第20話 一等星は闇を照らし出すの巻!!
男は、孤独だった。
あるときは自らの価値を他者から受け入れられず、絶望した。
あるときは高い高い壁に衝突し自らの姿が見えなくなった。
男は孤独だった。
あるときは卓越した力を持つ者達の前で、挫折しかけた。
あるときは自らの力を高めるため一人で鍛錬に励んだ。
男は孤独だった。孤独だった。
それでも、男は継続して努力をし続けた。
全ては、憧れという名の星に辿り着くために――
「君みたいなエゴイストはいらないよ」
あるとき、そう言われた。
孤独に努力してきたエゴイスト。それが、客観的に捉えられた結果だった。
それでも、男は今迄の積み重ねにより機会を手にすることが出来た。
名も知らぬチーム。強豪ではないチーム。それでも、男は恩義を感じていた。
しかし、男は裏切られた。
交わした契約は、彼が命と同等としていたものを蔑ろにしたからだ。
男は絶望した。瞳から光は消え、心は底無しの闇へと沈んだ。
もう、弐度と、戻ることはない。
そう思わせるほどに、男は堕ちた。
堕ちた男は、一人の女性と話した。その女性は男の悩みを静かに聞いた。
女性は、敵意も嫌悪感もなかった。それでも、男は女性の顔を見なかった。
男は、本心から女性を信用できなかった。
悩みを口にした理由も、ただ単純に昔の過去を話したくなったからだ。
たったそれだけの理由。初対面で、面識もない。
それでも、女性は男に対して嫌悪感を示さなかった。
だからこそ、男はこのように質問した。
「君は、俺の闇を知らないだろう」
「確かに、そうかもしれません。私は、あなたの光しか知りませんから」
男の質問に対して、女性は対照的な言葉を返答した。
だからこそ、男はこの女性が優しくしてくれる理由がわからなかった。
男は、女性を突き放そうとした。
自らの悩みに共感する人間ではないと思っていたからだ。
言ったとしても、心の中で馬鹿にしているのではないかと考えていたからだ。
そんな答えは、単純だった。
「私、あなたに憧れていたんです」
男は、この時聞いた言葉の意味を瞬時に理解することが出来た。
同時に、男は言葉を否定したくなった。何故なら、男は褒められるようなプレイヤーではないからだ。
そんな男に対し、女性は過去を吐露していく。
男とは違い大成しなかった女性。それでも、女性と男の志は同じだった。
「だからこそ、恩返しをしようと思ったんです」
男は、女性からの言葉に衝撃を受けた。
男は、彼女とはほとんど接点がなかったからだ。
「あなたが苦しんでいるとき、私はあなたの悩みを解決するために動きます
あなたが悲しんでいるとき、私もあなたと共に悲しみます
あなたが笑っているとき、私もあなたと共に笑います
ゆっくり、ゆっくりと苦しみを溶かしていきましょう」
男は、言葉を言えなかった。
それは、彼女の涙を見たからだろうか。
彼女の言葉を表面的に聞いたからだろうか。
否、違う。
男が言葉を言えなくなった理由、それは、彼女の辛さを理解していたからだ。
どこまで努力しても認められない辛さ。
どこまで努力しても、目標にたどり着けない虚無感。
どこまで努力すれば、目標にたどり着けるのか。
その道しるべを男は知っていたのだ。
それでも、夢を叶えられなかった者に対してその言葉を伝えれば痛みに代わる。
腹を抉られるような痛みを知っていたからこそ、荒畑は返答できなかったのだ。
それほどまでに、霧原接那という女性は強く――
それほどまでに、荒畑宗平という男は弱いのだ――
*
四月二十三日、午後八時頃――
接那は、大の字になって倒れている憧れの人の下へ駆け寄り「大丈夫ですか」と心配そうな表情をしながら声を出した。その顔を見た荒畑は、腹筋の力を用いて体を起こすと彼女へこのように伝えた。
「いや、本当に申し訳ないね……」
「いえいえ、そんなことないですよ。むしろ、荒畑さんも私と同じように悩んでいたと知れて少し嬉しかったです」
