高校編(更新再開!!)

第1話 諦めの悪い努力家の巻

 全国高校サッカー選手権大会は、たった一校のみが手に出来る栄冠である。栄冠を目指し、突出したセンスと異常とも思える努力の才能を兼ね備えた者達が人生をかける。


 特待生としての大学進学や、日本サッカーリーグプロ入りを志す者もいる。

 また、発展すれば企業に入社する目的の者もいるだろう。


 しかし、そんなことに当てはまらないイレギュラーな者もいる。


 それは、突出した力がなくても、ひたすら試合に出たいと渇望し努力出来る者だ。


 自らのワンプレーで世界を魅了出来ると過信している者。

 自らのプレーを磨くために貪欲に努力する者。

 自らがこの世で一番だと口にし、実際に技術が伴う者。


 自己中心的で、勝ちに貪欲。それでもって自分勝手。人はそれをエゴイストと呼ぶ。

 エゴイストは、嫌われる傾向にある。それは何故か。言うことを聞かず、基本的に自分勝手。人の文句を言い、自らを高めようとするやつというイメージが強いからだ。


 しかし、これは悪いエゴイストのイメージである。

 良いエゴイストは、人に良い影響を与えることが出来るのだ。


 他を認めながらも、自らを堅実に成長させる。

 他が失敗しても、次回失敗しないようにするにはどうすればいいか話し合える。

 

 そういう存在こそ、本当に求められるエゴイストなのだ。

 そして、自らのエゴを語れる選手は大きな舞台で結果を残せる選手なのである。



 この年の一月二日は、倦怠感すら感じるような肌寒い日だった。その影響か、駒沢陸上競技場にて行われている試合は観客の大半が厚手のコートを羽織っていた。


 全国高校サッカー選手権大会第二試合。


 対戦カードは今期優勝候補の高校と、初出場の群馬県の高校。試合は後半二十分の時点でと優勝候補の高校が一点リードしていた。


 格も違えば、歴史もない。

 有名選手がいなければ、スーパーサブがいるわけでもない。


 前評判でも不利だと言われる中で先取されたためか、応援団はおろか控え選手さえも声が出ていなかった。代わりに声が出ていたとすれば、監督の呂律が回っていない声だ。


 監督の指示を聞き取れない選手達は混乱し、チームとしての統率が崩れていく。優勝候補のチームにのまれた状態で試合が進めば、大差で負ける可能性もあるだろう。


 圧倒的な実力差の前には、ひれ伏すことしかできないのか。

 敗勢のチームの誰もが自らの無力さを悲観していた。


 「監督。俺を試合に出してください」


 皆が絶望し始めていた中、一人の選手がベンチから立ち上がり監督に抗議を行った。


 高校三年の背丈が低い選手。無名のFWで、特徴もない。

 唯一の特徴があるとすれば、泥臭く練習に励んできたという点のみだ。

 更には、レギュラー陣から比べると身長もかなり小さいのだ。


 普通なら、出して欲しいと懇願する選手を出場させることは滅多に無い。

 チームの総合力が落ちる可能性があるからだ。

 だが、この時の監督は負けた口実が欲しかった。


 裏には下衆な思いがあったのかもしれない。

 それでも、男は試合に出場する機会を手にした。

 二十七番をつけた選手は腿上げやストレッチを軽く行った。


 控え選手達からの冷ややかな目にも引け目を感じることなく、羽織っていたウインドブレーカーを脱ぎ、グラウンドの白線前に向かう。

 その場所へ向かう二十七番の顔からは、悲壮感ではなく喜びを感じ取れた。


 交代を告げられた選手が「おめぇじゃどうにも出来ねぇよ」と文句を吐き捨てていく中、ピッチに入る男は笑みを見せながら軽やかな足取りで入っていく。


 最終的に、この二十七番が所属していたチームは一点返したものの追加点を取られ敗退した。しかし、優勝候補のチームから一点を奪ったのだ。


 この時、ゴールネットを揺らした男こそ、荒畑宗平あらはたそうへいである。

 それから数年が流れ――


 荒畑は、身長百七十四センチ、体重六十六キロにまで成長した。

 丸かった瞳は鋭くなり、体重も十キロ増加していた。その要因は食生活にある。


 成長期の頃に、味噌汁と白米、鶏肉に野菜を食べる生活を継続し、体を鍛え続けたのだ。結果として、体を急成長させることに繋がったのだ。


 更に、荒畑はチャンスをつかむことが出来た。

 あの日訪れていた日本フットサルリーグ一部のヴィレッジ群馬のサテライトに参加しないかとスカウトされたのだ。このスカウトを荒畑は承諾し、サテライト入りが決定した。


 日本フットサルリーグ、通称Fリーグは一部十二チーム、二部六チームで構成されたフットサルのセミプロリーグである。このリーグには大学リーグで活躍した選手やサテライトを経験した選手、更には元Jリーガーのような猛者すら所属している。


 彼らは栄冠と明日を掴むべく、命がけで技術力を磨く。プロ契約という給料が生じる契約を結べない選手が大半だからだ。フットサルのみで生活できる給料を貰えるのはほんの一握り。大半の選手は副業をしながら、合間を縫って鍛錬に励んでいるのである。


