壁の中の海月

@taeuchi

null

あれは私が3歳かそこらの時。

両親共働きで昼間は両方家にはおらず帰ってくるのはいつも真夜中だった。

家で独りで寂しかった私は買ってもらったクレヨンで絵を書いたりテレビを見ながら気を紛らわせていた。

夜、家の扉が開くとそれだけでも嬉しかった。自分は孤独じゃないと実感できたから。

でも「おかえり」「ただいま」のやり取りができたのはこれが最後の日だった。

遅い夕食を三人で取っていた。突然母と父が口喧嘩を始めた。きっかけは分からない。喧嘩の内容もよく分からなったが私の名前もでていた気がする。

でも両方とも悪意と憎悪の感情を互いにまき散らしていたのは理解できた。私には何もできない、ただ俯いて嵐を収まるのを待つだけ。

過去にも何度か口喧嘩はしていたが今回のは度を越えていた。

終いに母親がテーブルを怒りに任せて強く叩き自室に戻ってしまった。

父親も席を立ち独り言を言いながらゴミ箱に八つ当たりの蹴りを入れてから自室に戻ってしまった。

嵐は去ったがテーブルに私一人になっていた。

その日は寝付けず母親の部屋に行って一緒に寝ていいか聞いた。

「さっちゃん、ママとっても疲れてるの。パパに相手してもらいなさい」

そう冷めた調子で言い放って母は部屋を出て風呂場に向かっていった。

私は家にいるはずなのに迷子になった時のような強い不安を感じた。

仕方なく今度は父親の部屋に向かった。

さっき八つ当たりをしていたのを見ていたので今も機嫌が悪いかもしれない。

でも今一人で寝るなんで無理だ。

私は父親の部屋の扉を開けて一呼吸置いて恐る恐る聞いた。「パパ、一緒に寝てもいい?」

父親から返ってきたのは怒号だった。「邪魔だ!消えろ!」

そのたった一言でも私の心を壊すには十分だった。

「ごめんなさい」

私は震えながら呟いて自分の部屋に戻って泣きながら考えた。

消えろってどこから?パパの部屋から?この家から?それともこの世界から?

消えるってどういうことなの?どうすればいいの?誰か教えてよ。

この日から私の居場所が無くなった。


心の奥底に封印しているのはずに定期的に思い出すあの一言。中二になっても私を蝕み続ける一言。

昨日の夜で夢で見てしまったので辛い。朝、鏡をみたら酷い顔になっていた。

周りは朝のホームルームが終わって1限目の体育の準備に入っていた。

女子は更衣室、男子は教室で着替えることになっている。

今日から体育祭の準備が始まる。中二が今日練習する種目は男子は騎馬戦、女子は大縄跳びだ。

正直憂鬱だ。私は運動が苦手だし何と言っても種目が大縄跳びだ。飛ぶのに失敗すれば女子のみんなに迷惑がかかる。

このクラスにも居場所のない私にとっては最悪の行事だ。

案の定というか予想していた通りになった。私のミスで回数が止まってしまうのだ。

失敗する度にみんなに謝る。最初の内はドンマイとか言ってくれた子もいたが回数を重ねるうちに周りがいら立ってくるのが分かる。

その内、私に分かるようにわざと舌打ちしたり、文句を言う子達も出始めた。

前の人と同じタイミングで飛べば良いと頭では分かっているのにまた失敗したらどうしようとか考えると胃が痛くなり体がうまく動かない。

こんな地獄のような時間早く終わればいいのに・・・


休み時間、私は自分の席に突っ伏している。

教室内で男子達がバカやって騒いでいるのが耳に入ってくる。

教室のドアが開いていて廊下から女子の怒った声が聞こえてくる。

男子に大縄跳びの時のことを聞かせているようだ。

男子は怒った女子を落ちつけようとしているが収まる様子ではない。

私に向けられる怒り。聞きたくない。でも耳に勝手に入ってくる。

地獄は体育祭が終わるまできっと続くのだろう。

消えたい、消えればクラスの為になる。

そう強く思いながら机に伏せ続ける。


下校時、私は委員会も部活にも所属してなかったということもあり帰りのHRが終わったから一目散に教室をでる。他の女子達とトラブルを起こしたくないという心持もあった。何も見ない、何も聞かない。そうやって下駄箱までやってくるが一日のルーティーンだ。

それが今日崩された。男子に声をかけられたのだ。突然の予想外の出来事に肩がびくっとなる。

顔を上げると男子は同じクラスの田中亮という男子だった。彼はクラスの人気者で勉強も運動もできて誰にでも気さくに仲良くできる私とは真逆なタイプの人物だ。思えば休み時間に女子から体育祭の文句を聞かされてた男子は彼だった。

私は普段と違う展開に緊張と不安を感じ、無愛想に「何か用ですか」と答えてしまった。もっと印象良い言葉あったなずなのに頭が働かなかった。

田中君はそんな返しなど意に介さず自分のペースを貫いてきれ笑顔で「小野今帰り?良かったら途中まで一緒に帰んない?今日部活ないんだ」と言ってきた。

一瞬ポカンとした。なんでこんな冴えない自分なんかを誘うんだろうと。田中君なら私に割く時間があったならもっと有意義な時間な過ごし方あるでしょうに。。。しかし田中君が体育祭の件のことを女子から聞かされていたから。なんとかしようという腹積もりなのかもしない。そうなると断ると後々で面倒な事になるかもしれない。そう考えた私はしばらく間をおいて承諾した。

