉しかったよ。それに三原君は私をサッカー部に入部させてくれた恩人だしね。そういう話だったらいつでも聞くよ」

「……お二人とも、ありがとうございます」


 三原君は私達に頭を下げると、三個目のボール磨きに取り掛かる。

 私なんてまだ一個目なのに相変わらずテキパキしているなぁと感じていた。

 ともかく、今回は話が丸く収まったようだ。


「まぁでも、折角だし遊びに行くのもありじゃない?」

「へ?」

「だってさ、たまには気分転換もいると思うんだよ。根詰めすぎると結局の所潰れちゃうしね。だからさ、今回は色々な場所の麺を食べに行こうよ!」


 私が安堵している時、かなちゃんが笑みを浮かべながら喋り始めた。

 これは不味い。かなちゃんはただただ麺旅行に行きたいだけだ。いや悪くは無いのだが三原君にとっては少々気まずいのではないか。


「成程、確かに一理ありますね。ただ、麺を食べると言ってもどこ行くんですか?」

「例えば社会人が良く使っている峯屋みねやとか、うどん専門店とかかなぁ」

「本当に麺が好きなんですね」

「うん、大好きぃ!」


 満面の笑みを浮かべるかなちゃんに対し、三原君は口角を上げた。かなちゃんのお陰で切り替えられたのかもしれない。後でかなちゃんにお礼を言っておこう。

 私がそんな風に考えていると、かなちゃんがこちらの方を向いてくる。


「接那もさ、もし良かったらどこ行きたいとかあったら教えてくれない?」

「う――ん、そうだなぁ」


 私は少し考えてみることにした。と言っても、私はこれと言って食べたいものや買いたい物がある訳では無い。そもそもかなちゃんに服を買ってもらっている以上、あんまりお金がかかってしまうと申し訳ない。


 そんな時、私の脳裏にとあるアイディアが浮かんできた。

 しかし、そのアイディアは皆が好くわけ無いと理解できるものだった。

 それでも言ってみた方が良いだろう。


「皆で、Fリーグの試合を見に行くのはどうだろう?」


 私は荒畑さんが所属するチームの試合を見に行こうと提案したのだった。

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