第8話 自己紹介で茹蛸になったの巻!

 私が沢江蕨高校の練習を見てから3日経った後のこと。何時もの様に家の中でストレッチに勤しんでいると電話が鳴った。その相手は三原君だったようだ。私は少々驚きつつも電話を取った。


「はい、もしもし。霧原です」

「おはよう、霧原さん。いつもお世話になっている三原です。本日はちょっと連絡したいことがありお電話の程入れさせていただきました」


 私が電話を取ると、スマホから丁寧口調の三原君の声が聞こえてきた。何時もよりも硬い口調だったため少し吹き出しそうになったが、そういう気持ちをこらえてから私は返答する。


「やけに丁寧口調だね……まぁいいや。それでどうしたの?」

「そうだね、本題に入ろう。今回の中学サッカー部入部の件なんだけれど、無事に監督に認められたみたいだよ。ちゃんと霧原さんが成績を取ったからね」

「……えええっ!?」


 その返答はあまりにも予想外だった。三原君から試験結果の合否を告げられるなんて思いもしなかったからだ。私は驚いた表情のまま部屋の隅に置いてある学校鞄から成績証明書を引っ張り出した。

 

 折り目が付いた成績証明書のしわを伸ばし、真っすぐになるように整えてから確認する。そこに書かれていたのは、60と書かれた数字だった。


「よかった……よがっだぁ……」


 私は初めて成績表を見て涙を流していた。サッカー以外のことで初めて努力が報われたのだ。これほど嬉しいことは無いだろう。


「それでね、電話した理由なんだけどさ。今週の日曜日試合があるんだ。そこで監督が霧原さんにマネージャーの仕事を任せたいって言ってたから僕から連絡したんだ。今週予定が入ってるなら監督に対して先に連絡しておくけど大丈夫そう?」

「うん、大丈夫! その日は予定が入ってないから何時でも行けると思う!」

「それは良かった。じゃ、監督に伝えておくから。それじゃーね」


 そうして私達は電話を終えた。この時、ふと疑問が湧いてくる。監督と実際に話していたのはキャプテンとかで無く三原君だったという点だ。普通なら新入生ではなく上級生のキャプテンが連絡等を行うはずだが、何か理由があるのだろうか。


 私は耳にかかった黒髪を右手で払いつつ、左手を下顎にのせて考えた。しかし、私は頭を鳴らせばカラカラ鳴るタイプの人間であるため特に解は思い浮かばない。無理に考えて知恵熱を出しても仕方が無いため、私は部屋のベッドで眠りについた。


 こうして時は流れ、実際の試合日となった。


「とりあえず荷物はこんな感じでいいかなぁ~~」


 私は鼻歌を歌いつつ用意を行っていく。スマホに財布、鍵にシンガード、飲み物に着替え用の白色の半袖シャツに短パン、白色のソックスと準備は万端だ。


「後は服装だけど、まぁ基本的に真面目そうな人物という印象だと思ってほしいな」


 私はそんな風に呟きつつ学校指定の夏服を着る。勿論、下はズボンだ。万が一試合に出なくてはならない時、スカートだと馴染みにくいからである。


「って何考えてんだ私! 今日はマネージャーとしていくんでしょうが!!」


 私は自分がまだ選手として出るという謎意識を持っていることに対して突っ込みつつ準備を行っていく。だが、やはりスポーツ選手という物は試合に出たい生き物だ。故に私は着替えている時もずっと「試合出れたらいいなぁ」とぼやいていた。


 そうして自己紹介の時が来たのだが――

 この日、私はある理由からまたもや恥ずかしい自己紹介をしてしまったのだった。

 噛みまくりどもりまくり顔崩壊の酷い自己紹介は、中学男子の面々から絶望感感じられる眼差しで返された。


 本来ならばこの時点で心が崩れてしまいそうだったがそれでも崩れなかった理由があった。何故なら、かなちゃんがサッカー部のマネージャーとして入部することになったからだ。


「サッカー部の皆さん、初めまして! 

