第2話 解雇通知の巻

 そんな中、同日のヴィレッジ群馬クラブハウスにて会議が行われていた。

 その会議には、ヴィレッジ群馬の経営に関与するオーナー人やサテライトやレギュラーの選手のフィジカル面などを指導するコーチ陣がそろっていた。彼は用意されたミルク色のプラスチック席に座りつつ今期のチーム方針を話し合っていた。一人一人がスーツを着こみ、各自持参しているペットボトル飲料を飲みながらオーナーの話を聞いている状況だ。


 金村成都かねむらなりとは50代前半の髪につやがある中年の男性である。

 目つきが鋭く、いつも硬い表情をしており黒縁の眼鏡を付けている。

 この金村という男は、ヴィレッジ群馬の運営法人である株式会社ヴィレッジ有機工業の社長である。


 「皆様、今シーズンもお疲れさまでした。今期のシーズンは8位とあまり良くはない順位でしたが、今期勝利数を伸ばせるように頑張りましょう。そして安村監督。今期も君にチームを牽引してもらう。我が社の利益をより伸ばすべく最善を尽くすよう頼むよ」

 「分かりました、金村社長。今期も順位を上げるべく努力いたします」


 金村が笑みを浮かべながら安村古尾やすむらふるおの名前を呼ぶと、安村は黒のスーツに緑と黒のストライプ柄のネクタイを揺らしながら頭を下げる。オーナーの金村と同じ年齢のこの男は、ヴィレッジ群馬の監督である。


 しかし、監督として結果は残せていなかった。


 ヴィレッジ群馬は1部に昇格してから5年ほど経つが一度も6位以上を取ったことがなかった。

 何故6位以上を取ることが出来ないのか。それはずばり、守備力の低さだ。


 ヴィレッジ群馬にも勿論良い選手はいる。

 しかし、終盤で走り負ける、終盤で決められ負けるという場面が非常に多いのだ。

 更に、近年は故障者リストに入る選手が増加していた。

 

 一か月ほどリハビリをすれば復帰はできるものの、いつ大きな故障をする選手が出ても可笑しくない状況なのだ。だが、ほとんどの関係者はこのことにくぎを刺すことはしなかった。自らの保身のためである。そんな中、一人のコーチだけがこの問題を解決する方法を模索していた。


 その男の名は、伊佐美智也いさみともや。今年でコーチ3年目となる。


 伊佐美は身長178cm、体重72kgの眼鏡をかけた茶髪の男である。クラブハウス内では、VILLAGEと胸元に書かれた赤と黒のストライプ柄のジャージを着ており、選手データなどを細かく記録したPC等が入った黒色のカバンを携帯する男である。

 選手をデータ化し分析する特徴を持つ伊佐美だからこそ、この問題に気が付けたのである。

 

 伊佐美は紺のスーツの襟と青色のネクタイがしっかりと結ばれているか確認した後、「GM」と声を出しながら手を挙げた。


 「えーーと、どなただっけか君」

 「初めまして、GM。私、伊佐美智也と申します。これからお話させていただきたいことがございますのでお時間を頂戴してもよろしいでしょうか」

 「ほう……では、聞こうではないか」

 「ありがとうございます。ではまず、資料をお配りさせていただきます。資料はお隣の方々へお送りしてください」


 伊佐美はGMである金村へ頭を下げた後、PCで作成した資料を印刷した紙を隣にいるコーチ陣へと手渡す。モノクロ印刷されたメイリオフォントの資料。その資料の題名には「現在チームが置かれている状況と、将来訪れる可能性のあるリスク」と書かれていた。


