第5話 準完璧主義者のエゴイスト登場の巻!

 荒畑が部屋の中で一人待たされているころ、米原は廊下内で黒色のスマートフォンを使用し、電話をかけていた。


 「もしもし、米原です」

 「こんばんは、米原監督。突然で申し訳ないですが、一つ質問です。今いらっしゃっているお客様の人物像はどのような感じでしたか?」


 スマホのマイクに声をかけると、間髪入れずに受信側から返答が返ってくる。米原は髪の毛を左手でつまみくるくると3回ほど回す。更に、首を右回りに2回転ほどさせてから目を2回瞬きさせる。

 これは相手の発言に正確に返答するべく頭の中で擬似コミュニケーションを行ってから口に出すという彼の電話での癖である。


 「そうですね……メールに送らせていただいた写真のデータを除けば、内気な感じの人物ですかね」

 「その根拠は?」

 「こちらのことを警戒し、自分から積極的にコミュニケーションを行おうとはしてこなかった点ですね。正直、残念ですね。荒畑君はストライカー気質の選手なので、積極的にチームを先導してくれるような存在になるのかと思っていたのですが、難しそうです」

 「エースストライカーの条件か……それは一体何だい?」


 受信側がそう質問すると、米原は先ほど行った行動を再度行い5秒程度時間を置いてからこのように答えた。


 「私が考えるエースストライカーの条件は、チームの大黒柱となる選手です。チームが窮地に陥っているときでも、一人のプレイで十人の力を引き出すことが出来る。すなわち、キャプテンシーを持った選手であるのではないかと考えます」

 「なるほど、キャプテンシーね。まぁいいや。そろそろ切りますねーー」


 受信側の人物はなるほどと軽く言ってから、電話を切る。相手側の電話は荒っぽいがそれに文句を言うことはしない。生きる世界が違う人物なのだから。米原は、先ほど声が聞こえてきた会議室の扉を軽く叩く。それと同時に、部屋から「どうぞ」いう声が聞こえてくる。米原は「失礼します」と言いながら部屋の中へと入っていった。


 会議室には木で作られた会議室テーブルが置かれており、取り囲むように黒色のソファーが7席置かれている。空が鮮明に見えるほどに透明度の高い窓からは木々が見え、その間から太陽の光が差し込み部屋の中を照らしている。

 黒色のソファーのうち、一番奥には一人の人物が購入したと思われるペットボトルのお茶を飲んでいた。

 

 整った顔に、琥珀色に透き通った瞳。肩までかかるほどに黒く長く光り輝く髪。

 ネイビーの濃色スーツに白カットソー、黒色のズボンを身に付けており社会で活躍しているような女性の風格を感じさせる。


 「いらっしゃったのですか、初音さま」

 「いえ、先ほど到着しましたよ。米原さん。今日は仕事がない日ですけれど、米原さんがエースストライカーだと自負されている荒畑君を絶対に確保する必要がありますからね」

 

 彼女、初音友恵はつねともえはエスガバレー埼玉のオーナーである。チーム運営の最高責任者であり、チーム予算のうち40%以上を支出している。チームが大きな変革を遂げられたのは間違いなく今年就任した彼女のおかげである。

 初音が笑みを浮かべながら、茶器を置いて立ち上がり窓を眺めている状況において、米原は腕を震えさせ唇をこわばらせる。歯をカタカタと鳴らし、不規則な足音を立てる。その状況に対し、初音は笑みを浮かべていた。


 まるで、彼の焦りを嘲笑い楽しんでいるようにすら見える。


 「そういえば、エースストライカーの条件だっけ? 君熱弁していたよね」

 「え、あ、は、はい。確かに、熱弁をし、していました」

 「あのエースストライカーの条件だけれどねーー少し違っているよ」


 初音は足を止め、右足を軸につま先で右に半回転する。重心を全くブレないようにし、上手く止められたことに彼女は歯を見せながら無邪気な笑みを浮かべる。米原は下を見ながら、彼女へ尋ねる。

 

 「それは、いったい何でしょうか?」

 「支配力さ」


 その質問に対しきっぱりと彼女は答える。先程の明るい声からは考えられないような低い声で。目を見開き、天井を仰ぐ。その瞳には先ほど輝き透き通っていた琥珀色の瞳から大きく変化し、黄土色へと変化していた。同時に、周りの空気が凍てついていく感覚を肌身に感じる。


 「支配力さえ持ち合わせていれば、場を支配できる力を持てる。場を支配できる力を持てば、自らの意を通せる。意を通し続け、成功し続ければやがて周りは支配されていくのさ。いや、依存というのが正しいのかもしれない。人は常に怠惰を求め続けるものさ。怠惰を求め、求め、求め、やがて勤勉に行き着く。とどのつまり、支配力とは異常とも思えるカリスマ性なのさ。カリスマ性があれば、人の心を支配できるのさ。支配できれば、後は自分の色に染め上げるだけなのさ」


 両手を広げ、窓を見ながら熱弁する姿に米原は震えていた。

 相手が逆らえないことをいいことに、自分自身の持論を淡々と述べ続ける。

 今目の前にいる彼女は、自らの意を通し続け、成功しどんどん位を向上させることにつながった利己的主義者の王様だ。そうして成り上がっていった彼女はとある異名で言われている。


 利己主義者の王様。エゴイストキング。

 彼女に最もふさわしい二つ名だろう。


 「私は彼を絶対に獲るよ。獲らなくてはならない、いや獲る運命なんだ。彼みたいに守備が出来ないエゴイストを飼い主に従順な犬にすることで、チームの力は飛躍的に向上する。それだけじゃない。昇格をし来るべき場所で実績を残せれば会社の知名度向上にもつながるんだ。知名度さえ得れば、君たちのチーム予算も増えていくだろう。どうだい?とても良いだろう?」

 「………………」

 「そうだね。時間的にもちょうどよいし、そろそろ行こうか」


 初音が淡々と熱弁をしていく中、米原は時計に目をやっているのに気が付いた彼女は荒畑の元に行くために会議室へと向かうことにした。

 この時、米原は何も言えなくなっていた。喋るのが苦手だからというわけではない。むしろ、喋れなければ監督など任されるわけではないのだ。では何故か。


 それは、初音が準完璧主義者だからだ。

 100%を常時求めるわけではない。しかし、80~90%ほどの精度で仕事をできる人物を欲するのだ。だからこそ、失敗はほとんど許されない。極限まで精神的に追い詰められているからこそ、廊下での対応も荒畑に任せるという行動をしたのだ。


 この行動もあくまで計算の上だ。

 彼女と彼しかいないこの場所でこのように言うことで、彼に精神的な抑圧を与えていた。


 「どうしたんだい? こないのかい?」

 「あ、すみません。すぐに行きます」


 初音の発言に対し、米原はすぐに返答する。

 その反応に笑みを浮かべながら、二人は荒畑が待っている部屋へと向かっていくのだった。

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