第18話 お金こそ友達さ~を掲げる男の巻!
四月二十三日、十九時十五分頃。
他の参加者がほとんど帰宅し、数名しか残っていない沢江蕨高校のグラウンドは寒さが増していた。そんな中、荒畑や接那達はグラウンドのゴールを早期に片付け帰宅するべく、協力して仕事を行っていた。
「じゃあ、俺が重しを持っていくよ」
荒畑は、ゴールに装着されている十キログラムほどの重しを「よいしょ」と声を出しながら軽々と持ち上げた。重心が崩れることも無く移動する姿はアスリートなのだと改めて再認識させられる。
「それじゃ、私達も持っていこうか」
「そうね。じゃあ、いっせーのせで持っていきましょうか」
接那と市城は共に掛け声を掛けながら、ゴール横の金属の棒へ上向きに力をかける。最初は重く感じるが、一定の力が掛かった直後簡単に持ち上げることが出来た。
この高校で使われているフットサル用のゴールは接那と同じぐらいの高さである。重さも5kg程度しかないため、女子高生二人で持ち上げても怪我をすることなく安全なのだ。勿論、持ち上げながら会話をすることすら出来るほどである。
「ねぇ、接那。一つ思っていたことがあるんだけれどさ。あの人が荒畑さんだよね」
「うん。三原君がそうだって言っていたし、私が昔見た荒畑さんのプレイスタイルにそっくりだから本人で間違いないと思う」
「なるほど。それだけ接那が肯定するならきっと本人なんだろうね。けど、そしたら一つ疑問が生じるの。この人、コミュニケーション取れているわよね?」
市城は荒畑の姿を瞳でちらりと見ながら接那に質問する。このことに関しては接那も感じていたことである。試合中は異質な雰囲気を醸し出していた荒畑だったが、いざ話してみると至って普通の人物なのだ。
言動も荒げることはなく、愚痴も言わない。人を馬鹿にせず、卑下もしない。先ほどのラフプレーを止めるような行動もしており、どう考えても人間性を見ればいたって問題のない人物なのだ。
「もしかしたら、水上先生とトラブルがあったのかな。私に強く当たってくるし」
「いや、それは接那が授業中に寝ているからだと思う」
「あ、そっかぁ」
接那はふと頭によぎった水上の名前を挙げるが、市城に一刀両断された。そもそも、授業中寝ていれば誰でも嫌われるだろう。そんな雑談をしつつ、二人は目的の場所にゴールを置いた。そんな二人に対し荒畑は「お疲れ様。後もう一つ片づければ終わるからもう少しだけ頑張って」とエールを送る。
気遣いが出来ている時点でやはり、彼に問題はないと改めて二人は感じていた。だからこそ、彼をどのように戻せばよいのかと接那は考えてしまう。そんな中だった。市城はとあることを口にする。
「ねぇ、あの二人遅くない?」
「ああ、確かにね。隅家さんと三原君、もしかして大……」
「こら、そういうことは口にしなくていいの。まぁ、私達の方は仕事を終わらせたら早めに帰りましょ。三原君と隅家さん知り合いっぽいし変なことにはならないでしょ」
接那は一瞬だけ頭によぎった煩悩的考えを取り払うべく自らの頬を二回ほど叩いてから市城と一緒にゴールへと向かっていく。この時、夜七時十五分だった。
同時刻、沢江蕨高校の学内のトイレの中にて――
一人の男が、トイレの便座の上に座っていた。蓋は締まっており、ズボンも下げているわけではない。あくまで違う目的でトイレに入っているのである。
男は「堅実」と胸元に書かれている服で自らの汗と別の何かをふきながら目を大きく見開いている。男の手には、ピンクのスマートフォンがあった。紫色に卑しく光るそのものは、男の心中を表わしている。
男の名は、
隅家は学校1階の来賓者用のトイレ内に座りながら微笑を浮かべ下卑な嗚咽を零す。口から粘性のある体液を零しつつ、下劣に笑うその姿からは選手としての貫禄を微塵も感じ取ることが不可能である。
バイブレーションが鳴り響く中、ぷつりと携帯の振動がこと切れる。それは同時に、相手方が電話に出たことを意味していた。隅家は相手方が電話に出たことを改めて確認すると、カワセミが魚を取るかの如き速さで電話に出た。