 「私なりにHPの情報や試合データなどをまとめ、現状から理解できる情報をまとめたものです。どうぞ、目をお通しくださいませ」


 伊佐美の言葉を聞いた後、コーチ陣やオーナー陣は資料を見始めた。

 資料の最初には、現在の株式会社ヴィレッジ有機工業の売り上げが伸びていると書かれている。

 更には、SNSでの商業戦略と若者が集中して訪れるデータなどが載せられており、利益を上げるにはどうすればよいかという情報が事細かく書かれていた。


 このデータを確認した金村は資料で顔を隠しながら歯を見せて笑みをうかべる。これは、伊佐美の作戦だった。

 持ち上げれば、GMが動くと判断をしていたからである。


 その次に見せたのは、観客動員数のグラフだった。Fリーグに所属するチームにとって大きな収入源となるため重要なデータである。そして、伊佐美の情報によると観客動員数は年々減少していた。入場規制があったことは要因の一つとして言えないことはないが、これは大きな問題である。


 このデータを確認した監督は勿論、コーチ陣もざわついていた。

 それは、この情報についてではない。伊佐美が何をしようとしているのかということについてである。

 給料を上げろというストライキなのか、それとも監督辞任を求める行動をしているのか、それとも別の何かなのか。


 監督である安村は、何もわからないまま伊佐美に言われるがままに資料4ページ目を開く。

 その資料を見た途端、安村はスキンヘッドの頭を真っ赤に染めていく。最終的にはゆでだこのような顔色になりつつ、資料を机に叩きつけ語気を荒げながら伊佐美に対して激昂した。


 「荒畑君をクビにするだと!? 有望選手を手放すとは、何の冗談だね!?」

 「安村監督、GMの前だぞ。言葉を慎みなさい」

 「あ……すみません、GM」

 「いいよいいよ。私も同じ意見だ。何故、荒畑君を手放すのか教えてもらいたい」

 「分かりました。それでは、次の資料をご覧ください」


 伊佐美は「分かりました。それでは、5ページ目をご覧ください」と言う。ページをめくると、そこにはF2リーグから昇格したときの観客動員数と現在のF1リーグの観客動員の差が載せられていた。


 「F1リーグに昇格した1年目の最終的な合計観客動員数は18436人。それに対し、近年は14312人となっています。これはつまり、勝ち星を伸ばせなかったことで観客がどんどん離れていったことが原因です」

 「だが、Fリーグの存在を若者が知らないというのも要因だ。勝ち星が伸びれば観客数が伸びるというのは短絡的ではないのか?」

 「ええ、勿論そうです。というよりも、GMは今回非常に興味を示してくれておりますね。こちらも資料を作った甲斐があるという物です。非常に感謝しております」

 「ああ、今回は私も興味があるからね。それよりも、君は荒畑君が抜けた場合にチームレベルをどのように底上げするか考えているのかね?」

 「ええ、考えております。それでは、6ページ目を見てください」


 コーチ陣達は「こいつ面倒くせぇな」「飯早く食いてぇ」と思いつつ悪態をつかないように平常心を保ちながら資料をめくる。

 だが、その資料だけは誰もが驚きを隠すことが出来なかった。そんな最中、伊佐美はこのように伝える。


 「安村監督。今期、Fリーグ特別指定選手制度を用いてサテライトの双海新ふたみあらたを荒畑の代わりに起用してください。もし試合に勝てば、レギュラーとして今シーズン起用することと荒畑を解雇することを決断してください」

 

 Fリーグ特別指定選手制度とは、フットサル協会に所属している23歳以下の選手をサテライトなどのチームに所属させつつ、試合に出場させるという制度のことである。 


 「ほぅ、そんな仕組みがあるのか。知らなかったな」

 「いやいや、GM。サテライトの若造にチームのレギュラーを張らせるなんて勝率が下がる可能性があるじゃないですか。私は断固反対しますよ!!」

 「まぁ待て、安村君。いずれは何か変革するときがくるものだよ。だが、確かにこれで結果が出せなければ今期優勝は非常に困難となる。もし、失敗した場合はどう責任を取るのかね?」


 金村が安村を諭しながら、机に肘を置きつつ伊佐美に対して質問する。その質問に対して、勇実は目をつぶりこぶしを握りながらこのように宣言した。


 「では……もし、敗北したら私はコーチを辞めます」

 「言ったな。言ったよな。よし、承諾だ。俺は覚えたぞ」


 周りが静かにしている中、安村は一人立ち上がり周りを無視して赤子のように喚き散らしている。その姿を眺めるGMが一体何を思っているのかは皆目見当がついていた。


 


