第4話 エスガバレー埼玉監督、米原元也登場の巻
予想外のスカウトから二日が過ぎた。
何故かはわからないが、喜びと決意の気持ちは悲しみの気持ちよりも早く薄れていく。
けれども、かつて抱えた空しい気持ちは、前回よりも薄れていた。
荒畑は当日、目的の場所へ行くべく準備を始めていた。この日のために新しく購入した黒色のリュックサックに保険証の入っている緑色のポーチ、お金が入っている黒色のひも付き皮財布、黒色のスマートフォンを詰め込んでいく。
そんな中、ベージュの色をした玄関扉から規則正しい甲高い音が鳴り響く。
その音に気が付いた荒畑は、足音をドタドタと立てながら玄関へと向かっていく。
扉の先には、紺色のジャケットに緑色のネクタイを身に付けたマーキス・ホールが立っていた。
マーキスは荒畑に対し、用件を伝えた。
「あちらで、お待ちしております。それと、服装なのですが……こちらでお願いします」
マーキスは左手に持っていた黒色のてさげカバンからエスガバレー埼玉のユニフォームを荒畑へと渡す。背番号15番と書かれたユニフォームを荒畑は両手で受け取った。
もし、試合のベンチなどに番号順に入っていくとしたらベンチ内には入ることが出来る可能性のある番号だ。
「オーナーと監督は、あなたをレギュラー候補として考えていらっしゃるようです」
「え、本当ですか!?」
「はい、確かにそういわれておりましたからね」
荒畑はマーキスがこちらを見ずに喋っていることに気が付かないまま、拳を上に突き上げ喜びを表した。
拳がマーキスの顎へ当たりそうになったが、瞬時に一歩だけ後ろに下がり避ける。
「危ないですね……」
「あ、す、すみません」
「べつにいいですよ。それじゃあ、私は外で待っていますから着替え終わったら出てきて下さい」
マーキスはドアを強めに閉めて彼の部屋を後にする。
荒畑はその音の大きさに背中をピンと上にあげたが、一度深呼吸をしてから黙々とユニフォームに着替える。
ラバー製のすねあてを脛に入れ、ソックスはいつも愛用している赤色のものを使用した。
リュックを背中に背負ってから、外に出る。途端、彼に向って冬風が吹いてきた。
荒畑は「寒っ!!」と言いながら部屋の鍵を閉め、錆色の階段を駆け下りていく。
黒塗りの高級車を停車させているマーキスの姿があった。
「中々似合っていますね。ユニフォーム姿」
「そうですか? 褒めて貰えて嬉しいです」
「それじゃあ、こちらの車にお乗りください」
そう言われてから、荒畑は黒塗りの高級車に搭乗した。車内に入るとすぐにブルーベリーの香りが鼻腔を刺激する。匂いが気になり、「甘い匂いがしますね」というと、「この車は、様々な人が乗るのでブルーベリーの消臭剤を使用しているのでその影響ですね」という。
匂いの理由が分かった荒畑はシートベルトを着け、後部座席に座った。そして、エンジン音がかかる音とともに車が動き出し、自分が住んでいたアパートがどんどん遠ざかっていった。その姿を見て淋しさが込み上げてきたが、その気持ちを押さえつけて前を向いた。すると、マーキスがこのように話しかけてくる。
「県を出るのはもしかして初めてですか?」
「いや、試合とかでは様々な場所に行くんですが住む場所が変わるというのは初めての経験ですので、震えております」
「ははは、分かりますよ。私も昔はアメリカで暮らしていたんですが父母の影響でこちらで暮らすことになりましてね。そのときは緊張したものです。なに、すぐに慣れますよ」
「はは、どうも。お気遣いいただきありがとうございます」
そんな風に時間を過ごしながら車は進んでいく。
流れゆく景色を見ながら、荒畑は次にプレイする環境が気になりスマートフォンでチームを確認した。
エスガバレー埼玉と検索項目に入れると、すぐにチーム情報が出てきた。前シーズン15チーム中12位。下から数えるのが非常に早い順位だ。
この順位を見た直後、荒畑は親近感を覚えた。それは、自分がかつて所属していたヴィレッジ群馬のチーム状況だった。チームを勝たせるために自分本位に得点のみを狙っていたあの日々。きっと、あれを変えることが出来なければ試合に出場する機会を得ることは難しいだろう。