すると田中君は嬉しそうに言った。「よし!じゃあ行こうぜ、方向はどっち?」

こうして田中君と一緒に帰ることになった。

下駄箱で靴を履き替え校門をでた。下校は両者同じ歩行で半分ほど歩いた公園までは一緒に帰ることになる。男子と下校なんて初めてだったのでとても緊張した。

田中君が色々話しかけてくれるが普段男子とまともに会話したことがないのでどんな風に返せば分からず返答がどもってしまう。。でもこっちに敵意や悪意のようなものはなしようだ。

罰ゲームで私と帰れとか言われたわけではないみたいだ。

気が付けば公園に付いていた。ここから分かれて自分の家に1人で帰る。私は田中君に「それじゃあ。じゃあね」と言って自分の帰路に着こうとした。

すると「ちょっと待って」と私の手を軽く掴んだ。

また私はドキッとした。「どうしたの?」と聞いた。「ちょっと話したいことがあるんだちょっと公園寄ってかない?」と尋ねてきた。帰っても特に予定もないし、遅くなって怒る親もいない。

私は少しだけならと公園に寄ることにした。

この公園は住宅地のど真ん中にあり、小さいながらもブランコやジャングルジムなど子供がしっかり遊べるようになっている。でも今は私達二人だけだった。

田中はブランコに腰掛ける。それを見て私も隣にあるブランコに腰を掛けた。それを確認して少しの間があり田中君が話し始めた。

「今日の体育祭で上手くいかなったんだって?」そうか休み時間に怒った女子と話してたのは田中君だったのか。

私は猫背で俯いたまま小さく頷いた。田中君も私を責めるにわざわざこんなことしてるのかと思った。

「みんなの足を引っ張っちゃてる・・・」とボソッと言った

田中君は明るい口調で「じゃあさ、練習しようぜ。手伝うよ。休み時間や放課後に。俺部活あるから毎日は無理だけどひどく思ってる奴らに一泡ふかせようぜ!どう?体育祭までにはまだ時間あるしさ」

田中君がクラスの人気者なのが分かったきがした。自分の事もしっかりしつつこんな私まで気を掛けてくれるなんて。。。

「でも田中君の迷惑にならない?」と問うと「全然迷惑じゃないよ。上手くなればイライラしてる女子達も落ち着くし、俺が愚痴をきかされることもなくなるしね」と帰ってきた。

田中君は大丈夫だって言ってるけど貴重な時間を私の為に使おうとしてると考えると素直に頼めない自分がいた。

なので私は「ごめん、ちょっと考えさせて」と返事を先延ばしすることにした。

田中君「分かった、気が変わったらいつでも言ってね」と変わらず明く優しい口調で私にことを気にかけてくれた

田中君はブランコから降りて「じゃあ俺こっちだから、またな」と笑顔で歩き去っていった。

彼が去った後、私はしばらく悩んでブランコを漕いでいた。


次の日の放課後、帰る前に田中君を探した。気づくと田中君の事を目で追っていたことに気づいた。まだ練習を手伝てもらおうが悩んでいたけどまた話彼と話したかった。

けれどそういえば彼は部活の日だった。昨日みたいなことを少し期待仕していた自分がいた。

誰かと帰ったり、話しをするのは気分が良くなることを知ってしまった。今日はいつも通り独りで帰ろう。

家路の途中田中君と寄った公園のブランコに腰掛けた。家に帰ったところで誰もいないし楽しいことは何一つない。私は深いため息をついた。

その時だった。急に周りの空気が変わった気がした。ふと顔を上げる。いつもと何かが違う、違和感がある。

でもその違和感の正体はすぐには分からなかった。だがその正体の事を知ってしまった。

公園のひとつの街灯の上に黄色い衣をまとった男が立っていて私の事を見下していた。

その風体は現実離れしていてまるでファンタジー世界から出てきたような人物のようだった。

顔はフードを深く被っていて顔も表情も見えない。

男は私にほうに目に見ない階段を降りるようにゆっくり歩いて降りて来た。

この非現実な現象を真に受けて頭が処理が追いつかない。恐怖からなのか好奇心からなのか体が動かない。私はただこの黄衣に男がこちらに向かって降りてくることをただ見ていた。

ブランコに乗っていた私の前までやってきた。ただただ私は呆然としていた。その時黄衣の男が声をかけてきた。その声は壮年の男性の声で優しい口調だった。

「なあなあ、分かってるよ、とても辛い思いを過ごしてきたんだろう?」

確かに辛い事ばかりだ。でもなんでこの人は知っているのだろう。何者なんだろう。疑問が浮かんでも言葉がでない。

「耐えられない時これを使うと良い」

男は懐からくすんだ黄色で見たこともない装飾が施された鍵をとりだした。

「さあ手に取って」男はゆっくり私の目の前まで鍵を見せる。

私は無意識のうちに男の持っていた鍵を受け取った。

黄衣の男はフードを被っているが口元から笑みがこぼれたのを見た。

私は受け取った鍵をまじまじと見た。見た目より軽い、何を開ける鍵なんだろう、使い方は?

鍵について思考を走らせているうちに男は姿を消し、公園はいつもの雰囲気に戻っていた。夢でもみていたのだろうか、いや実際に今自分が持っている鍵が現実だったと証明している。

とりあえず持って帰ろうという心持になったので鍵を制服のポケットにしまって帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

壁の中の海月 @taeuchi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る