 「では、当日によろしくお願いいたします」

 「うむ。では、今回の会議はこれで終了とする」


 こうして、会議は終了した。サテライトの選手を使用するという一発勝負に出た伊佐美。コーチ陣はそれぞれ「お前、やりすぎだよ。けどわからなくもないよ」「まぁ、分らんでもないさ。悩みでもあったらいつでも相談しろよ」と言いながら彼のもとを去っていく。


 激動の会議を終えた後、月日は流れるように過ぎていった。こうして、あっという間に今シーズンの初公式戦が行われる日となる。


 ヴィレッジ群馬の今季初公式戦。

 

 今期行われる試合はアウェーゲームだった。そのためか対戦相手のサポーターが多くつめかけていた。

 安村は嫌な顔をしつつも、サテライトに所属している双海新をピヴォとして出場させた。安村は内心焦っていた。荒畑は選手としてのプライドが高い選手だと理解していたからである。だからこそ、安村はいつか報復を受けないか心配していた。


 安村は悲しいほどに、心が小さい男なのである。

 選手を信頼して送り出すこともできない彼は、ただ試合に勝ってくれと願いつつ試合を眺めていた。

 

 僅差で勝てればよい試合。そんなことを誰もが思っていた。

 しかし、誰もが期待を裏切られた。

 何故なら、ヴィレッジ群馬が4ー1という大差をつけて勝利したからである。


 その中でも、双海はフル出場し、1得点2アシストを記録する大活躍を見せた。

 荒畑のようなストライカータイプではないが、堅実にチームに貢献するタイプ。

 そんな彼に首脳陣は好印象を感じていた。


 こうして、勝利を飾った試合のおかげで双海は試合に出場し続けた。

 一人のチームコーチが意見を出し、ピヴォのレギュラーを変更して挑んだシーズン。

 結果的に、失点数を減らすことに成功し最終成績は4位と順位を上げることに成功した。

 前年まで6位以下に沈んでいたチームの順位が上がったことに対し、Fリーグのチームを指揮する監督達は驚きを隠せなかった。


 こうして来期優勝できるかもしれないという気持ちを選手に抱かせ、今シーズンは終了した。大半の選手は喜びに満ち溢れていた。その中で、孤立する男が一人。


 その選手は荒畑宗平だった。

 何も知らされず試合に出される機会が激減した男は、2試合出場6得点。


 結果だけ見れば非常に優秀であるにもかかわらず、彼は試合に出場させてもらえなかった。だからこそ、彼は一人で苦しみ続けた。何故、自分が干されたのか。


 考えても、考えてもわからなかったのである。


 こうして、月日は流れる。

 荒畑宗平は二十三歳となった。


 この日は、契約更改の日である。

 荒畑はノックしてから「失礼します」と言いつつ、個室に入る。

 個室には、一つのパイプ椅子が置かれている。その奥には二人の人物が座っていた。

 

 その二人は、伊佐美と安村である。

 荒畑は眉間に皺を寄せながら不満そうな表情を浮かべていた。


 無理もない。

 何せ、今シーズンは2試合しか試合出場の機会をもらうことが出来なかったのだ。結果を残しているにもかかわらず、前シーズンから試合数が大幅に下がれば不服の表情を浮かべてしまうのは無理もないと言える。

 

 「私は、何故今年レギュラーを外されたのでしょうか?」


 荒畑は単刀直入に、安村に対して質問した。

 安村が「えっと、その……」と言いながら目配せをしていると「代わりに答えます」と口に出す男が一人いた。それは、伊佐美だった。


 「確かに、荒畑君の得点力は素晴らしいです。得点王を取っている実績はチームの知名度を向上させる要因につながっていますし、集客数を増やす要因にもなっています。それに、ベンチに入っているだけでも相手チームの采配が守備寄りになるので攻める際は、ボールコントロールを優位に進められます。確かに、この点だけ見ればよい選手ですよ」


