第6話 接那、勉強が嫌いだってよの巻
季節はあっという間に流れ、五月を迎えた。梅雨を超え、蒸し暑さが増し始める中、私は憂鬱な気分になっていた。定期試験があるからだ。
定期試験は私がこの世で滅んでほしいと思っている怪物だ。何せ私は小学校時代でも点数は下から数えた方が早かった。所謂おバカだったのである。
ただ、弁解させてほしい。私は決して努力をしなかったわけではない。
時間をかけて勉強しているにも関わらず結果に結びつかないのだ。
その理由は、私自身分かっていなかった。
「単純だよ。接那、授業内容の復習ってしてないでしょ」
「あっ、確かにしてない……」
「それは駄目だよ。中学の勉強はとにかく積み重ねと反復練習。忘れそうになったら復習、忘れそうになったら復習という感じのサイクルで最低限やらないと良い成績なんて取れないからね。それで接那、中間テストの結果はどうだったの?」
「……4科目赤点」
私がそう言った直後、かなちゃんが机に座りながら顔を覆い天を仰いだのは言うまでもない。それから始まったのは、私達の教室に残って行われるかなちゃんによる勉強会だった。勉強会と言ってもかなちゃんとのマンツーマンであるため個別指導というべきかもしれない。
「ほらここ、間違えてるよ。何でこれ選んだの?」
「だってほら、徳川5代目将軍の名前って徳川紐吉でしょ?」
「……徳川綱吉だよ? 接那、徳川将軍の名前もしかして覚えていない感じ?」
私はかなちゃんの質問に対してゆっくりと頷いた。かなちゃんはまた目頭を右手で抑えつつ天を仰ぐ。そんなやり取りをしている中、三原君が教室内に入ってきた。
「こんにちは三原君、今日は一体どうしたの?」
「僕も折角だから市城さんに教えてもらおうと思いましてね。折角だから学年上位になりたいなと思いまして」
「そうなんだ! じゃ、一緒にやろうよ!」
三原君の返答に対し、かなちゃんは笑みを浮かべながら私の隣に座らせる。かなちゃんの目的は三原君に勉強指導を手伝ってもらう事だろう。私はそんなことを感じていた。
それから10分後――
「接那、テスト2週間前切っているのにこれ出来ないのは不味いよ……」
「まぁまぁ、冷静になりましょうよ。そもそも霧原さんのおつむが宜しくないのは重々承知ですから」
「うっ……痛いところつくなぁ、2人とも……私涙流しちゃいそうだよ」
結果的に発生したのは私に対して厳しく指導する人間が2名に増えたことだった。頭のいい人が指導してくれるのは嬉しいが、それでもメンタル的に辛いものがある。
「涙流す暇あったらこの問題解いてください。霧原さんが一番苦手な数学の参考書です。あの先生からこの問題の類題を良く出すのでこれを暗記すれば基本的に点を取れますから」
「うん……確かにそうなんだけれどね。申し訳ないんだけれどさ、やる気が起きないんだよ――」
私がそう言うと、三原君が驚いた表情を浮かべながら私問いかける。
それに対し私は少々目元を赤くしつつこう答えた。
「だって、頑張ったところでサッカー部に入部出来ないじゃん……」
私は低い声色で本音を口に出す。どれだけフットサルを通して技術を手にしても舞台に立つチャンスを手に入れられなければそれは無駄な時間を過ごしたことになる。
いや語弊があるかもしれない。努力をした時間や結果は後で役に立つときは来る。それは大学入試や就職と言った人生を決めるうえで重要となる場面で度々訪れる。
私はこうやって頑張った、という様な経験は人の精神を強くする。それ自体は理解しているのだ。それでも、それでも――
「私だって……ざっかーやりだいよぉ……」
私は大粒の涙を膝元に零しながら声を殺すように呟く。ずっと思っていた。男子だって女子だってやりたいスポーツは決して禁止される必要が無いのだ。それにも関わらず私の思いを踏みにじるかの様にあの先生は私の道を封じてきたのだ。
それも、私が女子だからという理由だけで決めたのだ。明らかに可笑しい。明らかに可笑しい。それは分かり切っている。抗議しなかったのは私が弱いからだ。
かなちゃんは驚いた顔に一瞬だけなるがすぐに平静を取り戻し私の背中をさすった。それに対し三原君の顔色は赤くなっていた。
「すみません、事情をお聞かせいただいてもよろしいですか?」
「……ごめん三原君。今接那がこんな調子だから私から話すね」
かなちゃんは私の事情を三原君へと伝えてくれた。三原君は頷きながら「そんな馬鹿なことが……」と言いながら握り拳を震わせる。
「ごめん、市城さんに霧原さん。ちょっと行ってくるね」
三原君は外に出ていった。私達はこの時後を追わなかったので知らなかったが、なんと彼は職員室に単身で乗り込み顧問の先生に対して抗議を始めたのである。
「先生! 一体どういう事なんです!? いくら何でも女子だからっていう理由で霧原さんの入部を拒否するのはあんまりじゃありませんか!?」
「仕方ないじゃないか! この多感な時期だ。もしかしたらそういう問題が発生してしまうかもしれない。そんな責任を取るのは誰だと思う。この私だぞ!?」
「知ったこっちゃありませんよ! それ以上にサッカーをやりたいなんて言う生徒を性別で拒否するのは最早それは男女差別じゃありませんか!? 入部したいと思っている生徒なら少なからずマネージャーとして入部させるみたいな判断が出来るじゃないですか! それすらやらないのは最早どうなんです!?」
三原君の剣幕に対して顧問の先生はだんだんと弱気になっていく。何より、三原君は中学1年生ながらチームのレギュラーを勝ち取っている存在だ。もしそんな彼が今回の件でチームを辞めようものなら実力が格段に下がってしまうことは否めないのである。
更に、個室ではなく色々な教員がいる職員室でやられてしまった事も顧問の先生にとって不利な状況だった。何せ教員という物は繋がりが非常に大きい。生徒がどの様な高校に進学したか、部活の結果はどの様に残しているか、素行不良の生徒に対してどの様に対応しているか。
この情報が学内教員に素早く回るのである。こんな時、もしも性別を理由にして生徒の部活を辞めさせるとしたらどうなるだろうか。確実に男女を性別で決める教員としてこれからのキャリアアップに大きなヒビが入るだろう。
「くっ……分かったよ、三原。条件を受け入れよう」
「ありがとうございます、先生」
こうして三原君は、条件付きの下で入部させてくれるという約束を交わしたのである。その条件というのは――
「テスト60位以内を取れ……!?」
3桁順位常連の私にとっては見たこと無い数字だった。
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