東土節の一週目 《約束された不運》の月
このあたりは元々活火山地帯であり、《熱》ゴラから生まれた
私はごつごつした岩山を進んだが、至るところに奇妙な大穴や不自然な空白があり、確かに
残っている岩の隙間から
市壁は高いがさほど厚みはなく、刎ね返しの隙間が外向きに張り出していた。四方に建つ稜堡は花の蕾のような形をしており、敵襲の際には祝福の強い神官がそこから攻撃を仕掛けたのだろう……エヴェロイの軍には強い
市門は開け放たれたままだった。そこをくぐると、歴史書に記された通り
赤みがかった屋根瓦はひび割れて蔦に覆われるか、砕けて土に還ろうとしていた。街の中にも
いくつもの円柱が並ぶ回廊は屋根が落ち、旅人や商人たちで賑わっていた面影もなかった。おそらく庭園であったと思われる場所では、すっかり荒れ果てていたものの、場違いに鮮やかな
私は目抜き通りを抜け、最も重要な廃墟──
乳白色の
かの名高い
注意して廃墟の中に入ると、入口の広間の真ん中に巨大な鐘が落ちていた。その重さのせいで床のタイルは粉々に砕けて陥没している。この鐘は中に幾千もの小さな舌が張り巡らされ、揺れるたびに荘厳な囁き声のように響き渡ったという。しかし、いまや舌の多くは外れ、風に攫われたのか数えるほどしか残っていなかった。
広間は天井まで吹き抜けで、四階まで見上げることができた。どこもかしこも塵が溜まり、
ここに収められていた巻物や素描は消失していた。壁一面、そしてありとあらゆる場所に設られた書架には塵が積もるばかりだった。
私は瓦礫を乗り越えて丘を登った。丘をぐるりと回るように階段が作られており、頂上に着くまでに息が切れてしまった。
そこには
神殿の中で、私はイシュミーアの最期に想いを馳せた。
いったいどんな言葉がこの地に破滅をもたらしたのか。
《事実の神》ヘメリヤの怒りに触れた彼の言葉は知られていない。それは《言葉の神》グロサーラの祝福を打ち砕くほど強い呪いだったが、彼の死を伝える記録は一つもない。そもそも
私の心にある考えが浮かんだ。エヴェロイが滅んだ時、彼は声を失った。もし、彼とあの
後ろから、石の転がる音がしたので、私は振り返った。
そこには
私はとっさに
それは完全に私と同じではなく、奇妙ないびつさを持っていた。顔はやや長く、足は妙に小さい──と見る間に、その大きさも少しずつ変化していることに気づいた。まるで揺れる水面に映っているかのような……。
これは魔物の類だろうか、と考えてから、私は歪んだ鏡を象徴としている神を思い出した。
《偽り》リドゥーケ。
私はすぐに作法に倣って跪き、毀れた話し方ながら挨拶の
かの神は言った。私は、私の声が、私自身のことばより滑らかに響くのを聴いた。
──ロルグニのサーミビア。如何なる幻を追ってこの地に至ったのか。
かの神は笑みを浮かべた……その表情はそれらしく見せようとしているためにかえって不自然で、乾いた粘土のようにこわばっていた。
私は《偽りの神》に、その言葉の意味を尋ねた。
──事実や美よりも、己の内の影を追う者はあまりにも多い。
あるいは、私もその影の一つかもかもしれない……。
私は『唖の書』とイシュミーアについて話した。
──その者のことは知っている。《
少し迷った後、私は続けた。
かの神は答えた。
──我こそがかの者たちの神だ。
私は己の身が震えるのを感じた。私は言った……イシュミーアが声を失ったのは、あなたと関係があるのかと。
──いかにも。
彼の声を奪ったのは……。
──我は何者からも何も奪うことはせぬ。汝らがひとりでに失うのみ。我は偽り、幻想と蒙昧の神。
リドゥーケは物語の神だ。かの神は想像力を愛するが、
神の言葉は答えのようで答えではなかった。私がどう言葉を続けるか……どうやって事実に近づくか考えていると、かの神は神殿の奥を指し示した。
──そこにグロサーラの《気まぐれ》が残した標がある。
私は
神の言葉通り、その岩肌には文字が刻まれていた。一部が風化し崩れていたものの、
リドゥーケは微笑んだ……その表情は本物らしく見えた。
──美しいだろう。
偽りの神も美を愛するようだ。
私はその文字をなぞった。
【我は
闇と沈黙の中で
《
汝が我がことばを聴いたなら、
そしてかの宝を見出したなら、
私は小さく息を飲んだ。
おそらく
大陸の中央より北、現在
【我は泣き その涙は天へと昇った】
かの地にイシュミーアが?
彼は《神の気まぐれ》だ。砂を立ち止まらせ火に牙を隠させる彼にどれほどの祝福が与えられたか──それを考えれば、彼が
私は改めて碑文を読み直し、リドゥーケに尋ねた。かの神がイシュミーアを
──かつて、この
──
──あの者は、妄執を増幅させる偽りの神たる我に、宝を隠すようにと呼びかけた。我は見返りに、汝の舌で
──あの者は宝を私に託し、「私は《
──ヘメリヤはまず、
──あやつはグロサーラの《気まぐれ》の喉を潰した。あの者は
なぜ、と私は尋ねた。かの神は笑った。
──これから語られる物語からあの者が失われるのは惜しい……まあ、
つまり……リドゥーケはイシュミーアが声を失う原因を作ったが、伝承は間違っていなかったということか。
私は尋ねた。
──
私が問いを重ねようとした時、後ろから何か硬いものが落ちる音がした。
それは、
──それこそが
私は
それは驚くほど軽かった。
リドゥーケが私の隣に立った。
──見出されしもの、隠すこと能わず。
《
私はふと思った。宝をこの地から持ち去れば、イシュミーアの呪いはなくなるだろうか。彼のかつての言葉通り、これはこの地からなくなるのだから。しかし、それによってさらなる
リドゥーケは言った。
──汝の欲するままに。それもまた一興。
神にとっては人びとの諍いなど戯れに過ぎないのだろう。
私はかの神と同じく、イシュミーアのことばを聴くことを願っている……彼が
アリトゥリに持ち帰ることはできない。あの都市はその狭さに対し力を求める者が多すぎる……。
私は心を決めた。
私は
友よ、再び相見える時まで、どうか私や、私の手に渡ったものについては、あなたの唇に鍵をかけていて欲しい。
私はリドゥーケに感謝の
かの神はからかうように言った。私の姿に馴染んだのか、その表情はいくぶん自然になっていた……偽りも馴染んでしまえば本物と見分けるのが難しい。
──汝は《偽りの神》の語ることを信ずるのか。我が語ることばすべてが偽りだとは思わぬか。
偽りだとしても、リドゥーケの語る物語はあまりに魅力的だった。そう伝えると、かの神は喜んだようだった。
私は 《
**********
マグベルン・セナリトゥリアによる追記
この報告書をアリトゥリの私に届けた後、
●涙の地の詩
「我は泣き その涙は天へと昇った。」
(Dulanóndzj' ó Rúola-eík saharoch'f etis Lóh'rói.)
※主語は神であるが、いずれの神かは不明。
「《猫の寝床》の書」より、《犬の町》について f @fawntkyn
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