第7話 ランニング中にストーカー現るの巻
地獄の様な勉強日を終え、期末試験の結果が返却される日となった。かなちゃんは試験結果が返ってくることに対して特に不満を持っていなかったが、それと対照的に私の顔には焦りが浮かんでいた。
もしここでテスト結果が悪かったりしたら、私がサッカーに携わる機会がかなり遠のくことになる。今回のテストだけで人生が大きく変化するのだ。
「接那、顔色悪いよ。大丈夫そう?」
「だ、だ、大丈夫。緊張によるも、もの、だから……」
私は腹を抑えながら下を向き弱弱しい言葉を吐く。かなちゃんに本来は迷惑をかけるわけにいかなかったが、こればかりは仕方が無いだろう。不安に駆られているとガラガラと音を鳴らしながら前側の教室扉が開く。担任の先生が入ってきたようだ。
熱血教官の様な角刈り頭が特徴的な先生は私達が揃っている事を確認してから歯並びの良い歯を見せるような笑みを浮かべつつ「お待ちかねのテスト結果返却――!」と大声を出す。
その途端、クラスがざわつき始める。至る所から「お前テスト行けた――?」「心配だなぁ、怖いなぁ」という様な質問や不安な言葉が噴出していく。私が周りの状況を伺いつつ周りを見ていると、「次、市城香苗」という名前が聞こえてきた。
かなちゃんは呼ばれると同時に駆け足で成績結果がプリントされている紙を受け取った。直後、可愛らしい笑みを浮かべながら私の方を見る。どうやら良い結果が得られたらしい。
かなちゃんが良い成績を残せたことにほっとした数分後、私は先生から名前を呼ばれることになる。先生の表情からは笑みがこぼれていた。
「霧原――お前頑張ったなぁ。前回の酷い成績からこれだけ上げるなんて頑張ったんだろう。先生からも花丸をくれてやろう!」
「ははっ、良いですよ別に……」
私はお茶らけて見せる先生から成績結果がプリントされた紙を両手で受け取った後、順位を見ることなく座席へと戻っていく。私は自分の順位を見るのが怖かった。これで70位だったりしたら私がサッカーに携われる機会が大幅に減少するからだ。
「接那、順位どうだった?」
「ごめん……もし駄目だったらと思うと怖くてまだ見てない」
「そっか……確かに接那からしたら今回のテストは重要だからね。直ぐに見せられない気持ちもわかるよ。また時間が経った時、家で見てみなよ」
「分かった、ありがとう」
私はかなちゃんにお礼を言った後、鞄に折りたたんだ成績証明書をしまう。そして、右肩にバックをかけてからかなちゃんと一緒に帰宅することにした。
その道中、私達は夏休みの予定について話していた。
「接那、今年の夏休みって何か予定とかある? もし無ければ旅行でもどう?」
「いいね。でもどういう目的で行くの?」
「そりゃ勿論、様々な麺類食べ歩きだよ。まだ見ぬ麺類が世の中にはあるからね!」
「ハハッ、良いねそれ。何時か時間がある時やってみようか」
私は少々危機感を感じていた。このままだと明らかに麺類を食べまくる旅行になるからだ。元々私は多くのご飯を食べることが苦手な身体であるため、食べ過ぎてしまうと最悪の事態が発生してしまうかもしれないのだ。それは何としてでも避けなくてはならない。私はそう思いつつ、かなちゃんと別れた。
これからどうしようかと一瞬悩んだが、特にやる事が無かったので私は何時もの様にランニングに勤しもうと考えた。
私は家に入った後、すぐさま鍵を閉め玄関前に鞄を置く。そのまま腕をぶらぶらと揺らした後、手と顔を洗うために洗面所へと向かう。
汚れが無いか鏡を用いて目視で確認した後、私は制服からグレーの半袖と黒色の短パンに着替えた。軽く準備体操を行った後、服の胸ポケットに鍵といくらかの現金を入れる。こうして準備を終えた私はトレーニングシューズを履き家から出る。
「今日の目標は、取り合えず沢江蕨高校までかな――」
私が選択した理由は、男子サッカー部の練習があるかもしれないからだ。進学する可能性もあるため下見をしておく価値は十分にある。
私はそんなことを思いながらランニングを開始する。周りの人や物に気を付けつつ一定のペースで走るランニングはサッカーやフットサルでも有効な動きだろう。特にサッカーではボールを貰っていない時間帯が多く、周りを把握しながら移動し続ける必要がある。
周りの把握が不十分だったりしたら、死角から現れた選手にパスカットを受けてカウンターという事態が容易に発生する。故に、この様なランニングの時でも意識づけることは重要なのだ。
私は通行人の表情や移り変わり始めている景色を眺めつつ一定のリズムでランニングをし続ける。そうして、10分程度経った頃だった。
