第13話 ストーカー、家の前にいるの巻


 試合が終わった翌日の朝。私は暖かな陽に体を照らされ目を覚ました。温かな布団の中にいる私はクマのキャラクターをモチーフにした目覚まし時計に手を伸ばした。手に取り確認すると時刻は午前7時30分を指している。学校のある日なら遅刻ギリギリだが、夏休み初日であるため気にする必要は無い。


 何時もなら二度寝するが、昨日の熱い試合を見た私は、体を動かしたかった。

 私は布団から勢い良く起き上がる。ピンク色の敷布団と掛布団を畳んだ後、私は部屋にあるクローゼットからハンガーにかかっているサッカーウェアを取り出した。


 組み合わせは何時もの「Seaside」と書かれた紫色の半袖ウェアと白色のサッカーパンツだ。何故この格好をするのかと前に聞かれたことがあるが、理由は単純。

 薄い材質で出来ているので夏でも運動しやすく、何より動きやすいからだ。


 着替えた私は、「クマベアー!」と叫んでいるゆるキャラのクマが書かれたTシャツと黒無地の半ズボンを左手で持ちつつ、木製の階段手すりに右手を添えながら降りていく。少々高い所が苦手なので1段1段慎重に降りていく。1階に到着した私は「ふ――」と長い息を吐いた。


 そんな時、食欲をそそる香ばしく焼ける匂いが私の鼻腔を刺激した。匂いの元をたどると、エプロンを着たお母さんがキッチンで料理しているのが目に入る。 


「おはよう、お母さん」

「おはよう、接那。とりあえず顔洗ってきなさい」


 私はお母さんの言うとおりに洗面所へ向かう。そこには朝風呂を浴び終え、ドライヤーを使って髪を乾かすお父さんがいた。既に白色のワイシャツと黒ズボンを履いており出社できる準備は整えているようだ。


「おはよう、接那。今日はランニングいくの?」

「うん、そうだよ」

「そっか。父さんたちは今日仕事だから車とかに気を付けてね」


 お父さんは私に声をかけた後、ドライヤーの紐をからげて元の棚にしまう。そして髪をわしゃわしゃと掻きながらリビングへと向かっていった。お父さんが去った後、私は何時も通り金属製の洗濯籠にパジャマをしまった。


 その後、風呂の際に使用するタオルなどが入っているプラスチック製のクローゼットからタオルを1枚取り出す。洗面所のふちにタオルを置いた私は蛇口を回し冷たい水で顔を洗う。3回程度洗うと目元がぱっちりと開くようになる。

 

 やはり目覚めが良くなる方法は顔を洗うことが1番効果的だ。私はそんなことを思いつつ、リビングへと戻っていく。そうして戻ると、美味しそうな匂いがしてきた。


 私は席においてある献立をまじまじと眺め始める。

 今日のご飯は白米と味噌汁、卵焼きだ。朝にはぴったりの食事内容だ。

 私はお父さんとお母さんが席に座っていることを確認してから席に座る。


「いただきます」


 家族が揃ってから、私は一緒に食事を始めた。最初に手を付ける料理は勿論、お母さん特性の卵焼きだ。塩とマヨネーズ、オリーブ油で整えられた卵焼きは口に入ると同時に溶けつつ甘みを広がらせる。私は笑みを浮かべながら「美味しい!」と言葉に出す。


「接那は本当に旨そうに食べるなぁ」

「フフッ、嬉しいわね」


 お父さんとお母さんはそんな私に対して優しい眼差しを向けてくる。そんな2人をよそに私はとにかくご飯を食べ続けていた。


「お母さん! ごはんお替り!」

「はいはい、大盛ね」


 お母さんは私のクマ柄の食器を持ち、炊飯器からお米をいっぱいに盛ってくれた。とても美味しそうだな、と思った私は箸を止めずにばくばくと食べていく。そうして2杯目を食べきった辺りでお腹いっぱいになった私は大きな声で「ご馳走様でした」と口に出す。


「おそまつさまでした。接那、食器は持って行ってね」


「分かった!」

 

 私はお母さんに言われたとおり、食べた食器を流し台へ入れた。そうして流れのまま歯磨きを終えた私は自室へ戻り、ランニングするための準備を始める。黒色のリュックにスマホに財布、鍵と汗を拭く用のタオルをしまう。こうして準備を整えた私は白色のソックスを整えた後、白色のトレーニングシューズを履く。


「それじゃ、行ってきます!」


 私は両親にそう伝えた後、玄関を開けて外に出る。


「やぁ、おはよう霧原ァ」


 私は直ぐに玄関に戻った。何で、何で奴がいる?

