第25話 お兄ちゃん、確保しました! 〜お兄ちゃんは首を傾げるばかり〜


「ちょっと有本!立派にストーカーされてるじゃんよ!」

「心配性してくれてるだけだと思う。僕らがダウンロードしてる『見守りアプリ』は互いの了承の上だし」

「ぐぬぬ……!いい所で邪魔ばっかりしてきて!」


 今日はそんなに飲みたい気分だったのか、幸田。覚えてはいないが、飲みに行こうと言われた時に了承の生返事くらいはしてしまっているのかもしれない。申し訳ない事をした。


「チャンスだと思ってるのは貴女だけじゃないかしら?」

「私達はお姉さんの言葉、ばっちり聞いてたもんね!」

「あ、アンタ達!」


 こら、ほのかにかずら。ドヤ顔で笑わない、煽らない。だが、幸田の顔が赤くなったり青くなったりしている。


 僕が考え事をしている間に何を言ったのかは知らないが……本当に悪い事をした。土曜日みたいに険悪にならないうちに帰ろう。

 

「今日はありがとう、助かったよ。恩に着る。今日の礼と土曜日の件のお詫びを兼ねて、この前の幸田の友達と一緒にご飯でも奢らせてくれないか。今日は二人と帰るよ」

「何だよ! せっかく相談に乗ってやったのに!」

「……申し訳ない。この礼は必ずするから」


 幸田に頭を下げる横で、ほのかと葛が動く気配がした。


「な、何よアンタ達! 何か文句あるの?!」

「おい、ほのか! 葛!」


 二人が幸田の両脇に立ち、交互に何かを呟いている。


” …………逃げ場の……ように仕向け、……いう事かしら? ”

” 既成事…………、何を……………ですか? ”


 くう、全然聞こえない。

 ほのかと葛、凄く真剣な顔してどうしたんだ?

 怒ってる?

 幸田は俯いているし。


 ヤバいかも。

 割り込もう。 


「ほのか、葛。幸田は元気のない僕を見かねて、声を掛けてくれたんだ。何に怒っているのか知らないが、もうそのくらいで、ごめんなさい僕が悪うございました出しゃばりましたお許し下さいほのか様葛様」


 ほのか、めっちゃ涙目になってるう!

 僕に膨れっ面してるう!


 葛、『ごごご!』どころじゃない!

『んごごごごごごごごごごごっ!』みたいな、しかめっ面ぁ?!


 ばっしい!


「あたあ?!」


 ぶっ叩かれた?!

 背中!

 僕の背中あ?!


「もういい! 有本の馬鹿! もう頼まれたって彼女になんか、なってやんねーよ!」


 肩越しに……怒鳴られた。


 あ、あれ?

 あれ?


 僕もしかして……絶賛みんなに嫌われた?!


 このままパーティーから追放された僕はギルドからも追い出されて、落ち武者のように世界を彷徨さまよ羽目はめに…………!


 いや待て、落ち着け。

 今はやめろ。

 本当にやめろ。

 深呼吸だ。


 すう。

 はあ。


「せいぜい三人でやってろや! 馬ー鹿!」


 あ、走ってった。


 ……幸田には迷惑をかけてしまった。

 本当にゴメン。


 近いうちにちゃんと謝って、お詫びにご飯でもご馳走したら……別のサークルも検討しようかなあ。


 今日の部室の微妙な雰囲気と幸田とのやり取りを考えると、ね。


 ん? 

 幸田、止まった?


” お前なん……そのでっかい……! 似合わ…………! 馬ー鹿!」


 何か叫んでる。

 周りの人達、めちゃめちゃこっち見てますけど?!

 みんな僕の足元見てますけど?!


 あ、角曲がった。

 みなさん、ヒソヒソ話やめてくださいよ!

 幸田、何て言ったんだよ!


 ががっ!!


「ひうう?!」

「お兄ちゃん。ちょっと。ちょおおおおっと、お話しよ?」

「は、はひ」

「んごごごごごごごごごごごっ!んごぎぐ、んがががががが!」

「ぼ、僕! 食べても美味しくないですよ?!」


 肩痛い!

 掴みすぎい!

 脱臼しちゃうううううううう!