「はい、もしもし。はい、そうです。私は……えぇ、こちらは貴方様の仰る通りに行動させていただきました。えぇ、報酬は……そんなに頂けるんですか!? えぇ、はい!! ありがとうございます!! はい、では、失礼します」
隅家は電話を終えた後、トイレの中で鴉のような声を出しながら嘲笑っていた。
隅家には二面性が存在する。一つは、選手として活躍しながらも慈善事業としてフットサルを学内で行えるようにするなどの行動を行う社会受けする面。
そして、もう一つの面は彼がしてきた善行が霞むほどの利己主義的な面である。
隅家は、自己に利益が齎されることかどうかで行動するのである。
フットサルを沢江蕨高校で行うようにしたことにも勿論理由がある。
その理由とは、エスガバレー埼玉の地域印象を高めるためだ。学内に利益が入るシステムを構築することで、誰もが楽しくフットサルを出来る環境を作る。環境を生み出し、人々の交流を高める。
この交流を深める事こそが狙いなのだ。
この例は、ずばりお菓子で例えてみよう。
例えば、Aという煎餅とBという煎餅があったとする。
Aという煎餅はデパートに売られている。それに対してBという煎餅は老舗の由緒ある店で売られていたとする。この場合、地元民はどちらを買うだろうか。そう、答えはBなのだ。老舗の味、古き味が好きという顧客がいるというのも事実だが、老舗にはここでしかできない特徴がある。
それは、地域との交流なのだ。町で生きる人々と繋がり、交流をすることで人々から親しまれるのである。愛されるチームとは、地域との交流が密接であるからこそ成り立つのである。この地域交流という面を隅家は利用しているのだ。
人に気に入られ、利益を得る。隅家はこの点において非常に卓越していたのである。そんな隅家でも、とある人物には頭を挙げるどころかまともに話しかける事すらできなかった。
その人物は彼に対し目に見える成果を与える女性だった。
JFLの若手選手でありながら年俸500万円。荒畑の5倍である。
ベテラン選手でも年俸400万円が平均の中、なぜ彼がここまで貰えているのか。それは彼女の要望の大半を彼が実行しているからである。
飲み物が欲しいと言われればすぐさま購入しに行き、チームのプロモーションビデオを撮らせて欲しいと言われれば、彼女の疲れを憂い共に動画を編集する。そして、知名度のために個人フットサルをやれと言われれば、地域の交流場所と呼ばれるほどまで成長させた。
この年俸500万円とは、彼の異常なまでの明確な忠誠心と、色んな所に利用できる利便性が評価された結果なのである。そして、この人物は先ほどまで彼が電話していた人物の事である。
その人物は荒畑から選手としてのチャンスを奪った張本人、初音友恵である。
今回、荒畑を捕まえたいにも関わらず、フットサルに参加させる形で荒畑を泳がせるように指示させたのは彼女なのだ。
何故、荒畑をフットサルに参加させつづけたか。その理由は至って簡単だ。
自分達のチームの信用を落とす行動をした荒畑に、釣り合った
そのために、従順な犬である隅家に対し荒畑がフットサルに参加していても文句を言うなと伝えたのである。
この作戦は、結果的に成功しているのだ。
何故なら、現在荒畑の来ている赤ビブスにだけGPSがつけられており、そのGPSは学内から出ていないのだから。
後は、動かない獲物を追い詰めるだけである。
「マーキス、私のかわいい愛犬のケンから連絡があった。今すぐ沢江蕨高校へと向かってくれ」
「了解いたしました。初音様」
初音は、荒畑を捕まえるべくマーキスの運転する車に乗りつつ、スマートフォンのGPSアプリを起動させる。学校内で赤く点滅する点を見つめながら、初音は微笑を浮かべながら低めの声で静かに呟いた。
「私を舐めてかかったこと、後悔しろ。一生後悔させてやる」
「初音様、今何かおっしゃりましたか?」
「いや、何でもないよ、マーキス。さぁ、制限速度ぎりぎりで飛ばしてくれ!!」
「仰せのままに」
マーキス達は轟音を鳴らしながら夜の街を駆けていく。
この時の時間は、七時十八分だった。
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