第11話 偽9番をこなす男、伊賀義人の巻
試合が始まる数分前。伊賀は試合メンバーを呼び出し円陣を組んでいた。
その目的は、これから変更する戦術を伝えるためだ。伊賀はメンバー1人1人の顔を見つつ指示を出す。そうして2分ほどでメンバーのポジションを伝え終えた。
「後半だが、こういうフォーメーションで行く」
「うわぁお。これは三原の負担でかそうだねぇ」
「が、頑張ります」
他の選手達が茶化す言葉を送る中、三原は青ざめつつも決意の言葉を述べる。その姿を見た伊賀は真剣な眼差しになった後、円陣の中で掛け声を上げる。
「勝つぞぉ!」
「おぉ!」
その声と共に全員が各々のポジションにつく。今回のフォーメーションは先程の3-5-2から4-3-3に変化していた。
CBは飯倉と平野。
右SBは的場、左SBには山西に代わって入った
ボランチに三原、右と左のCMには大河原と神保。
右ウィング神宮、左ウィングは遠宮、CFには伊賀が入った。
それに対して、相手は4-4-2のままだ。特にメンバー交代も行われていないことからこのメンバーで行けると相手は踏んだのだろう。そんな中、審判の甲高い笛が吹かれ試合が開始する。試合直後、仕掛けたのは伊賀だった。
伊賀のプレスは先程のFWがやっていたプレスよりも断然強度が高い。体を当て相手に圧をかけていく。そのプレッシャーの恐怖は当事者にしか分からないだろう。
相手選手に取ってこのマッチアップは嫌だろう。前線で取られるのを嫌ったFWは後ろへとパスを渡す。しかし、それを狙っている選手がいた。
それは、右ウィングに入った神宮だ。神宮は相手の左CMとFWのパスコースを切るようにポジショニングしていたのだ。パスカットを果たした神宮は足が止まっていた左CMをダブルタッチで簡単に躱す。
「止めろ止めろ!」
「シュートを打たせるな!」
予想外の状況に陥った相手チームのFWは守備陣に対して大声で注意喚起する。その声に対し面倒くさそうな表情を浮かべながらCBの1人が対処しに行った。CBの選手は神宮よりも身長が高く足のリーチが長い。下手にスピード勝負を仕掛ければフィジカルの差で負けてしまうだろう。
神宮は伊賀に預けてからオフサイドラインにかからない程度の速さでダイアナゴルランを仕掛ける。狙いは左SBのマークを釘付けにし数的不利を減らすことだ。
「ナイスラン、神宮」
伊賀はそう呟いた後、単独でドリブルを仕掛ける。
背丈の差がほとんどないため、個と個の技術比べで勝負が決まる。
「とりあえず1回俺が決めるわ――」
伊賀はドリブルを仕掛ける。そのドリブルは直線的であり技の気配すら感じられない。そんなドリブルで突破できる程、甘くはない。そう考えた相手DFは先行している伊賀に対してタックルを仕掛ける。
しかし、CBは予想していなかった。伊賀の足腰は異常なまでに強かったのだ。伊賀と接触したCBはタックルを返されると同時に転倒した。単独でGKと1対1の状況を作り出した伊賀はそのままシュートを放つ。
インステップキックで放たれたグラウンダー性の弾丸シュートはGKの反応の1歩先にゴールへと吸い込まれていく。ものの数秒でネットに吸い込まれたボールを見届けた伊賀は審判の笛と同時に咆哮する。
「よっしゃあああああああ! ごおおおおおおおる!!」
「ナイスシュート! 伊賀さん!」
「伊賀さん、ナイスシュートっす!」
神宮の髪の毛をわしゃわしゃと撫でながら伊賀は笑みを浮かべる。逆サイドにいた遠宮も伊賀の下へ走りハイタッチを行った。伊賀が笑みを浮かべつつ真ん中に戻る中、三原が「ナイスシュートです、伊賀さん」と声をかける。三原の顔を見た伊賀は笑みを浮かべ「おぅ!」と大声を出す。
そうして自分達の陣地に戻った後、伊賀達は相手のキックオフと同時にプレスを掛けに行く。FWは先程のプレーを理解している為迅速に後ろへパスを回す。足元にパスを貰った右CMがサイドハーフにパスを送り、そのまま遠宮との1対1になる。
遠宮は先程シュートを打たなかったミスを払拭するために、伊賀と同じようにプレスをかける。しかし体重があまり無いためか力を利用されルーレットで躱されてしまった。
「くそっ!」
遠宮が言葉を吐き捨てつつ後ろを振り返ると予想外の光景が視界に入る。なんと、CFとしてポジションに入っていた伊賀が中盤の低い位置まで下がっていたのである。
今回、伊賀がやろうとしていたポジションは偽9番だった。偽9番はゼロトップとも呼ばれる戦術であり、トップ下の役割を担う。従来の4-3-3と異なり中盤の厚みを生み出しやすくなるので守備面における有利度が段違いに高くなるのである。
右サイドから上がってきた相手は内側が不利な状況だと確認した後、縦を走り続ける。それに対しプレスをかけるのは神保だ。神保は基本的に今回の伊賀が勤めているポジションでプレーしている為、CMは若干不慣れである。しかし、最低限の守備と足元があるため起用されているのである。
その為、彼自身の守備強度はあんまり期待されていない。故に彼はわざと躱されるのである。狙いはたった1つ。連携した守備だ。ドリブルのコースを限定し玉が離れたところを三原が体を入れて奪い取る。
身体を上手く使い攻める方向に向きを変える。直後、三原は遠宮と目が合った。遠宮の脳裏に直感的な何かが過る。直感に従い、遠宮は走り出した。
「ナイスランです、遠宮さん。次は頼みますよ」
三原はそう呟いた後、勢い良くボールを蹴った。威力のあるボールは中盤にいるCMを通り過ぎ、相手CBの頭上を通ろうとしていた。CBは飛んでクリアすれば何とかなる高さだと予測しジャンプした。
しかし、CBの予想を上回る事象が起きる。突如現れた男がインターセプトしたのだ。その男は遠宮だった。予想外の状況に驚いたCBは目の前の男に対して一気に警戒する。先程高速で抜いてきた相手だ。体をしっかりと入れなければ得点を奪われるだろう。
CBは遠宮から距離を取りボールが足元から離れた瞬間を狙う。しかし、このプレーが明暗を分けることになる。
遠宮は少し後ろにバックパスをしたのだ。その後ろからやってきている選手に、CBは目を疑った。その人物は先程まで守備をしていた伊賀だった。
「ナイスだ遠宮。後は俺に任せろ」
そう呟いた伊賀はゴールを睨みながら勢いよく右足を振り抜いた。インフロントで蹴られたシュートは右回転がかかりつつゴールマウスへと向かっていく。それに対し、2点目は何とか奪わせまいと必死になったGKは体を当てて前に弾いた。
しかし、そのチャンスを見逃さない男がいた。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
その男は、頭からボールに触れてゴールへと叩き込んだ。てんてんと小さくリズムを刻むボールを前に、男は吠えたのだった。
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