体を起こし終えた荒畑が彼女へ謝罪するが、彼女の返答は荒畑を馬鹿にするような内容ではなかった。この瞬間、荒畑は改めて彼女が真実の言葉を述べていることが分かった。荒畑は、この瞬間だけはいつもと世界が違うように見えていた。
今までの世界では、周りにいる人間が全て敵だった。相手チームはもちろんのこと、監督も敵、チームメイトも敵。それは、サポーターですら同じだった。
一人たりとも信頼せず、プレーを行ってきた。
独りよがりで、私生活もずぼらで、趣味もほとんどない。
正しく、
そんな、フットサルやサッカーを除けば空白の存在である彼を、彼女は愛したのだ。
確かに、きっかけは一目惚れだったのかもしれない。
憧れという依存だったのかもしれない。
それでも、彼女は荒畑に寄り添うと伝えてくれた唯一の恩人だった。
だからこそ、荒畑は決意したのだ。
「君、少しいいかい?」
「すみません、君じゃないです。接那と呼んでください」
「……分かったよ、接那」
荒畑的には少し気を紛らわされたが、これも恩人である彼女のためだと思い、言いたい気持ちを押し殺した。何より、彼女には借りが出来たのだ。その借りの返し方を、彼は一つしか知らなかった。
その言葉を言うために、彼は深呼吸を行った。そして、彼女の瞳を見つめて宣言した。
「接那。俺、沢江蕨高校のコーチを務めることにしたよ」
「本当ですか!?」
「ああ、本当だ。ただ――」
「いやったぁ――!!」
荒畑が条件を言おうとするときに、接那は笑みを浮かべながら歯を見せ、両腕を上にあげた。そんな風に喜びを表してしまうのも無理はないだろう。何せ、彼女はまだまだ中学校を卒業した高校一年生なのである。
人工芝がそよそよと風に揺らされ、月明かりとナイターの光が彼ら二人を包み込む。
そんな中、荒畑は立ち上がり右前ポケットから黒色のスマートフォンを取り出した。
そして、唯一電話番号を交換していたエスガバレー埼玉の関係者へと電話をかける。
振動が右手に伝わり、右腕が震える。それだけではなく、足も口も震えていた。
そんな彼の状況をよそに、電話主は応対した。
「エスガバレー埼玉営業課所属、マーキス・ホールです」
「夜分遅くに失礼します、エスガバレー埼玉に所属している荒畑宗平です」
「ああ、荒畑さんですか。一体どのようなご用件でしょうか?」
「……実は、沢江蕨高校サッカー部のコーチの仕事を引き受けることにしたんです。それで、今回GMである初音さんと改めて交渉を行う機会を頂こうと思いましてね」
「なるほど、そうでしたか……え、ちょ、待ってください」
荒畑の電話に対し、マーキスは流暢に返答していく。営業課に所属し活動をしている彼にとっては失敗する可能性が全く無い対応である。それにもかかわらず、彼の電話音声がブレたのだ。
何故、電話の声がブレたのか。
荒畑はすぐには理解できなかった。しかし、すぐに理解する事となる。琥珀色に光り輝く瞳を月夜に照らす、黒色のスーツを纏った女性が一人彼の元へとやってきたからだ。
「素晴らしい判断ですね、荒畑君」
「初音……友恵……」
「あらら、呼び捨てですか? ふふ、まぁいいでしょう」
黒色の髪を風になびかせ、琥珀色の瞳を細めながら初音は小さな声で呟いた。
「今回、あなたがコーチの仕事を反故にしたことで私達が水上先生の元へ謝罪しに行く事態になったんですよ。幸い、エスガバレー埼玉は沢江蕨高校と深い繋がりがありましたから問題にはなりませんでした。が、今回のような問題を起こされ続けてはたまったものではありません。だからこそ、私はあなたにペナルティを課させていただきます」
「……ペナルティ?」
「ええ、そうです。ペナルティの内容は、可能な限り軽度なものにさせていただきました。内容としては、今シーズンの全試合は出場不可というものです。給料や待遇には変わりありませんよ」
荒畑はこの言葉を聞いた瞬間、絶望した。生きる希望だった試合出場の権利を剥奪されたからだ。
