第15話 幼なじみの愛情 ~ほのかと葛でお兄ちゃんを癒します④~


 ほのかとかずらのビックリ自己紹介に慌てたのは僕だけじゃなかった。

 幸田とその友達も、目を点にしている。


「な、何言ってるのよアンタ達は!嫁?彼女?!有本、どういう事よっ!アンタ、彼女いないんじゃないの?!」

「い、いや、これはだな……」


 顔を赤くして詰め寄ろうとする幸田と、僕の前に回り込んだほのか。


「お姉さんには関係ない事ですよね?お兄ちゃんが悲しそうな顔をしてるのに、その理由も考えないで、躊躇ためらうことなく自分の好き勝手しようとしてた人に」

「ほ、ほのか……」


 そう言っては、僕の右腕を抱えているほのか。

 幸田を真っ直ぐに見ている。

 その目が座っている。

 本気で怒っている証拠だ。


「な、生意気!有本、何とかしなさいよ!」

「うわ、何かメンドクサイ事になってきた。ブラコン姉妹とうじょ……」

「あら、誰が貴女に喋っていいって言ったのかしら。お黙りなさい、泣かすわよ?」

「な?!」


 葛は僕の左側でにっこにこしながら、食い気味に幸田の友達を黙らせた。

 その友達は年下からのあからさまな物言いに怒りの表情を見せている。


 だが。


「年下のくせに、そんな生意気……」

「黙れ、と言ったわよ?その耳はお飾りなのかしら?」

「ふ、ふざ」

「あらあら、粘度が高いわね。しつこい女って周りからよく言われない?」

「……いい加減にしなさいよ!何なのよ、ムカつく!」

「そこは気が合うわね、私もよ。そもそも、ほのかの話の……」




 途中でしょう?




「「……………………ひいっ!!」」


 葛が、限界まで瞳孔を収縮させた瞳を向けている。

 これは。

 葛もまた、本気で怒っている。

 それを見たほのかがにっこりと笑って幸田達に言った。


「私達は、お兄ちゃんに悲しい顔をさせたばかりでなく、そのまま無理やり連れて行こうとしたお姉さん達を……お兄ちゃんが大好きな家族として、許しません。許せません。例え貴女あなたがどんな気持ちを抱えているとしても、です」


 葛が、我が意を得たり!と言わんばかりに大きく頷く。

 幸田が、顔を赤く青くさせて、絶句している。


 気持ちを抱える?

 何か訳ありだったのか?


「どちらにしても、お兄ちゃんが選ぶ事なので次回からは正攻法でお願いします。でも、絶対に私達は負けませんけど。さてさて、そんなところで!お兄ちゃんは嫁で彼女の私達と楽しい週末を過ごすので、失礼しますね?」


 僕の手に指を絡ませ、後ろに引っ張りはじめたほのか。

 幸田が歯を食いしばり、その友達は怒りを通り越したのか、肩を竦めている。


「知佳、もう行こ?これじゃ勝ち目も理もないよ。それにめんどくさくなってきた」

映里はゆりは黙っててよ!……ふざけんな!ガキが調子に乗ってんな!」

「あら。ムキになるわ叫ぶわ、そんな貴女がガキ呼ばわりとか聞いて呆れるわね」

「お前!」


 幸田が、手にした肩掛けバッグを振り上げた。

 


 ドカッ!!



