第7話 絶望の朝の巻

 「うぅーーっ、寒いなぁ」

 

 荒畑は、寮まで行く時に肌寒さを感じていた。

 現在気温8℃の中で半袖半ズボンのユニフォーム姿のまま移動をしていたら寒く感じるのは当然のことである。


 エスガバレー埼玉に置かれている選手寮へ行くための道は、このチームの環境を象徴しているといっても過言ではないだろう。薄ピンクとグレーのコンクリートで舗装されている道に、両端には木々と芝生が植えられている。


 夏に移動する際は日影ができやすく寮で生活している選手達が体力を奪われることなく移動をすることが出来るのである。また、コンビニや主要駅へ行くための時間は10分程度であるため散歩などをしやすいため生活するにはうってつけの環境だが冬は肌寒くなってしまうということが問題として挙げられるだろう。


 荒畑は腕を両手で抑え擦りながら、ガラスを金属板で囲われている扉を押し倒れこむようにして入った。一部始終を見ていた受付の人は目を見開き入ってきた人物の姿を見たが、ユニフォームを着ていたのを確認してからは特に声を出すこともなくなっていた。

 数秒ほどたってから荒畑は立ち上がり、受付の人へと頭を下げ一言口に出す。


 「大きな音を立ててしまって申し訳ありません。先ほど契約を終えた荒畑宗平と申します」

 「初めまして。エスガバレー埼玉選手寮の管理人を務めている間森暇まもりいとまと申します」

 

 荒畑は頭を下げて挨拶をしてから、受付の人物の間森を眺める。

 白色のYシャツを着用しており、黒目に深めなくまがある。

 黒髪は、耳元から下の部分は5mm程度の長さで整えられている。


 「荒畑さんは、部屋番号10ですね。この階の一番右奥の部屋です」

 「分かりました。ありがとうございます」


 荒畑は間森から鍵を受け取り、軽く会釈をしてから部屋へと向かっていく。その途中に建物の内装が書かれた地図が貼られていたので移動手段を把握するべく見ることにした。

 

 現在いる場所はエントランスらしい。すぐ右には受付があり、建物の右奥には食堂がある。また、部屋番号が書かれており迷ったとしても部屋番号を覚えていれば戻れると理解する。

 早く休みたいと考えていた荒畑は、部屋まで小走りで行き部屋の鍵を開ける。


 部屋には、靴置き場に部屋を歩くときに使用すると思われる白色のスリッパ。

 白色のベッドに、棚が付いている勉強用と思われるような机。ベージュ柄の服を入れる棚に、洋式トイレがある。

 四角窓からは部屋に暖かい光が差し込まれている。

 そして、映像を再生することが可能なテレビが木製の棚の上に置かれていた。


 予想以上に部屋の内装が良かったことに彼は驚いていたが、心の中だけでとどめる。

 何より、この部屋はあくまで契約用件に入っているため無償で借りることが出来ているが、契約において相手側に不利な要件が発生した場合はすぐに契約解除される場合もある。


 荒畑は、持っていた荷物を勉強机の下に入れてから、スマートフォンを取り出し「沢江蕨高校」サッカー部について調べることにした。


 学校名とサッカー部というキーワードを入れてから検索すると、数年前の全国高校サッカー選手権の記録が表示される。

 この年は決勝トーナメントに勝ち進んでおり、結果は3回戦で敗退しベスト16で大会を終えていた。

 後の試合記録も念のため確認をしていたが、近年は予選トーナメントで敗退を繰り返しているようだ。

 記録から考えると、突出した選手がいたか戦術がハマったかのどちらかだろうか。


 そんなことを考えながら情報を調べていると、一人の人物がノックをしてくる。

 

 「すみません、米原です。荒畑君はいるかい?」


 荒畑は米原が苦手だったため、一瞬居留守を使おうか考えていたが仲が悪くなることは避けたいと考え扉を開けた。


 「米原監督。一体どうされたのですか?」

 「今回の契約において、君に関係するとある重要な事項が決まったのでね。早めに伝えておいた方が吉であると考えたんだ」

 

 米原は荒畑に「そこにある椅子に座って」と言ってから、自らは部屋に置かれているベッドに座った。


 「私が荒畑君をスカウトした理由は、初音さんもおっしゃっていたように決定率とボールコントロールが秀でていたからだ。それに関しては、オーナーの初音さんも理解を示してくれていたよ。ちなみになんだけれど、君を試合に出す場合はCFとして起用をする予定だった」

 「ああ、そうなんですか」

 「けどね……私の構想は全て却下されてしまった。実は、初音さんがね。今期前半のシーズンに行われるリーグ戦には出すなって言ってきたんだよ。代わりに、高校サッカーコーチに専念させろとね」


 荒畑はこの言葉を聞いた途端、血の気が引き笑みが消えた。

 頭が真っ白になり、音は聞こえても声は消えていく。


 「本当にすまなかった。私がふがいないばっかりに、君にこんな立場を任せてしまうことになってしまった」


 米原は最後にそう言ってから、荒畑の部屋を後にする。

 扉が閉まった後、何かが落下する音が響き渡った。

 米原は何が落ちたかを確認することはなかった。確認をしていたら、引きずり込まれるからだ。チームを支えなくてはならない状況で、巻き込まれたらチーム全体が崩壊するからだ。


 だからこそ、彼は切り捨てたのだ。

 だからこそ、彼は見て見ぬふりをしたのだ。


 荒畑宗平という一人のプレイヤーを、飼い殺しにしたのである。

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