荒畑は、足元がふらついた。虚しさが体の中を支配しそうになったからだ。
この瞬間、彼はあることを思いついていた。それは、倒れる事だった。椅子に座って倒れて怒りを過ぎ去らせる癖を、今使えば怒りを痛みに変換して忘れ去ることが出来るはずだ。
荒畑は現実逃避をするために、人工芝の上に倒れこもうとしていた。そんな彼を、支える人物が一人。その人物は、接那だった。接那は荒畑の左肩を持ち、倒れそうになっている体を両足を震わせながら必死に支えた。
「一体何なんですか、あなた!! 荒畑さんはコーチを引き受けてくれたんですよ!! それなら、それでいいじゃないですか!!」
「うるさいねぇ……君は一体誰だよ」
「申し遅れましたね!! 私、沢江蕨高校の男子サッカー部のマネージャーとして入部する一年の霧原接那ですよ!!」
「……ふぅん。なるほどね、君が水上先生のおっしゃっていた変人か」
「水上先生がそうおっしゃっていたんですか……!? 酷い!!」
初音へ自己紹介をした接那は、顧問である人物から変人扱いを受けていることに軽くショックを受けていた。だが、そんなことを忘れてしまうほどに彼女は感情が高ぶっていた。何故なら、荒畑がペナルティを受けたからだ。
何となくではあるが、接那は状況を理解出来ていた。何故なら、彼女はサッカーに詳しいからである。勿論、JFLの知識も持っていた。だからこそ、エスガバレー埼玉と言われた瞬間にピンと来ていたのだ。
荒畑を必死にかばおうとする接那の姿を見た初音は、彼女に対してこのように質問した。
「君は、荒畑君をチームに引き入れたかったんだよね。その理由は何だい?」
「決まっているじゃないですか。荒畑さんにお礼を言うためですよ。何せ、この方は私がサッカーを始めるきっかけをくださった方ですからね」
「ふ――ん、そうなんだ。つまりは、一目惚れってやつか。確かに面白いね、君」
接那が表情を全く変えることなく口に出した言葉に対し、初音は興味を示した。何故なら、初音は恋を知らないからだ。そんな中、初音はちらりと学校の方向を見る。
「……なるほど、ね。
「どういうことですか?」
「いや、こちらの話さ。まぁ、申し訳ないが今回のことは決定事項なんだ。いくらファンの君が言葉を出したとしてもこの条件は変えられないよ。さて、そろそろ時間だ。私は用件を伝えさせてもらったし、帰宅させてもらうとするよ」
初音は接那の疑問に対し返答をした後、正門前へ移動しようとしていた。
そんな彼女を引き留める人物が一人。
「……荒畑君か。先ほど話は終わったはずだが、何か言うべきことがあるのかい?」
その人物は、荒畑だった。荒畑は息苦しそうな感じではあったが、一度深呼吸をし直すと彼女の眼を見てこのように言った。
「はい、あります。一つ条件を追加していただきたいのです」
「ほぉ、じゃあ聞こうじゃないか」
荒畑は苦しさを払拭するべく一度深呼吸をし、呼吸を落ち着かせてから初音へ宣言した。
「追加してほしい条件とは、私の隣にいる接那についてです。私は、高校サッカー部コーチとしてチームを強化することに尽力しますが、その際は彼女も選手として育てていこうと思っています。そこで相談なのですが、もし、彼女が大学レベルの選手に成長したら、彼女の選手活動をサポートしていただきたいのです」
「……ほぉ、面白いことを言うね。そんなに自信があるのかい?」
「はい、ありますよ。彼女は、絶対に伸びる選手です。だから、初音さんも目をかけといたほうがいいですよ」
「……まぁ、元Fリーガーの君が言うんだ。きっとそうなるのだろうね。分かった、契約条件に追加しておこう。それじゃ今日の話はこれでおしまいだ。私は、帰らせていただくよ」
そう言った後、初音は二人に背を向けて正門前へと向かっていった。
この時、時間は八時二十分を回っていた。
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