ふと、また負の感情が湧き上がってくる。これを晴らしたいと思った荒畑は突拍子もない質問をすることにした。
「ねぇ、マーキスさん」
「何です?」
「マーキスさんって、もしかしておしゃれとか結構したりする?」
「そうですね……基本的に土日は仕事が休みですのでそのときにご飯を食べに行くときは服装に気を使っていますね」
荒畑はマーキスのことを少し知ることが出来た。
それと同時に、少し真似してみようかなと感じていた。何せ、荒畑は大半の日々を半そで短パン系統のサッカーウェアを着て過ごしており外に出て着るような服など全くもって気にしてこなかったからだ。
何より、前回失敗したコミュニケーションを行う時に雑談が出来る知識もあった方がいいだろう。
「到着いたしました」
荒畑が前回の反省をしている間に車は目的地に到着した。
ブレーキ音とともに、太陽の光が窓から差し込んでくる。
荒畑は太陽の光を目に入らないように左腕で防ぎながら、ユニフォームがズボンにしっかりと入っているか、ソックスが上に上がっているかを確認した。そうして、整っていることを確認してから車から出る。
直後、視界に入ってきたのは「ESGABALLEY」と看板に書かれている白色の建物だった。長方形型の建物で2階は部屋。一番上は屋上になっている。ここがチームのクラブハウスなのであればヴィレッジ群馬の1.5倍はあるだろう。
「お待ちしておりましたよ、荒畑君」
そんなことを考えていると、一人の男性が声をかけてきた。黒髪を右へなびかせながら、下から覗き込むようにして荒畑の顔を両目で見つめている。顔には若干ハリがなく目元が垂れている。
また、黒色のタキシードを身にまとっており、まるでどこかの執事のような感じである。
「ああ、すみません。申し遅れました。私、本チーム監督を務めさせていただいている
「よ、よろしくお願いいたします」
荒畑はそう言ってから、米原の後をついていく。館内に不規則な靴音が響き渡る中、米原は淡々と荒畑へ説明を行っていく。
「右手の窓から見えますのが、選手寮です。ここはチームでプロ契約を結んでいる選手や、契約を結んでいなくても使用申請を出した方が利用できる施設です。もちろん、使用申請を出す場合は費用が発生しますがね。この階の左に見える部屋がミーティングルームです。こちらでは私たち監督やオーナー、選手代表などが集まりチーム内の方針などを話し合う場所です。前監督の時には、怒号が飛び交っていたようですね」
「……そう、だったんですか」
荒畑は、監督が苦手だった。白色の壁と床でほとんど構成されている館内を歩きながら相手の人間性を見極めるべく奮闘をしていたが、場所の説明をした後は沈黙を繰り返していたのだ。
普通の監督であれば選手のことを知るために相手の情報を引き出す質問をするはずだ。それにも関わらず、チームにある設備の話しかせず質問をしてこないのだ。話が広がらず、歯痒い気持ちになっている中、一つの部屋に到着した。
部屋のプレートには文字が書かれておらず、どのような部屋かはわからなかった。しかし、米原が「入ってから黒色のソファーの上で座ってください」と言ったので荒畑はそれに従った。
恐る恐る開けた部屋には、校長室のような内装が広がっていた。
一番最初に目に入ったのは、ウォールナット柄のテーブルや黒色のソファーだ。まるで校長室で使われているような重厚感あふれる見た目の家具はこれから訪れるであろう人物の威厳を引き立たせる。その次は、自宅などに使われている開閉可能な窓。2階であるため、逃げ場はない。最後に目に入ったのは水が満たされているガラスのコップ。水が満たされており、不規則に揺れ続けているようだ。
「それでは、少々お待ちください」
「わ、分かりました」
一通り部屋の内装を見終わったときに、米原は荒畑へそう伝えてから部屋の鍵を閉めたのだった。
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