第16話 霧原接那、憧れの人に救われるの巻!

 私は、得点を決められました。

 シュートを放つだろうとヤマを張った結果、一歩後ろにボールを引かれ頭上を越えるようなループシュートを放たれてしまったのです。こんな単純な罠に引っかかった自分が恥ずかしく、情けないと思いました。


 ですが、同時に懐かしい気持ちに心が躍っていました。

 初めて友人が出来たときの感覚。初めてサッカーを始めたあの時の感覚。

 初めて趣味が出来たときの感覚。サッカーで初めて初得点を決めた感覚。

 そして、あの人のプレイを高校サッカーの番組で初めて見たときの感覚。


 今、私は初めてあの人を見たときの気持ちを思い出していました。

 何故なら、私がずっと覚えていたプレイに近い方法だったからです。私がかつて胸を躍らせ、憧れたプレイ。

 最後のフィニッシュだけは違ったものの、シュートまでの流れはほとんど一致していました。


 同時に、やはりこの人は荒畑さんだと理解しました。


 「大丈夫? 霧原さん」

 「ああ、うん。大丈夫だよ」


 三原君が心配そうな言葉をかけてきたので、私は大丈夫と言いながらボールをインサイドキックで蹴ります。

 ですが、やはり悔しいものです。元プロだったとしても、あんな簡単な罠に引っかかっているようじゃなど叶うわけがありません。


 「さぁさぁ、まだ1点です!! 私のプレイは頼りないかもしれないですが、誠心誠意プレイしますのでどうぞよろしくお願いいたします!!」


 私はチームを鼓舞するというよりも、自分の気持ちをただ明らかにするためにこのように言葉に出しました。

 途端に、周りからちょっとだけ「ふふ、まじか」「可愛らしいわね」という言葉が聞こえてきます。ちょっと恥ずかしいと思いながら頬を指でなぞりつつ、周りを見ていた時でした。


 かなちゃんが木のベンチから立ち上がり、両手をメガホンの形にして声を出していたのです。


 「切り替えてね接那!! まだ試合に負けたわけじゃないから!!」


 私は遠くで応援してくれているかなちゃんの存在にやっと気が付いたのです。同時に、私は周りがほとんど見えていないことに気が付きました。私は、声を出すことはせず右手でグッドマークを作りながら感謝の意を伝えました。


 そして、両頬をもう一度叩いてから試合の方へと意識を戻します。


 そして、2分ほど経ちました。試合は拮抗する展開です。

 両者共にマンマークディフェンスをしつつ、こちらは荒畑さんにパスが渡らないようにマークを確実にしていました。そのため、攻撃が単調気味になっていたのです。

 そんな間に、赤ビブスが最後にボールへ触り試合が切れます。


 直後、審判を務めている隅家さんの笛が鳴り響きます。その合図は、ゴレイロ交代の合図でした。同時に、蓮実さんが私の方へ駆け寄ってきます。私は、蓮実さんの顔を見ながらこのように伝えました。


 「ゴレイロの交代をよろしくお願いいたします」

 「分かりました。それでは、お願いいたします」


 私は、蓮実さんに頭を下げてからピッチに入っていきます。人工芝がきれいに張りめぐらされたピッチを靴で踏みしめる感覚を私は感じながら余韻に浸っていました。

 それは、私がかつてサッカープレイヤーとして試合に出たいと望み続けていたからでしょう。私はもう一度両頬を叩いてから、ピヴォのポジションまで走っていきます。


 そして、私はピヴォの適正ポジションの位置に入りました。そのポジションは、フィクソの前です。このポジションにいることでターンをして抜いたりポストプレイが出来たりとプレイの数が増加します。


 ですが、良質なプレイをするときには足を止めてはいけません。何故なら、フィクソは私達の油断を狙っているのです。一瞬でも油断をしていたら体を入れてきてカウンターを食らってしまう恐れがあります。だからこそ私は、フィクソを警戒しながら次のプレイに神経を注いでいました。

 そんな時でした。後ろにいるフィクソが話しかけてきます。


 「えーーと、接那さんでしたっけ」

 「え、あ、はい。そうですけど……一体どなたですか?」

 「あ、申し遅れました。私、あなた様の敵チームに属している北原昭と申します。今回あなた様をマークさせていただきますのでどうぞよろしくお願いいたします」

 「あ、はい。どうぞ、よろしくお願いいたします?」


 整えられた丸刈り頭に、細身の体格。独特な丁寧口調を思わせる喋り方が特徴な北原と名乗る人物は、私に対してそのように言ってきました。


 「多分ですけれど、あなた高校生……ですよね? 学校はどちらで?」

 「あ、はい。近所の高校に通っています」

 「へ――、そうなんですかぁ。好きな食べ物とかってあったりします?」

 「……それって、今の試合に関係あります?」


 私は、北原さんに対して疑問を感じていました。何故なら、私のマークについている方は真剣に試合に打ち込もうとしていないように感じることが出来たからです。1プレイ1プレイを冷静にフィクソが取り組んでいくということは非常に重要なはずなのに、この方からそのようなやる気は感じませんでした。