 奴には家の住所を教えていない。分からないはずなのに。


「どうしたの、忘れ物?」

「ううん、な、何でもないよぉ!」

 

 私は焦りのあまり声を高くしつつ、もう一度玄関を開けた。玄関を開けるとそいつはいなくなっていた。そうか、きっと昨日のマネージャーの仕事が大変で疲労が溜まっていたんだ。きっとそうだ、そうに違いない。


「いるよぉ――」

「ヒエッ」


 私は耳元で囁かれた瞬間、驚きのあまり転んでしまった。そりゃそうだ。誰だって耳元で囁かれたりしたらそうなるだろう。


「なんであんたがここにいんのよ! 國岡!」

「ん――? 何でって、そりゃサッカーの匂いがする場所に私はいるからねぇ」

「意味わかんないよ! というか私の家じゃなかったらどうするのよ!」


 私の目の前で、中二病のサッカーストーカー、國岡が笑みを見せて笑っている。理由となる言葉が一つもない言葉の羅列に、私は困惑していた。サッカーの匂いとは、一体何なんだ?

 正直聞きたいが、これは逃げるが勝ちと言うべきだろうか。


「あっ、待てぇ――」


 私は通常のランニングよりも少し速い速度で走り始めた。それに対し、國岡も走り始める。最初は何秒か差を付けていたので大丈夫だと思っていた。しかし、そんな私の予想とは裏腹に、國岡は凄い速さで追ってくる。


「なんで追いかけてくるのよ!」

「そりゃ勿論、あんたとサッカーしたいからさぁ」

「それだけの理由で何で人の家に待ち構えているのよ!!」

「さっきも言ったじゃん、サッカーの匂いがしたって」


 意味が分からない。何なんだよ、サッカーの匂いって。


「私達はサッカーをする運命で結ばれている! だから、サッカーやろうぜ!」


 私が困惑している間に、國岡は背負っているリュックを一度外し私に向けてくる。そこには、サッカーボールが入っていた。どうやら本当にサッカーしたいらしい。


 このまま逃げても良いが、サッカー練習に付き合わないと面倒臭いかもしれない。だが、今日はランニングをしたいのだ。その思いは伝えた方が良いだろう。


「ごめん、今日はランニングしたいから無理かもしれない」

「あっそうなんだ……」


 それを聞いた國岡はしょげたような表情を浮かべながら声色を落とす。その様子を見た私は何となく申し訳ないことをしたような気分に苛まれていた。


「ただ、うん。確約は難しいけど、もしよければいつかやろうか」

「本当!? 本当にやってくれるの!?」


 私が動揺しながらそう言うと、國岡は感情をころりと変えて笑みを浮かべる。台風みたいな少女だなと私は感じていた。


「それじゃあ、また今度よろしくね!」

「あぁ、うん。よろしく」


 私は國岡から握手され手を上下に大きく振られた後、去っていく國岡の背中を見送った。明るく鼻歌を歌うその姿は正にサッカーに熱を注いでいる人間と言うべきか。


「はぁ、まぁいいや。とりあえずランニング続けよう」


 数分経った後、軽く屈伸を終えた私はランニングを再開した。先程の國岡とは違う道を通るようにしつつ、私は規則正しいリズムを刻んでいく。

 流れていく風景を見るのは中々に楽しい。見慣れないお店を発見したりすることが出来るからだ。そんな風に走っていると、数人の男女が群がっていた。


「宮前先輩、本当にここで謎捜すんですか?」

「当り前よ! 将棋ミステリー同好会として名だたる謎は解明されるべきよ!」

「ハハッ、さすが部長ですね!」


 制服を着ている人達がそんなことを騒いでいた。

 謎を捜すとはどういう事だろうかと若干思いつつも、私は駆けていく

 そうして、20分ほど経った頃。私は一旦走るのを辞めた。体力的にも少しきつくなってきたからだ。


「うん、20分で1.5km走ってる。良いペースだね」


 私は息を整えながらスマホに表示されているデータを確認する。中々に良いペースだ。私がそんな風に思いつつ、スマホをしまおうとしている時だ。


「あれ、三原君からだ」


 私は三原君から電話がかかってきた。一体何事だろうと思いつつ私は電話に出る。


「はい、もしもし」

「もしもし、霧原さん。三原です。いつもお世話になっております」

「いやいや、いつもお世話になっているのは私だよ。で、どうしたの?」


 私がそう聞くと、数十秒声が聞こえにくくなる。電波が悪いのかな、と感じていると予想外の返答が帰ってきた。


「もしよければ、3人でお出かけしませんか?」

「……へ?」


 それは予想外にも、遊びの誘いだったのだ。


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