 そんな地獄の世界に、荒畑は足を踏み入れた。しかし、早々上手くいくことなど無い。入った当初は、下部組織であるサテライトで活躍するレギュラー陣に打ちのめされた。


 そのため、当初は一人公園のブランコに座りながら泣いていた。

 どこまでやれば追いつけるのか、自らにはセンスがないのではないのか。

 荒畑は一人、苦悩し続けていた。


 泣いて、泣いて、泣き続けた。

 こうして、一月ほど経った頃。 


 荒畑は、ふと練習内でのワンシーンを思い浮かべた。それは、FWのポジションであるピヴォを任された荒畑が得点を決めたときと決めなかった時の場面だ。


 決めたときは、ゴレイロというGK的ポジションの選手がバランスを崩していた。それに対し、止められたときのゴレイロは両足で立ち動きやすそうにしていた。

 次に、ボールの位置について考えた。決めたときは、ゴレイロの手や足が届かないような位置を狙った。それに対し、ゴレイロが両足で立っていた時はコースを見極められず簡単に止められた。


 他の条件なども考慮し、違いについて深く考えていく。しかし、想像だけではやがて限界が来るものである。溜息を一旦ついた後、荒畑は一人言葉を口にした。


 「……とりあえず、あの時のシュートの角度を真似てみるか」


 荒畑は、脛に入れていた赤色のシンガードを取り外し、汗と傷で汚れたシンガードをフットサルゴールと同じ幅に調整し配置した。


 次に、練習用に持ってきていたサッカーボールをグラウンドの上に置く。何故か転がっていくボールを右足のトレーニングシューズの裏で踏みつけ、勢いを止めた。


 乾いた風がグラウンド内に響き渡る中、荒畑は一人ドリブルを開始した。決めたときのシチュエーションは、右アラとフィクソを個人技で抜き去った後にゴレイロの左手が届かない位置に放つ柔らかいシュートだった。


 直後、左足でボールを止め、右足の位置を確認する。

 足の位置はボールの左下で右足の右甲が当たっているという状況だった。チップキックを放ち決まったというのが正しいだろう。


 それと同様の流れを、決まらなかった場面を想定して行った。止められた時の蹴り方は右足の然谷ねんこく、つまりはインサイドキックである。


 直後、荒畑に電撃が走るような衝撃が走る。何故止められたのかを理解したからだ。荒畑はシュートを放つ際、ボールに当てるのみだったのである。

 

 コースを狙いもせず、ただ当てるシュートはなど決まるわけもないのである。

 この時、荒畑は自らのプレーの拙さを認識出来た。しかし、この時はまだそこまでだった。


 どうすればよいのかという解決方法は見つけられなかったのだ。そうして、更に一月が経過する。この時も、得点チャンスを逃してしまうような平凡的な選手だった。


 何か変わるきっかけが欲しい。何か変わらなければ、強くなれない。

 どうすればよいか、模索し続けていた。そんな時、アドバイスをもらおうと考えたのは唯一気にかけてくれたスカウトの人物だった。


 荒畑は休日を使い、自らをスカウトした人物とアポを取り悩みを吐露した。そこで予想すらしていなかったことを言われたのだ。何と、20歳から解禁されるフットサルB級コーチとサッカーB級ライセンスの取得に向けた勉強をしろと言われたのである。


 荒畑は、訳が分からなかった。この時、コーチと選手は違う役割だと考えていたからだ。しかし、学習していくうちに荒畑は考えを改めた。何故なら、戦術だけではなく医学やチーム内でのコーチングなどを深く学修することが出来たからだ。


 更に、高校時代に身に付けた興味のあることを深く学ぶ力によって通常学習では得られないストレッチ方法などを自学修するようになったのだ。

 

 そして、半月後。荒畑は得点力を大幅に向上させたため、サテライト内でエースと呼ばれるようになる。一方その頃、新戦力を試したいと考えていたヴィレッジ群馬オーナー陣は彼を昇格させ一軍の試合に出場させる。


 結果、彼は初出場の試合でハットトリックを成し遂げるとともに勝利に大きく貢献したのである。それからも成長をし続け、現在彼は得点王を二回受賞するほどの人物に成長した。

 

 ここまで成長できたことには、二つある。


 一つ目は、卓越したボールコントロールと動体視力である。


 Fリーガーとして活躍する選手はボールコントロールが非常に高いのは当然だが、荒畑はその中でも群を抜いてコントロールが上手いのだ。


 相手の選手に体を当て、重心の偏りを見極め躱すマルセイユルーレットという技や、相手の顔を見て視線誘導をし躱すダブルタッチが効果的に使えるのである。

 ゴレイロに対しては、シュートフェイントを用いた柔らかいシュートとトゥキックを用いた血をえぐるようなシュートの二つを活かし、六割以上の確率で得点を決める高い決定力を持ち合わせていた。


 もう一つの要因は、荒畑の努力の力だ。


 突然だが、突発性進化型という言葉はご存じだろうか。

 突発性進化型は、スポーツでしばしば使われる言葉である。


 野球で例えるならば、遅いゴロしか打てなかった選手が速いライナー性の打球を打てるようになるものである。これは元々天才だからというわけではない。


 泥臭く体を鍛えぬき、自らのロジックに適合したプレイを何度もシュミレーションする。

 実践の局面を細かく研究し、日々体に染み込ませることで一定水準まで来たときに突如良いプレーが出来るようになるのだ。


 第一線で活躍出来る選手達の大半が、この仕組みに当てはまっているのである。

 プロは多くは語らない。それでも、プロに関わる人々は全員地獄のような努力を積んでいるのである。


 その中でも、努力の結果が目に見えて理解できる荒畑を首脳陣は高く評価していた。

 だからこそ、若手の中で唯一チーム内で年俸二百万円のプロ契約を結ばれているのである。


 それでも荒畑は腐らない。

 怪我をせず、生活リズムを崩さない。

 慢心せず、自分の限界を作らない。


 絶え間ない努力を継続し続ける才能を持った男。

 それが、荒畑宗平である。

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