第6話 特殊なプロC契約結ぶの巻!

 荒畑は、席に座りながら部屋の中を眺めていた。

 時間をかけてみてみると本当にいろいろなものが置かれているということが分かる。

 来客をもてなすために用意されていると考えることが出来るような食器類や、ジャージなどが入っている衣類系統の棚に、戦術などの資料類が入った本棚の数々。


 荒畑は、サッカーに対して真剣に向き合ってきている人物の部屋だろうと感じていた。

 そんな頃、鍵が開く音とともに二人の人物が入ってくる。一人は、先ほど会っているエスガバレー埼玉監督の米原と、彼が初めて見る人物だった。その人物は、米原が座ったのを確認してから荒畑の顔を見つつ、黒色のソファーに座る。

 そして、座ってから10秒ほどでこう口に出した。


 「初めまして、荒畑君。私はエスガバレー埼玉のオーナーを務めている初音友恵と申します」

 「こちらこそ初めまして。荒畑宗平と申します」

 

 笑みを浮かべながら立ち上がり名刺を渡してくる初音に対して、荒畑も同じように立ち上がりながら両手で受け取った。


 「そして、こちらの隣に座っているのが先ほど無愛想な態度をとっていたチーム監督の米原智也です」

 「ど、どうも。先ほどは申し訳ありませんでした」

 「い、いえいえ。大丈夫ですよ本当に」


 初音が眉を曲げながら米原に対して先程の態度の話をすると、米原は丸めていた背中をさらに丸めながら頭を下げた。その状況に荒畑は驚きつつも「いいですいいですよ。顔を上にあげてください」と言った。


 顔を上にあげた後米原は俯き下を見ていた。その姿を見ることもなく、初音は後ろの棚から黄色い表紙のバインダーを取り出し机へ置く。表紙には「プロC契約の要綱」と黒マジックで書かれており、その中に書かれている1ページ目を見せる。


 「今回、あらかじめ知ってもらった方が決断をしやすいと思うから早めに言わせてもらうよ。通常、JFLに所属する選手だったらアマチュア契約からスカウトするのが普通なんだけれど、Fリーグで残している成績から考えるとプロC契約が妥当だと考えているんだ」

 「プロC……契約とは、何でしょうか?」

 「プロC契約はね。プロ契約の中でも一番下の奴さ。年俸の上限は460万円って定まっているけれど、下限はない。つまり、実質的に0円契約なんてこともできてしまうんだよ」


 初音が笑みを浮かべながら淡々と説明をしていく中、荒畑は内心焦っていた。親切に教えていただけるのは非常にありがたいが、年俸無しで契約というのは非常に厳しいものがある。それだけは避けたいと考えた荒畑は、とある言葉を言うことにした。


 「試合に1350分出ればA契約に、4年目に入ればB契約かA契約のどちらを受けることが出来るよ。まぁ、選手としてチームに貢献をしているのではあれば契約は更新するとは思うけれど私達もビジネスだ。当然、最初の給料は低めに――」

 「あのすみません、一ついいでしょうか?」

 「何だい?」

 「一つ、言い忘れていたことがありました」


 荒畑は、自らのスマートフォンを取り出し二つの写真を見せる。

 それは、サッカーとフットサル両方の公認B級コーチの修了証だった。

 人生の中で唯一挑戦して手に入れていた資格である。


 「私は、サッカーとフットサル両方のコーチを行うことが出来ます。可能でしたら、契約条件を上方させることは出来ないでしょうか?」

 「へぇ……サッカーとフットサルのコーチか……ふぅん……」


 荒畑が無謀とも思えるような質問をすると、初音は画像を見ながら目を見開き静止した。

 2分ほどたってから隣で俯いている米原に対し「スマートフォンを見せてほしい」と頼み込み、彼のスマホを受け取った。


 荒畑は彼女の動向に注目していると、目の前にいる彼女は突如目とまゆを上げながら「あったあった」と明るく言い画面を見せる。


 「いやぁ、驚いたよ。まさかうちのチームの選手からコーチをできる人が欲しいという教員がいるなんてね。そして、このチームにコーチが出来る人が来るなんてね。ふふふ、正にうってつけじゃないか」

 「え、え、どういうことですか?」

 「何言っているんだい?決まっているじゃないか。君には、メールを送ってきた水上茂みずかみしげるが監督をしている沢江蕨高校のコーチをしてもらいたいんだ」


 予想していなかった。これが今の荒畑の心境だった。

 まさか、まさか。オーナーがここまでビジネス的な考えをする人物だったとは考えもしなかった。


 「私が、選手兼高校サッカーチームのコーチをすることでチームではなく会社としてメディアに取り上げられ有名になる……という考えでしょうか?」

 「そうだよ。我がチームの選手が無名校のコーチとして活躍し、見事結果を残せば注目は監督だけではなく君にも行くはずさ。それと同時に、雇用している私達の会社もメディアに取り上げられるだろう。まぁ、あくまで机上の空論ではあるがやってみる価値はあるはずさ。何より、現役選手の方が若手の選手の気持ちもわかるだろうしね」

 

 淡々と流暢に笑みを浮かべながら彼女は一人話を展開していく。それと同時に、荒畑は彼女の本性に何となくではあるが気が付いていた。

 彼女の本性は邪悪だ。人のことを利用し、自らの利益にする。

 それでも、荒畑は彼女のことを嫌いになることはできなかった。むしろ、好きになっていた。その好意は見た目に惚れたというより、彼女の野心に惚れたというのが正しいだろう。


 「荒畑君がチームにもたらすであろう利益を考えると……そうだね。契約はこうしよう」

 

 初音はそう言いながら、バインダーに入っているプロC契約書へ月10万円、年120万円と書き込んだ。税金などを取り除いた手取りのみで考えると年収100万円というところだろうか。それに追加して、寮の費用と食費などはチーム負担で受け持つという話だった。

 若干使えるお金に不満はあるものの、ここで文句を言う気がなかった荒畑はこの契約を受け入れた。

 

 そうして、契約終了後初音は彼に対してこう伝える。


 「それじゃあ、荒畑君。これで契約作業は終了だよ。寮長の方に部屋番号10っていえば教えてくれるだろうから、そこで休んでいてね。活躍期待しているよ」

 「はい、ありがとうございます」

 

 荒畑は初音にお礼を告げてから、彼は彼女と米原を残し部屋から出ていったのだった。

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