KING

 それは、藤井聡太にとっては、実は鉄道シミュレーションに似ていた。


「ここは一本道」「ここは分岐点」「どのルートが最速で目的地(相手玉の詰み)に到達できるか?」


 藤井聡太は、長考に沈んだ。形勢は己の優位から勝勢に傾きつつある。しかし、素人目に見れば、己の敗勢と映るかもしれない。そんなことはどうでもいい。でも、たしかにそう一見見えなくもない一手も緩むことはできない局面だ。おそらく、中継動画が示すAIの形勢判断は自分に78%ぐらいといったところか?しかし、5五玉と盤面中央に引っ張りだされた格好の自玉はいかにも危うく、一歩間違えれば、たちまち形勢は逆転となる危うい形勢だ。ただ一手で良いので、自玉の詰みを躱すルートさえ見つければ良い。。。そして、相手玉をさらに追い込めれば勝利は近い。。。


「えーっ!」思わず解説陣からも驚きの声が漏れる。藤井が指したその手は、自玉が安全そうに見える自陣に引くものではなく、6四玉と突進したのである。


「こりゃー、棒銀戦法ならぬ暴玉だー!」

「これ、AIが示すこのあとに続く手を見てみろ!入玉だけを狙ってるんではなくて、相手玉を詰ます後詰めに王がなっているぞ!」

「ひぇー!KING自らお出ましかよ。禁断の戦法だわ。こりゃ!」ネットのコメント欄にも感嘆とも驚嘆、いや呆れたといった感じの声で溢れ返る。


 佐藤天彦はがっくりと首を折る。「マジかよ」相手の玉に詰みはなく、今の一手で自玉を救う術もない。最後の最後も完全に読み負けだった。水を口に含み、はっきりとした声で投了を告げた。


「やっぱり、ダメなのか?」との思いが胸に過り心の傷も癒えないまま、A級順位戦でまたもこの両者は相見えた。


 しかし、結果は完敗。その上、藤井聡太のデビュー300勝というもちろん最速記録のお膳立てまでしてしまうという引き立て役にまでさせられる。加えて、藤井聡太を万人が認めるKINGに押し上げたのが次の局後の記者たちとのやりとりの中での応対であった。


「藤井竜王、本日の勝利でデビューから300勝となった訳ですが、その辺りについてこれまでを振り返られての感想をいただけますでしょうか?」

 一瞬顔を微かにしかめたかと思えば藤井竜王は「その質問に対する答えは感想戦の後でも構いませんか?」と回答。珍しい回答をした藤井聡太の回答に多くの人々がハッとさせられた。さっきまで、脳をフル回転させての詰むや詰まざるやの闘いを繰り広げていた弱冠二十歳の若者から「(たしかに僕は今日300勝上げたかもしれないけれど、まだ未放映の2局が含まれての結果だし)それをあまりここで言ってしまっては、勝敗の行方をハラハラ・ドキドキ楽しみにしているファンの興を削ぐことになりませんか?」と倍近い年齢の記者相手にやんわりと諭し窘めるかのような”大人”っぷりをまざまざと見せつけられてしまったのだ。


 この光景を見たネットのファンたちからは、

「さすが将棋界の若きプリンス、いや、もう風格を備えた真のKINGやわ!」

「もう将棋連盟会長も務まるで!」といった称賛の声が飛び交った。

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