第10話 憧れだからこそ、救いたいの巻!

 私があの人を知ったのは家で高校サッカー選手権を見ているときでした。優勝候補のチームが1点差で勝ち越しており試合状況は変わらないと誰もが思っていました。


 そんな状態で荒畑さんは出てきたんです。

 荒畑さんは相手のDFを一人で全員抜き去り、一人で得点を決め切ったんです。


 164cmでも、背の高い選手達と対等に渡り合い、得点を決めたあのシーンを見て私は衝撃でした。

 その日から、私にある思いが生まれたんです。


 あの人みたいに、ピッチで活躍したい。

 あの人みたいに、シュートを決めたい。

 あの人みたいに、観衆を見惚れされたい。


 そう思った私は、必死に鍛錬を積んできました。

 毎日1km走り込みし、家ではボールを足裏で転がしました。休日は近場の練習場に向かって練習したり時にはフォーメーションやポジショニングの研究をしました。


 中学1年生になった頃、私は荒畑さんのことが気になり名前を検索してみました。すると、ヴィレッジ群馬のサテライトから荒畑さんが昇格したというニュースが出てきました。


 私は、そのニュースを見て初めてFリーグの存在を知りました。

 Fリーグはアマプロ混合のフットサルリーグで、最上級の選手たちが集まってプレイしていること。試合展開が激しく、攻守切り替えが非常に多いことを私なりに調べて初めて知りました。


 私は荒畑さんの試合が見たくなり、友達と試合を見に行きました。

 私が見ていた試合は、残り5分で1-2と負けていました。

 どうしても1点が欲しい場面。そこで、荒畑さんが投入されました。


 荒畑さんはキックインで入ってきたボールを受け取ると、相手フィクソに重心をかけマルセイユルーレットを決めます。

 そして、ゴレイロと1対1になりました。フリーの状態になった荒畑さんは、即座に右足で左隅を狙ってボールを蹴りました。

 そのボールに対してゴレイロは反応します。ですが、それは囮でした。


 荒畑さんはシュートを放ったわけではなくゴレイロの重心を崩すために上へ蹴り上げたのです。

 バランスが取れず、逆方向に対応できなくなったゴレイロは背中から倒れながらコロコロと転がっていくボールを眺めています。

 途端、審判の笛が鳴り響きゴールが認められました。


 全員が集まり喜ぼうとする中、荒畑さんは相手ゴールに入っているボールをセンターラインまで持ってきてからこういいます。


「まだ、試合に勝ったわけじゃない。ここからだぞみんな。勝ち切ろうぜ!!」

 

 荒畑さんがチームメイトを鼓舞すると、他のチームメイトも「おぉ!!」と言います。その試合は結局荒畑さんが決勝点を決め逆転勝利しました。


 私は、あの試合を見てから練習量を増やしました。

 荒畑さんに近づくのではなく、追い越したいと思ったからです。


 握力を鍛えるために道具を買ってもらいそれで鍛えました。

 腕立て伏せやスクワットを15回ずつ日々行いました。

 走り込みを毎日3kmしました。


 そんな風に日々を過ごす中、私は中学3年生になっていました。

 月日は流れ、中学3年生の夏頃でした。


 私は2つの選択肢を模索しました。1つ目は女子サッカーの無い地元の沢江蕨高校へと進学する事。中学で仲の良かったメンバーの何名かいくと聞いていたので特に問題なく過ごせると思いました。


 2つ目は、強豪の女子サッカー部へと行くことでした。中学の頃の私は無名選手であるためスカウトなどは望めません。そのため、自分自身で女子サッカー部のある場所を調べて自ら高校へ行くのです。そんなときでした。私は偶然にもとある試験を見つけることが出来ました。


 そこは、とても有名な強豪校のセレクションでした。そこで活躍できれば、推薦入学も夢じゃなかったんです。


 でも……私はだめでした。

 

 試験不合格の通知を貰い、月日がたったとき。

 私は合格した友人から久しぶりに会わないかと言われました。


 そこで、友人はこう提案してきたんです。


「これから私と2回勝負しよう。1回でも私を躱せたら貴方の勝ちでいいよ。じゃあ始めようか」


 こうして、勝負を私達は行いました。その結果は――私の惨敗でした。

 友人は地べたに這いつくばっている私に対し、こう言ってきます。


「あんたはぬるいよ。俊敏性や発想力は認めるよ。けど、それじゃ勝てないんだよ。世界には、あんたが思っている以上にすごい選手たちが沢山いるんだから。あんたが思っているレベル感だと、一生強くなることはできないよ」