 部屋で、正座。

 何故か正座。


 二人とも、ニコニコ顔で怒ってらっしゃる。

 両側から既視感たっぷりの怒り笑いで覗き込まれている。


「大体だよ? 何でお兄ちゃんは私達に相談してくれないの? 昔はさ、悩んだ時に『ほのか、お兄ちゃん元気ないんだ。ちょっとしてくれないか、げっへっへっへ』って言ってくれたのに!」

「いや待て。僕がそんな事言うはずが……いたあ?!」


 言ったかも?!

 言ったかも!

 脇腹、ギリギリとつねらないでえ!


「優ちゃん。お座りなさい」

「す、座ってますが……」

「ごごごごごごごごごごごごごごごごごごっ!」

「はい! 座りましたあ!」


 太ももに爪、食い込んでますってば!


「せっかく、せっかくお兄ちゃんの為に胸元全開の悪役令嬢のコスしたのにっ! 本当の悪役じゃないと興奮しないのっ?!」

「それ、僕の為に着てくれたの?! わー! 出そうとしないの!」


 うわ! スポーツブラ取ったら……何だろうこの既視感。

 あ、夢でも取ってたからか。

 

 いや、二人に話したい事があるのに!

 うぷ?!


 お兄ちゃん、お胸で窒息しちゃうって!

 それにワンピース、はち切れそうだから!

 

「私だって優ちゃんの為にレバガチャ必須のKO寸前なのにっ……!」

「それ、ピヨピヨの意味が違っ……」

「あ、漏れちゃう。優ちゃん早く、あーん」

「僕に何をさせるつもりですか?!」


 あれ?

 ほのか?


「あのお姉さんの匂いがする。ほのかじゃダメなんだ、ぐすっ。ほのか、そんなに魅力が無いんだ……」


 すすす。

 べそをかいたほのかが、僕から遠のいていく。

 

「私達が傍にいても、優ちゃんの心は満たされてないのね」


 するするっ。

 ひよこ葛が、僕から離れていく。


 温もりが離れた後の、寒々しさ。


 いつかは、こうして二人は離れていく。


 胸が痛い。

 胸が、痛い。


 ……もう少しだけ。

 ほんの少しだけ。


 僕の愛する二人の、温もりを。

 小さい頃みたいでいい。

 そっと寄り添いあう、温もりを。


 神様。

 僕にあとちょっとだけ、時間をくれませんか。


「ほのか、葛。ちょっとだけ……お兄ちゃんと手を繋いでほしいな」

「あー! お兄ちゃんが甘えんぼさんだ! ほのかも甘えたい!」

「何か、昔の優ちゃんに戻ったみたい。可愛いんだから」


 手を繋いだ後に、嬉しそうに飛びついてきた二人。


「お兄ちゃん! ごろごろしながら手を繋ご!」

「うん……うん。そうしようか」

「優ちゃん、三人でごろごろまったりしましょう?」

「そうだね」


 今、だけは。







 首にステキなワンポイント、アイマスク。

 タオルでベッドに縛り付けられた、手足。

 ああ、これは幸運がUPするブレスレット。

 


 きっとそうだ。

 誰か『そうだ』と同意してほしい。


 両手は、腰の後ろで固定されている。

 魔王に捕まった勇者の如く、床に転がっている僕。


 そして通気性抜群の、トランクス一枚。

 そっか。

 これから僕、着替えるんだっけ。


 ……もう、誤魔化しようがない。


 ……あれ?

 えーと。

 

 どっからどうして、こうなった?


 あれえ?

 また夢見てるのか?


「お兄ちゃん、確保しました!ね、私達に何か隠してなぁい?」


 ぎくっ。


「優ちゃん。建前と、言ってごらんなさい。何年私達が優ちゃんと一緒にいて、ずうっと見てきたと思ってるのよ。馬鹿ねえ」


 ぎくぎくっ。


「かくなる上は!」

「しょうがないわねえ、覚悟しなさい。泣かすわよ?」


 両側に座り込み、超至近距離で僕に微笑んでいる二人。


「夢だよね、では終わらない」

「今日は、じれじれしまくりな」

「幼なじみのいちゃラブなオシオキ!!」

「スタートね」


 今日は?

 夢じゃない?


 ……どういう事?

 


 

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