第21話 お兄ちゃんは自己評価が低い ~幸田、謝りにくる~


 くる、くる。

 

 くるくるくる。


 最後のコマが終わって部室にやってきたはいいものの、コートや外周ランニングに出る気が起きない。


 部室の椅子に座って、気がついたらレシーブ待ちの時のようにラケットをくるくると回している。


 サークル内では地蔵扱いの僕だから相変わらず誰も気に留めないままだ。


 今の気分からしたら非常にありがたい。


 僕、ナイスキャラ!

 自称『キング・オブ・モブ』の称号は伊達じゃないぜ!


 ……いかんいかん。

 今は自虐ネタきっつい。

 やめとこう。


 くる、くる。


 くるくるくるくる。


 こんな雰囲気だが、たまに幸田こうだと目が合う。


 あからさまに視線を逸らされて。

 赤い顔して激おこ、だな。


 無理もない。

 恐らく、今思えば。


 軽いノリと勢いで幸田と友達の二人分のご飯を僕に奢らせようとしてたら、突然現れた年下のほのかと葛(かずら)にあしらわれてしまったという。(※14話参照)


 ほのかと葛が見守りアプリで僕の位置情報を把握していたという事実には驚いたが、あの時は助かった、というしかない。


 ない、のだが。


 ほのかと葛からの僕に対する扱いが子供並みという切なさ。お兄ちゃんの威厳、まだありますか?


 冗談はさておいて、結局。


 幸田に対しては僕も『嫌だ。幸田達といるよりほのかと葛に逢いたい』という気持ちが出てしまっていたと思う。


 モテると聞いている幸田のプライドもあって、僕の顔を見るのも腹立たしいのかもしれない。


 強引だったとはいえ、申し訳ない部分もやはりある。

 僕が余裕を見せて、うまく断る事もできたはずなのに。


 今度話す機会があったら、ちゃんと謝ろう。

 あの感じだと今日は無理だな、ははは。


 でも。


 幸田には悪いが僕が今考えるべき事はそれじゃない。


 ほのかと葛の事だ。


 二人への気持ちが家族愛だけではなく、『男子として好き、の部分もあるのでは』ということに気がついてしまったから。




(ね!ね!オタ有本……何か今日、濃ゆくない?!色気ってゆーか何てゆーか……)

(あはは!ないない!エイプリルフールは時期外れ……うわ?!今鳥肌立った!何あれぇ!あの愁いの流し目!)




 僕は今まで『お兄ちゃんだ!』っていいカッコしながら、二人の魅力から目を逸らしてだけじゃないのか。


 二人に嫌われたくないから、いい人でいたくって。

 いい人のまま距離を置いていたかったんじゃないのか。


 


(有本君……ああいう顔するとやっばいわね……あの表情、ぞくぞくするぅ!)

(アンタ去年、『あの子見た目はいいのにねぇ……』とか言ってたくせに!あ、ねえねえ吉岡君!)

(何です?先輩方。キラキラと欲望まみれの顔をして)

(う、否定できない……。有本君って今、フリー?)




 ……?

 何かやけに視線を感じる。


 女子の先輩達と目が合った。

 慌ててそっぽ向かれた。


 うわ、さすがにキッツ……。

 そんなに変な顔してたか。

 

 もう、帰ろっかな。




(そうそう、あいつ自分で、『年齢=彼女いない歴』って言ってましたよ?)

(お、おおお……!DTちゃんだよね!そうだよね!今日、飲みに誘うか!先輩が一晩中絞り出しちゃるぜ!)

(あ!ずっるーい!私のこのお口でねっとりと……)

(……いや、先輩達の方が覚悟いると思いますよ?)

(……え?何で何で?)

(あいつの、こんなでこんなですから)

(……は?うっそおおおおおお!!スリコギかよ!)




 よし。

 会釈して、と。

 うわ!ガン見されてる!

 何かめちゃめちゃ引かれてる?!


 何か、幸田の件といい今日の件といい……居心地が微妙になりそうなら、サークル入り直すかな。


 ふう。

 とりあえず今、どこ行こう……。




(俺、合宿で風呂入った時に見ましたから。『宝の持ち腐れ』って笑ってましたよ)

(うわ!私、『行き止まりなのぉ!もうこんこんしちゃダメぇ!』とか絶対叫びそう!そ、想像しただけで……)

(『僕、我慢できない!』って私の奥の入口もグイグイこじ開けられて、お部屋にじかにに注がれちゃうんだ私……)

((ぐびり))

(妄想乙ですー。でも先輩方は残念!先客がいるみたいですね。俺は彼女待ってるんで帰りまーす☆)

((……はあ?!))








「有本。ちょっと付き合ってくんない?お茶飲も?」

「げ。あ……いや」

「け!って何よ?!酷くない?!……週末はゴメン。あんな顔させるつもりじゃなかったんだ。ねえ!あの子達と約束あり?も、もし時間あるなら謝りたかったのと、一度ちゃんと話したかったの。ね!ちょっとだけ!」


 幸田から話しかけてくるとは意外だったが、謝るのなら早い方がいいか。

 それに。


「僕も謝りたかったし、あまり長居はできないけど」

「……あはは!イケメンな有本、何かめちゃめちゃ不思議!……そのままでいなよ!」

「それで褒めたつもりか!くっつくな!しがみつくな!誤解されて困るのはお前だぞ!」


 周りから黄色い悲鳴がたくさん上がってるぞ?!


「……困んないよーだ」

「え?騒がしくて聞こえない!今、何て言ったんだ?」

「あはは!なーいしょ♡いこいこ!」

「だから、近いんだって!」


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る