 伊佐美は荒畑の表情が緩んだのを確認してから、畳みかけるようにこう発言する。


 「今回君を試合に出さなかったのは、守備をしないからです。いくら点を取られても、守備をしない選手はチームとしていらないんだ」 


 こう言い切られ、荒畑は反論した。

 ピヴォは走らなくていいはずだ。チームの守備能力を向上させれば問題ないのではないか。

 相手のプレスが来たときに対応する手段を増やせばよいのではないか。

 様々なプレイスタイルを増やし個人技を向上させればよいのではないか。


 このように反論していく。その荒畑に対しヘイトを溜めに溜めていた伊佐美は、眉間の皴を深くし睨みつける。


 「荒畑君さ。チームが勝つために何が必要かわかるかい?」

 「それは、得点力でしょうよ」

 「うん、それも重要だ。だが、最も重要なのはそれじゃない」


 伊佐美は荒畑にとある選手データを見せた。

 そのデータは、双海と荒畑が出ていた場合の他選手たちの平均走行距離である。


 「もっとも重要なこと。それは体力」


 荒畑と双海が出ている試合の大きな違いは、他の3人が走る量だった。

 双海が出ている試合ではフットサルで走る平均の6kmよりも少ない5km程度に収まっている。

 それに対し、荒畑の出ている試合では一人当たり7~8km程度走っているのだ。 


 サッカーの平均走行距離は90分間で約10km程度。

 それに対し、フットサルは40分間で約6km程度。


 それだけでなく、フットサルはサッカーよりも攻守切り替えが重要視される。

 だからこそ、必然的にスプリント回数が増加するのだ。もし、異常なスプリント回数を何試合も続ければ選手が怪我をするリスクが高まる。

 そして、それがフィクソのようなディフェンスリーダーを担う選手だとチームが瓦解するのだ。


 「荒畑君。君の得点力は確かに魅力的だ。けどね、チームの現状に向き合わず自分のプレーをするのはね。ただのエゴイストだよ」


 伊佐美の言葉に対し、荒畑は唇を嚙みながら頷いた。


 荒畑は自らのプレーによってチームに迷惑が掛かっていることを客観的に理解させられた。

 それと同時に、荒畑は理解した。


 自己満足なプレイをし続ける選手は必要とされていないのだ。


 伊佐美は、荒畑の顔を見ることなくこう告げた。


 「申し訳ないけどね。他の選手に迷惑をかける選手はお荷物だ。だからこそ、このチームを退団してもらう」

 「……わかり……ました」


 荒畑は部屋に入った時とは全く違い、声を小さくしながら頭を下げた。

 隣に座っていた安村は、伊佐美に対し恐怖を感じていた。GMに気に入られるほどに結果を残したからだ。それと同時に感じたのは、従順になろうという精神だった。


 「はぁ、とりあえず、やるべきことは終えましたね。さてと、。もしよければ、この後飲みに行きませんか?」

 「申し訳ありませんが……私はこのあとやるべきことがあります。申し訳ございませんが、他の方をあたってください」

 「は、は、はい。分かりました」


 安村は酒を利用して伊佐美の弱みを探ろうとしたが、簡単に躱されたことに怒りを感じていた。それでも、文句を言うわけにはいかなかった。

 何せ、GMである金村から厳重注意を食らったからだ。次にあのような言動をした場合は、即刻クビにすると釘を刺されている以上変な行動はできないのである。


 「くそっ……くそっ……なんでこうなった……」


 伊佐美が出ていった部屋の中、安村は一人で愚痴を吐き捨てていたのだった。

 

 数日後、HPに一人の選手が退団する情報が載せられる。


 今期ヴィレッジ群馬に所属する荒畑宗平が退団。

 この度、FP10として登録していました荒畑宗平が2月22日をもって引退することとなった。

 荒畑は、サテライトから1年と異例の速さで上へ行き、得点王を2回受賞し実績を持っている。

 だが、今季は出場数が大幅に減少することとなった。

 ゴールゲッターとして名を残している荒畑が移籍するなどの話は出ておらず、現状は引退する方針であるとされている。

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