「……!!……いたた」


 バッグが顔にぶち当たった。

 僕の両側でふわり、と動いたほのかと葛を背中に隠し、の。


「お兄ちゃん?!」

「優ちゃん……!」

「有本、そこどけ!邪魔すんな!」


 幸田は再度バッグを振りかぶり、僕を睨みつけている。


「……この二人に手を上げないでくれ。この二人が言った言葉、態度は僕をかばう為で、僕が断って帰っていればこんな事にはならなかった、すまない」

「もう、そんな問題じゃない!有本、どけよ!」

「ごめん。どかないけど、とにかくごめん」


 頭を下げた僕に、怒り心頭で叫んでいる幸田。


「お兄ちゃん、どいて。受けて立つよ」

「この先は、勝った負けた、で終わらせないわよ?優ちゃん、倍返ししてあげる」

「ダメだ」


 ほのかと葛も、やる気満々だ。

 でも、それじゃダメだ。

 それにそもそも、ほのかと葛は剣道と拳法の段持ちだ。

 手を出させる訳にはいかない。


 二人を押さえながら僕は顔を上げて、幸田の顔をジッ、と見つめた。


「な、何よ!」

「幸田、お前がどうしても引かないというのなら、僕にも考えがある」


 わざとゆっくりと喋って、切り札を持ってますよ?と余裕を見せる。

 そう見えてたらいいなあ。


「は?考え?オタのアンタに何ができるってのよ。まさか、僕強いんです、ここから先は本気になります、とでも言うつもり?」

「……お前達に会う度に、オタ芸を披露する。無論、光る棒サイリウム持参だ。講義で会った時、すれ違った時、遠くで見かけた時、全てにおいて、だ」

「……は?」

 

 そう言って、幸田とその友達の顔を交互に見つめた。

 カッコいいとは思ってたけど、実際にやった事はない。

 断られたら、今日から猛練習である。


「僕が全力でお前達の一日のHAPPYを願おう。全力でだ」

「……は?オタ芸?何言って……」

「え?ええ?!じょ、冗談じゃないよ!」


 おお、お友達はご存じだったようだ。

 よかった、二人とも知らなければ詰んでた。

 バカか僕は。

 でもカッコいいよね、オタ芸。


「わ、私関係ないですよね?!ち、知佳!私帰るね!」

「ちょっと、映里!」


 僕達に背中を向けて駈けていく、映里という女子。

 呆然とその背中を見つめる幸田に構わず、話し続ける。


「幸田、僕の普段を見ているからわかると思うけど、僕は一度始めたらとことんやる。だけど、僕の煮え切らない態度がいけなかった。ごめん。二人にもし腹が立ったのなら、僕を殴るなり蹴るなり好きにしてくれ。頼む」

「……」


 もう一度、深々と頭を下げる。

 幸田は何も言ってこない。

 少し時間を置いて、頭を上げる。


 そして。

 

「ほのかと葛は僕の幼なじみで、嫁でも彼女でも何でもない。けど……」


 いった!

 いたたた?!

 

 腕と背中、めちゃめちゃつねられてる?!

 ほのかさん葛さん!


 お兄ちゃん、まだお話の途中ですから!

 もんのすごい痛いですからあ!


 それでも痛みをこらえつつ、腹式呼吸の要領で整える。

 やっぱり、僕は。


 僕は。


「けど……家族なんだ。かけがいのない大切な妹分達なんだ。二人をこれからも見守っていきたい、そして幸せになってもらいたい。僕に出来る事なら何だってしてあげたい。幸せにしてあげたい。幸田だっているだろ?大切な人。僕だって、二人が傷つけられそうなら絶対に引かない。だから、できれば……怒りをおさめてくれないか」


 心を込めて、目を逸らさないようにして。

 思いが伝われ、と幸田を見つめる。

 

 そんな幸田は眉をしかめながら僕を見ていた目を、ふと逸らした。


「……ズルいよ、そんなの」

「え?」


 ズルい?

 ズルい、か。


 情に訴えかけるような言い方になってしまったからか。

 失敗したかもしれない。

 

「つまんない。あーあ、からかってやろうとしただけなのに、ムキになっちゃって。じゃあね」


 そっぽを向いて本当につまらなそうな顔をした幸田が、背中を向けて去っていく。


 ごめんな、空気読めなくて。

 もっとパリピな感じで受け答えしてたら、こんな風にならなかったろうに、さ。


 ん?



 ぎゅ!

 きゅきゅう!


 とん。

 ぽす。



 左右の手を握られ、肩と腕に寄りかかられる感触があった。


 そういえば、最後はずいぶん静かだったな。

 お兄ちゃんに花を持たせてくれたのかもしれない。


 首を回して振り返った。

 え?!

 ほのか、首まで真っ赤っか?!

 顔を僕の二の腕に押し付けて、うつむいている。


 慌てて逆側も見る。

 葛は葛で、肩に押し付けている顔が耳まで赤い。


「ほのか?葛?ど、どうした!今、怖くなっちゃったのか?ごめんな、ありがとうな、お兄ちゃんを助けてくれて。でも、無理はしちゃダメだ」

「「……」」


 あれ、答えてくれない。



 ぎゅうう!

 ぐりぐり。


 きゅきゅ。

 もぞもぞ。


 

 無言で僕に顔を押し付けながら、恋人繋ぎの指を絡ませ続ける二人。


 おーい。



 

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