 完膚なきまでに、私は叩き潰されました。すべてのサッカーを否定されたような感覚に陥りました。私は幾分の間、立ち上がることが出来ませんでした。


 私が全力を出しても、合格した彼女には一歩も及びませんでした。


 私は、自らの弱さを呪いました。人生をかけてでも挑戦する心が私には無かったのです。そして私は――あのニュースを見てしまいました。


「荒畑選手が、退団……!?」


 嘘だと私は思いました。

 頬をつねり、現実かどうかを確認しました。

 頬の痛みは鮮明に体に残っており、それが現実であると思い知らされました。


 なんで。

 なんで、あの人がクビにならなくちゃいけないんだ。

 なんで、チームはこの人を切ったんだ。


 不条理の現実が目の前に広がる中、私は國岡から言われた言葉を思い出しました。

 あぁ、そうか。そういう事だったんだ。


 「……私はプロになれないんだ」


 私は、サッカーをやめる決意を固めました。高校に入学した後は、友達のかなちゃんとともに部活を楽しもうと考えていました。


 それでもあの日、私は見てしまったんです。


 かなちゃんと下校する時、見慣れた髪形の男性が職員室に入るのを見たんです。

 そして、その人物こそ私の憧れだった荒畑宗平選手だと理解したんです。

 

 あの人を見てから、私の感情は大きく揺れました。

 何故あの人がこの場所にいるのか。

 何故舞台から降りたあの人がここにいるのか。


 それを知りたくなったのです。

 だからこそ私は、真相を知るためにサッカー部に入ろうと決めたのです。


 「以上が、私が沢江蕨高校マネージャーになろうとした経緯です。自分勝手な理由で、申し訳ありませんでした」

 「――いや、いいよ。むしろ、本心を聞けて良かったぐらいだ」


 私が抱えてきた泥のような気持ちを全て受け止めてから、水上先生は私の顔を見ます。

 その顔には、何かを決意したような表情が見て取れました。


「認めよう。君は今日から、沢江蕨高校サッカー部マネージャーだ。そこで、任務を与える。今回コーチをしてほしいと頼んだ荒畑さんは、現在こちらへ何も接触してきていない。一度会ったが、その時にやりたくないと言ってきたんだ。その後、コンタクトを取ろうと彼に連絡をしているがメールへの返信もなく電話も出てくれていない」

「そんな……何かの間違いじゃないんですか!?」

「実は、秘密裏に音声を録音していたんだ」


 水上先生はそう言いながら、スマートフォンを取り出し音声を再生します。

 二人しかいない職員の中で、録音されている声が流れ始めました。


「荒畑さん、初めまして。私、沢江蕨高校サッカー部の顧問を務めている水上茂と申します。本日は、学校までお越しいただきまして誠にありがとうございました」

「……」

「今回の話し合いですが、まずは私のチーム方針について話させていただきます。私達のチームは守備中心のチームです。守備を固め、相手の攻撃が切れた直後を狙いカウンターを狙います」

「……」


 私は、これを聞いていた時に疑問が浮かびました。

 荒畑さんの声が入っていないのです。


「荒畑さんは、私と会話しようと思っていなかったらしい。私が説明を終えると、彼は私にお礼だけ伝えてから学内から出ていったよ。その後は、全く連絡がない」

「そんな……」 

「申し訳ないが、これが事実だ。これは憶測だが、荒畑さんはコーチをやる気がない。そもそも、選手に熱意を持って教えることのできないコーチが来たところでいい迷惑だ。だから、入部はやめておいた方がいい。君の願いはかなうわけがないからね。さてと、私は練習を見る必要があるから話はここまでだ。ちゃんと授業は受けるんだぞ」


 水上先生はそう言うと、立ち上がりグラウンドへと向かっていこうとします。

 私は、このチャンスを逃したら二度とあの人に会うことが出来ないんじゃないかと思いました。

 だからこそ、こんな言葉が出てしまったのでしょう。


「なら、私があの人に熱意を戻します!!コーチとしてなってもらえるように、頼み込みます!!」

「……はぁ、何でそんな訳のわからないことが思い浮かぶんですか。まぁ、いいですよ。こちらも4/30までに本人の承諾がなければ話はなかったことにします。もしそれが出来れば、あなたの入部を承認しますよ」

「分かりました。その時は、本当に入部をさせていただきますからね!!」


 そうして、この日の話し合いは終わりました。

 いや、約束なのかもしれません。

 いや、もしかしたらこれは私に託された使命かもしれません。


 何せ、今の沢江蕨高校のプレイスタイルでは得点力がない限り負けるでしょう。

 だからこそ、このチームには新しい風を吹き込ませる必要があるんです。


 何故、荒畑さんがあんなふうに変わってしまったのかはわかりません。

 けれども、けれども――


 私は、あの人を連れ戻すために力を尽くします。

 あの人を、救うために――

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