 とりあえず、私はボールをもらうべくセンターラインまで戻りました。そうすると、三原君が私がフリーになっていることに気が付いてインサイドキックでパスをしてきます。


 私は左足のインサイドでトラップしてから前を向きます。直後、しゅんさんをマークしていた選手が私にプレスをかけてきました。その選手は私の後ろに立ち、侵攻を妨害する守備スタイルでした。

 私はこのプレーを利用することにしました。


 私は右足でボールを遠くに置きながら相手へ背を向けつつ、背中を用いて相手がどちらに重点を置いて力を入れているか確認します。2秒ほどで、相手の力が左側に偏っていると私は見抜くことが出来ました。


 私は一瞬だけ左に視線を送ります。それと同時に、相手選手が左側に注目し左側へずらしました。私は、その重心のずれを見逃しませんでした。私は相手の体を用いたマルセイユルーレットという技で上手く相手の右側から抜くことが出来ました。


 これは、私が必死に研究した結果つかんだ技の一つです。


 すると、左アラの選手もプレスをかけに来ました。私は左アラの駿さんにパスを出し、同時にペナルティエリアへ侵入していきます。


 「ほら、接那ちゃん!!」


 しゅんさんはそのボールをダイレクトで私に返してきました。


 私は左足でボールを軽くトラップした後、ターンをして前を向きます。私の前には、先ほど私に質問を行ってきていた北原さんが居ました。私は、今対峙しているフィクソを見つめながら躱せるコースを探していました。

 基本的に相手を抜く際は、相手を騙し虚を突いてから躱すという手法が一般的です。


 そして、この時のフィクソは私の左斜めの位置に両足を広げながら立っていました。はっきり言って、守備が緩いです。このままシュートを打てれば得点するチャンスがあります。ですが、一つ気がかりなことがあります。


 「何というか、接那さん上手いんやなぁ。僕も君と1VS1やってみたいわぁ」


 それは、この人の余裕そうな笑みと言動でした。絶対に決まるわけがない。

 絶対に得点できるわけがないとまるで見下されているように感じるのです。言葉的な意味であれば自らを卑下する人物に思われるのですが、どう考えてもそれだけではないように感じるのです。


 とにかく私は何かとも言いづらいプレッシャーに苛まれていました。

 そんなときでした。三原君が後ろからこのように大声を出します。


 「三原さん、後ろからデカい選手来ているから早く避けて!!」

 「え?」

 

 後ろを振り返ると「緑丘」と胸に書かれた緑ジャージ上下を着ている男性が私の方へと走ってきていました。身長は180cm前半はあるようです。体重は80kgはあるでしょうか。

 そんな人物が、鬼のような形相を顔に浮かべて走ってきます。その走る姿はさながら闘牛のようにすら感じます。

 私は確実に逃げなければ死ぬという危機感を感じました。


 何故なら、その人物には女性には優しくというルールを実行する気が全く持って感じられなかったからです。


 「やっぱり、あんたじゃ俺のレベルについてこれないようですわ。ほな、頂きます」

 「あ……」

 

 私が後ろから全力で走ってきている男性に恐怖を感じている中、北原さんは私のボールを掠め取っていきました。

 右足裏でボールを抑えていた私は取られた衝撃でバランスを崩し尻から地面に倒れました。


 通常なら、この守備に戻ってきている男性は止まるはずです。ですが、その気配はありませんでした。まるで、周りが見えていないかのように走ってきていたのです。


 私は、この瞬間に怪我を覚悟しました。軽いけがだったとしても骨折か打撲は避けられない衝撃が体に走るからです。走って逃げなくてはと思いました。けれども、出来ませんでした。


 足の力が抜けてしまい、逃げられなかったからです。


 「おい、誰かあいつ止めろ!!」

 「きゃああああああああ!!」


 周りのプレイをされている方々は大声で指示を出したり絶叫していたりしていました。

 私は、死を覚悟しました。それは人生の死という意味ではありません。

 プレイヤーとしての死でした。


 「ほら、早く逃げなさい!! 私が手伝うから!!」


 そんな私の元へ一人の女性が駆け寄ってきます。その女性は、しゅんさんでした。自らの危険も顧みることなどなく、私を助けるために走ってきてくれていたのです。


 「ふんぬぅ……!!」


 しゅんさんは私の体を何とか立ち上がらせ右手を引っ張ります。ですが、完全離脱は不可能な距離まで来ていました。何故なら、あと一歩で私の足を踏みつぶせる距離まで来ていたからです。私はしゅんさんに引っ張られるような形でピッチに倒れこみます。


 ですが、運が悪いことに男が走るコースに私の足が置かれていたのです。

 私は、選手しての終わりを覚悟しました。


 筋肉が巻き込まれるような感覚を覚えるかもしれません。

 痛みで二度とサッカーが出来なくなってしまうかもしれません。

 私は恐怖と絶望に苛まれながら目から涙を流していました。


 ですが、その痛みは訪れませんでした。

 何故なら――


 荒畑さんが、全力で走っていた男性を倒していたからです。

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