第10話 三原君、目標を語るの巻
前半終了の甲高い笛の音が鳴り響く。スコアは既に3-0となっていた。私はこの試合を見ていて酷く絶望した。チームの雰囲気が最悪だったからだ。
自分のプレーが何故通用しないか考えることなく、責任を押し付けて非難する。相手を傷つける言葉を容易に選択し、味方の心を傷つける。スポーツマン精神が欠如したような光景は、現場にいた私達の精神を大きく疲労させていた。
そんな中、顔色が赤く息の荒くなっている三原君が私達の方へとやってくる。彼は私達の横に置いてある持参した水筒を手に取ると地面に座る。
息を整え天を仰いだ後、三原君は私達に対して話しかける。
「二人ともごめんね。僕が不甲斐ばかりにこんな試合になっちゃって」
「そんなことないよ。寧ろ三原君は1年生なのによくやってるよ」
「私もそう思うよ。三原君かなり走ってたし」
三原君の自虐に対し、私達がフォローを入れた。実際三原君の貢献度は凄かった。試合中足を止めることなく攻撃や守備に参加し、幾度となくチャンスメイクを行っていたのだ。貢献度で言えば伊賀さんと同じぐらいだろう。
「いや、僕は凄くないよ。今回の失点の多くは僕の守備が弱いことをつかれたものだしね。瞬発性のある選手に対する対処が明らかに下手だし、まだまだだよ」
三原くんの言う通り、ボランチの守備強度で言えば物足りないかもしれないと私は思った。三原くんの守備は縦を切り攻撃のスピードを抑制することが目的だ。
確かに悪い守備と断定することは難しいが、三原君の言う通り全員に通用する訳では無いというのは弱点かもしれない。三原君の言う通り足が速い選手がいればあっという間に置いてかれる。3バックのフォーメーションでボランチが機能しないのは大きな問題だろう。
「これじゃ駄目なんだよ。僕がもっと、もっと良くならきゃ。そうじゃなきゃ僕の目標なんて叶いっこないんだ」
「夢?」
私が尋ねると、三原君は「そういえば言ってなかったね」と口を開いてから説明してくれた。
「僕の目標は、強豪サッカー部のある高校に進学してそこでレギュラーを勝ち取る事なんだ。そうすれば、強豪大学からスポーツ推薦が貰えるから安価で大学進学出来ると思ってね。特に私立大学は学費が高いから親の負担を減らせるんじゃないかなって思うしね」
私は三原君が掲げている現実的な目標に目を見開きつつ感嘆の声をあげていた。中学1年生という段階で細かな目標を考えている人物は少ないからだ。大半の中学1年生は今の時間どうするか考えるものだと思っている。
私は三原君みたいな人生設計が出来ているのだろうか。ふとそう考えていた時、かなちゃんが口を出す。
「凄いね、三原君。この段階でそこまで考えているのは本当に尊敬するよ!」
「いやいや、市城さんこそ凄いですよ。勉学では上位ですし素行も完璧ですし、非の打ち所が無いじゃないですか」
「ありがとうね、三原君。けどね、私はこういうことをやっているのは自分の為なの。自分が何時か大人になった時、選択出来る内容を増やしておきたいしね」
かなちゃんの言葉に対し私は頷いた。確かに努力することは後々やりたいと思った事を成し遂げる際、必ず糧になる。1から勉強しなおさずに積み重ねることが出来るからだ。
コツコツ努力し自分の目標を成し遂げる。
それが出来る人間は誰よりも強くなれる人間だ。
私は2人の話を聞きつつそんな風に感じていた。
「話聞いてもらってありがとう。待ってるのはきついだろうけど頑張ってね」
「三原君こそ! 次のプレー頑張れ!」
「応援してるよ!」
私達は申し訳なさそうな表情を浮かべている三原君に対して笑みを浮かべつつ鼓舞をする。今日試合に出る機会の無さそうな私が出来ることはこれだけだ。
「皆さんもきついでしょうけれど頑張ってください!」
「あと30分、全力を尽くしましょう! 応援してます!」
そんなことを考えていると、かなちゃんが笑みを浮かべながら立ち上がり下を向いたり喧嘩をしている部員に対して鼓舞の言葉をかける。私も同調し笑みを浮かべながら立ち上がり鼓舞の言葉をかける。
「……へっ、そうだな」
「何か喧嘩をしているのが馬鹿馬鹿しくなってきたぜぇ」
直後、彼らの表情が急に変化する。先程まで怒り顔だったレギュラーメンバーは歯茎を出し目を細め柔らかい声を出し始めたのだ。さっき怒っていた人達とは到底思えない反応だった。
「そうだなぁ、後30分頑張ろうぜ!」
「そうだな! なんたってあいつ等にはいないマネージャーがいんだからよ!」
「ここでかっこいい姿を見せてやろうぜ!」
あぁ、思春期の活発男子達はなんと単純なのだろうか。
「監督、少しいいですか?」
「伊賀、なんだ?」
「後半30分の戦術ですが、私が昔考えた戦術を用いたいんです。監督から見てこの戦術で良いか教えてください」
三原君以外の周りの選手達が猿の様に騒いでいる中、伊賀さんが監督に対して1人で話しかける。了承した監督は伊賀さんが話し始めた戦術について聞き始める。
「こういう感じで行きたいんです」
「なるほどな……ただ、良いのか? いくら何でもお前の負担が大きすぎるだろ」
「いえ、大丈夫です。これぐらいは何ともありませんから」
「――ならいいだろう。やってみるがいいさ」
「ありがとうございます!」
伊賀さんの話た戦術は認められたようだ。私達は最初に話しかけてきたときのお茶らけた表情とは違い、何か決意の様な物を抱いている伊賀さんに対して目線が映る。伊賀さんは私達に気が付くと近づいてこう言ってきた。
「ありがとう、2人とも。鼓舞してくれたおかげでみんなのやる気が高まったよ。これも2人がいたおかげだ。本当にありがとう」
「いえいえ、そんな私達は……」
「いや、本当に2人は良い働きをしてくれた。だからそれに見合ったプレーを次は見せようと思うよ」
そう言いながら伊賀さんは綺麗な歯を見せながら私達に微笑んだ。それに対し私達は「頑張ってください!」とだけ言った。そうしている間に、審判を務めている相手の監督から「それでは後半を開始します!」と召集の合図がかかる。
「2人とも、もし可能であれば積極的に声を出してね。それがチームにとってもプラスになるから」
「分かりました! 精一杯声を出します!」
伊賀さんのお願いに対し私は笑みを見せながら大声で返答する。その私を見てほっとした表情になりながら伊賀さんはピッチへと駆けていったのだった。
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