 1年の市城香苗と申します。サッカーは初心者ですが皆さんの邪魔にならない様に頑張りますのでどうぞよろしくお願いいたします!」

「ヒュー! かわいいねぇ!」

「こっちのマネージャーは当たりだな! 他校に自慢できるべ!」


 かなちゃんは正に見本の様な自己紹介を行った。友達として誇らしいなと思う反面、またみっともない印象を抱かせてしまったと思っていた。


「うっ……またこれかぁ」

「私も入部したこと教えてなくてごめんね」

「良いよ、私はこうやって失敗して学んでいくからさ。それに今回は私の自己紹介が下手だったことが原因だから……」


 かなちゃんはつやのある黒髪を風に揺らしながら木陰でめそめそ泣いている私の背中を擦る。その優しさによって少々心が安定してきた私は立ち上がる。


「ありがとう、かなちゃん。お陰で落ち着いたよ」

「良かったね。それじゃ、早速準備をしたいんだけれど……何をすればいいの?」

「それは私が教えてあげようか」


 両腕を組み首をかしげながらかなちゃんが私に質問すると、オールバックの黒髪と釣り目が特徴的なガタイの良い男が話しかけてくる。白色のユニフォームを着ており、番号は11番と書かれていた。


「申し遅れました。僕の名前は伊賀義人いがよしと。こんな見た目だけれど、チームのキャプテンです。改めて2人ともよろしくね」

「よろしくお願いします」

「よ、よ、よろしくお願いします」


 私とかなちゃんは伊賀さんと握手を行った。その際、伊賀さんがひきつった表情をしつつ離れていったなと思った。私はそんなことを思いつつ眺めていると、焦った表情の三原君が私達に声をかけてくる。


「2人とも、何か問題とかは無かった!?」

「うん大丈夫だヨ――特に問題なかったヨ――」

「……?」


 私はかなちゃんの語尾が若干片言気味になっていることに違和感を感じたが、この時は特に気になることは無かった。そんな様子の私達を見た三原君はほっと一息をついてから今日のやるべき仕事について教えてくれた。


「まず、試合中にみんなが使用するジャグ作りだよね。スポーツ飲料を作るために用いる粉があるから、まずはジャグの蓋を開けてから水を入れる。その次に袋の封を切ってからザーーって入れるんだ。そうすれば美味しいジャグが出来るよ」

「ほえ――成程ぉ。こうやってやればいいんだぁ。けどなんて三原君知ってるの?」

「そりゃ勿論、1年生が上級生の仕事をやるなんてざらだしね」


 三原君は困ったような表情をしつつ右手で後ろ髪を擦っていた。その表情を見ていた私は三原君がコスプレしたら完全に女性みたいになるなと言うふざけたことを考えていた。


「三原ァ! メンバー発表するからはよ戻れ!」

「分かりました! 多分今日の仕事は残ってないと思うから、取り合えずジャグは芝生の木陰辺りに置いといてね!」


 監督に呼び出された三原君は私達に謝ってから監督の下へと向かった。そんな彼の後姿を見つめつつ、私はかなちゃんの代わりにジャグを持っていく。木陰に置き、選手の周りに近づくと監督が作戦ボードを出していた。


「今回のフォーメーションは3-5-2で行く。

 CBは飯倉いいくら平野ひらの的場まとば

 ボランチは三原みはら伊賀いが

 右サイドハーフは神宮じんぐう、左は遠宮えんのみや

 トップ下は神保じんぼ

 セカンドトップは山西やまにし

 センターフォワードは大河原おおがわらだ。

 練習試合だからといって全員気を抜くなよ。

 本番と思って取り組むように!」


 監督からの激励げきれいに対し、サッカー部メンバーは大声で返事を返す。

 私はまとまったチームだなと思いつつ、これから行われる試合を見ることにした。

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