「やぁやぁ、こんなところで出会うとはね――」
それは同じタイミングにランニングを行っていた國岡だった。國岡はサッカーに関連するところであれば至る所から現れる人だ。彼女の潜伏能力は異常で、生い茂っている木に隠れている時すらある。
彼女に絡まれるのは大変だと思った私は、先程よりもペースを上げた。國岡は私のペースに対して笑みを見せつつ軽い足取りで横に並ぶ。
「良いペースだねぇ! 私もついていくよぉ!」
「なんでついてくるんですか!? 暇なんですか!?」
「暇だよぉ。だって今日私達の練習無いしさ。こうやって鍛えてたら偶然知り合いにあったもんだからね。絡みに行くのは当然さ」
本当に厄介だ。私は心底そう思いながらこの人と共に駆けていく。
「エンペラーガールの私についてくるとはさすがだねぇ」
「だからそのエンペラーガールってなんですか!?」
「エンペラーガールは私の最強さを表す名前だよ。強靭さにしなやかさ、柔軟さを持ち合わせる私に勝てる人物なんている訳ないのさ!」
「へ、へ――そうなんですか(可哀そうに)」
私は若干憐れみを感じながらともに走っていた。
そんな時ふと一つの疑問が過る。
「そういえば、國岡はどこかのチームに入ってるの?」
「う――ん、まぁ入っているけれど……教えな――い」
「えぇ、何で?」
「だって、教えたところでろくなことになんないもん」
私は一瞬だけ見せた國岡の悲しげな表情に疑問が残ったが特に触れなかった。
そうして走っていると沢江蕨高校の校舎が視界に入る。
どうやら目的地に到着したらしい。
私は両手を膝につきつつ息を整える。対照的に、國岡は全く息を切らしていなかった。私に話しかける余裕すらあったのだ。
「へぇ――成程。あんたが来たかった場所ってここかぁ。確かにこの高校の練習は気になるよねぇ」
「なんで……あんたはそんな余裕なのよ……」
「まぁ日頃の鍛錬だと思うよ。それより見てみなよ」
私は息を整えた後、國岡が指差す場所を見る。そこには、予想していた通り沢江蕨高校サッカー部の選手や水上さんが立っていた。練習を目の前で見れることに高揚感を覚えつつ、練習を目に焼き付けることにした。
この日私が見た練習内容は比較的シンプルだった。最初にストレッチを行ってからペアを作る。そして、ペアの1人がボールを投げてからもう1人がインサイドでボールを蹴る。その方法を10回程度繰り返した後で投げる方を逆にする。
両方とも規定回数蹴り終えたら次はインステップキック、胸トラップからのパス、膝トラップからのパス、ヘディングという形式で繰り返す。
この時のキック精度は試合を行っていく上で重要となる点が多い。
特に胸トラップは浮き球処理を行う際には必須な技術であるため、ここを疎かにするとゴールキック等の様な些細な場面でもミスに繋がってしまうのだ。正に基礎練と言うに相応しいものである。
そんな風に考えながら見つめていると、次の練習に移行した。私がやっていた走り込みだ。走り込みは前後半合わせて80分走り続けるうえで重要となる基礎体力をつける為に必須項目となる練習だ。一定スピードで走るためあんまり意味があるのか私自身分からないが、チームの一体感を出すために行うとしたらこれほど有用な方法は無いかもしれない。
「國岡、ちょっと気になったんだけれど普段どんな感じに練習しているの?」
「おぉ、いきなりだね。まぁそうだね。正直言えばチーム練習には参加していないな。私はあくまで私だから、基本的に自分で組んだ練習を行っているかな。勿論、チーム内の試合には参加しているけれどね」
私は國岡からの話を聞いて少々驚いた。てっきりチームに所属していないと思ったからだ。そんな彼女に驚きつつも、この日の試合見学を終えた私はまたランニングを開始した。
そうして私がランニングを開始してから数分後のこと。
「水上先生、今日はありがとうございました。勉強になりました」
「いやいや、良いよ。三原君みたいな優秀な技術を持っている選手がいると、練習の雰囲気が格段に良くなるからね。それとさ、君的にこの高校は視野に入っているのかい?」
「はい、水上先生。今のところ候補には入れています」
「そりゃ嬉しいね。もしチームに入ってくれたら、ボランチのポジションを固定して考えてみることにしようか」
「ありがとうございます、水上先生。それではこれで失礼します」
暗くなり始めた午後6時頃、そんなやり取りが行われていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます