防人の夢

@taeuchi

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意識が朦朧としている。

体の感覚がない、ここがどこか分からない。視界はぼやけているが見えている。

私は何だ?誰だ?いつからここにいる?

誰かと何か約束をした気がする、しかし何も思い出せない。

感覚が少しずつ戻る。

自分はどうやら横たわっているらしい。今見えているのは真上、曇った空だ。曇った空が広がっている。

視点を下に動かしてみる。ぼやけた視界にいくつかの人影らしきものを見上げる形で映る。

声はだせない。息をしている感覚もなければ舌の感覚もない。発声ができない。

彼らはなんだ。よく分からないが穴を掘り起こしているのかまたはその逆で埋めているのか。

すく横にいる自分にはまるで関心を向けない。

しばらくするとその人影たちは自分からみて右側の方角に去っていった。


感覚がまた少し覚醒する。

土の感触、におい。風の感触、少し冷たい。視覚もはっきりしてきた。でも手足の感覚は戻らない、全く動けない。

自分は仰向けになって埋められて顔だけ外にでている状態のようだ。それ以外は分からない。

なぜ体が動かない?なぜここにいる?思い出せない、何も分からない。

少しでも自分の状況を知ろうと聴覚だけに集中して周囲の音を拾ってみる。

すると風が木々を揺らす音と左右から微かな振動を鼓膜が捕らえる。その左右からの振動は少しずつ大きくなってくる。

私は気づいた、これは人の足音だ、それも大量の。左右からこちらに向かって大量の人が向かってきているのだ。

私は左の方角は向いてしばらく様子を見た。すると私の鼓膜を揺さぶった者たちが目に入りそれを理解した。

軍隊だ。甲冑を装備し腕には槍や斧槍、弩で武装している。数は分からないとにかくたくさんだ。

振り迎えって右の方角をみると左と同様に軍隊がこちらに向かっている。

両者相まみえるやいなや何の戸惑いも前触れも無く自分達を鼓舞する雄たけびを挙げて相手に向かって走り出し、大地が揺れ私の目の前で合戦を始めた。

私の目の前でぶつかり合う二つの大きな集団。

槍で貫かれる兵士、斧槍を振り回し相手との距離を取る兵士、その兵士達の真上を飛び交う雨のような矢。

雄たけび、金属通しがつば競り合う音、悲鳴。

どんどん増えていく倒れて動かくなった人、そして幾許も無くしてこの場は死体で溢れかえっていった。

なぜ彼らはお互いに殺しあっているのだろうか。


静寂だ。周りを見渡せば放置された髑髏と壊れた武器とが大量に目に映る。

何のために戦って果てて逝ったか分からないが、誰も彼らの骨を拾いに来ないのだろうか。

・・・空が暗くなり始めた時、右側の方角から足音が聞こえる。

独り、いや2人分の足音だ、そして音は次第に大きくなる。

どうやらこちらに近づいてくるようだ。

もう随分とこの場所で生きている人を見ていない、近づいてくる彼らに少し関心があった。

近づいてきていたのは若い男女だった。

両人とも高貴な装いをしており人間社会において位の高い人物達だと見てとれた。

男のほうは片手にランタンを持ち、女の手を取り強く早い足取りで先導し歩く。

女のほうは息を切らせながら男の手を取り、髑髏に足を取られないように下を見つつも後ろを警戒してよく振り迎えってを繰り返していた。

そして女が何かに足を取られ私の目の前で倒れこんだ。

女は泣いていた。彼女が履いていたスカートと靴はドロで汚れ切っていた。

倒れた女を男は抱きしめる。彼のズボンと靴も女と同様に汚れていた。

彼らが旅に似合わぬ服装でここに来る何か余程の事情があったのだろうと推察する。

彼らはしばらくの間私の前で抱き合って何をささやき合っているがうまく聞き取れない。

やがて日が陰り、周囲が暗闇の覆われ光源がランタンのみになった時、男が懐から短剣を取り出した。

女はそれを見て泣きながらゆっくりと頷く。

男は短剣を鞘から抜き、その切っ先を女の胸に当て、強く刺した。

女は男のほうにゆっくりと倒れこみ男は優しく抱きかかえる。

血で濡れた短剣が女から音もなく抜かれランタンの僅かな光を反射する。

その直後、男は自分の胸に短剣を突き立てた。

同時に唯一の光源であったランタンが地面に落ち、暗闇が私達を包んだ。

感覚を研ぎ澄ます。地面に何かが流れ出る。血だ。

それは2つの流れが1つになり広がる。

私の頬に伝う。

それは冷たく、濡れ、優しいものだった。

夜が明けると右側の方角から数人の男達が2人だけの亡骸を回収しにやってきた。

それでも私はしばらくの間、労わる気持ちでこの優しさを感じ続けた。


耳障りな大きな音、またしても右側の方角から聞こえてくる。

私は視線を少し右にずらす。

大量の兵士が土嚢を使って陣地を作り、木材を使って高い見張り台が作られていた。

また合戦が始まるのかそう思いながら見守る。

大量の鉄砲に木箱、木箱の中身はきっと火薬か弾薬だろう。

兵士を隊列を組んで鉄砲を構え始める。

でも敵はどこだ?兵士達が銃を構える左の方角には何もない。

前回の合戦とは何か様相が違うようだ。

銃を構えている前列の兵士達の表情はある種の怯えに近いものに見えた。

見張り台から笛の音が周り鳴り響いた。

その後しばらくして兵士達が発砲をした。

火薬が爆発する音が鳴り響く。

続いて前列と後列の隊列が入れ替わり発砲した。

それを手際よく繰り返す。

相当練度の高い兵士達だということが伺える。

黒色火薬の匂いがここまで届いてくる。

彼らは何に対して攻撃をしているのか分からない。

私は片耳を地面に当て探ってみる。

...左の方角から大量に何かが近づいてくる。

でもそれは人の足音でも馬の足音でも無かった。

聞いたこともない例えようもない音、何かを引きずる音、重い大槌を地面に打ち付けるような衝撃、様々な特徴の混ざり不快な音だ。

その音の正体達は私の視界に入った。

それは一目でこの世界の物ではないことが理解できた。

蛇の頭を持った鱗のある逞しい男性の姿を持つ化け物、太った巨大な白い蛆、黒い木に似た、のたうつ巨大な塊、恐ろしいかぎ爪のついた4本の腕を持つ6m程の巨大な怪物。

それ以外にも多様な異形の存在が人間たちに向かっていく。

先制攻撃も無駄に終わり、彼らは無常にも虐殺されていく。

怯えきって逃げたす者もいたが殺される順番が少し遅くなるだけだった。

発狂して自分の頭を打ち抜く兵士も少なくなかった。

物の数分で陣地は崩壊、異形の化け物たちは破壊を嗜みそれでも侵攻を止めなかった。

気づけば私の周りは右の方角に行進する化け物たちに覆われた。

人間達には成す術は何も無かった。何も。


右の方角から火の手が上がっている。

人間達が興した国が燃えて朽ち果て腐っていく臭いを感じる。

文化と人間の血肉を貪った野蛮で醜悪な化け物達の群れが戻ってきて左の方角に向かっていく。

その内の1匹と目が合った。

化け物は歪に目が縦に3つ並んでおり雑巾を強く捩じった様な体から体格からは不釣り合いな細く長い手足、鋭い鉤爪があった。

その化け物は私に向かって走りこんで来て、その鋭い爪で私の体を含めた地面を掘り返し始めた。

土と共に私の体だったものが辺り一面に転がる。

ある程度私を堀り返すと満足したのか掘るのを止め、群れの行進に戻っていった。

私の意識は遠のいていった。


どれだけの時間が経っただろうか、意識がはっきりしてきた。

周りの様子はさほど変わらないが何やら騒がしい。

銃声、爆発音、空からは戦闘機の飛行音、低空を飛んでいるのだろうか。

1人の人間がこちらに向かってくる。

強化装甲服に身を包み、頭はヘルメットとガスマスクで防護していた。

その人間とガスマスク越しに目が合ったと感じた。

すると走ってこちらまで近づいてしゃがんで何を確認し始めた。

何かを確認した人間はヘルメットに付いている無線機で誰かと会話を始めた。

しばらくすると輸送用の回転翼機が空からやってきてすく近くに着陸した。

運転手が早くしろという仕草を男に向ける。

男は私の両肩を掴み地面から引き吊りだした。

そのまま私は男に引きずられ回転翼機に乗せられた。

扉も閉めぬまま急発進し上昇していった。

あまりにも急な事が運び情報を処理しきれていないが、体は五体満足、5感にも異常はなし、そのせいで急上昇することで耳が体験たことのない感覚に陥った。まるで耳になにか詰まっているようだ。

それと今まで私がいた場所がどんなところだったのか興味がありドアの外から下を見ようした時だった。

自分達が乗っている回転翼機の上空を飛行していた戦闘機が爆発したのだ。

どうやら壁のようなものに当たったらしい。

空の上なのに壁?

パイロットが無線でもっと上昇して飛行しろと連絡を受け私の乗る回転翼機はさらに上昇した。

その時、私の疑問は解けた。

戦闘機が衝突したのは"壁"ではなく遥か高く聳え立つ"動く山脈"の一部だったのだ。

後続の戦闘機がその"動く山脈"むけてミサイルを何発も発射したがその様はまるで大海に船から小石を落とすようなものだった。

"動く山脈"は隠さなかった。矮小な人間達に対する敵意と悪意を。

山々の頂きから砂塵の大竜巻が無数に表れ、それを軟体動物の操る触手の様に自在に扱い、戦闘機を次々に落としていった。

そして私達の乗る回転翼機にも竜巻が直撃した。

高速度で飛ぶ小石や砂利がまるで機関銃の弾のように襲い正面のガラスは割れパイロットと重装備の男直撃し人の形を留めないくらい凄惨な事になっていた、だがそれは回転翼機も同様で翼にかかる揚力がめちゃくちゃになり猛スピードで墜落し、爆発炎上した。


鐘が鳴った。

その時、約束を思い出した。

この鐘は世界への弔いの鐘だ。

私はゆっくりと起き上がる。

そして今置かれている状況を分析する。

空の色は黄色い、地球の大気が破壊されたせいで太陽の光が直接地表に届いている状態だ。海洋も消失しているだろう。

周りに広がるのはどこまでも続く地平線、遥か遠くに山が見える。

そして暑い。地面は灰とガラス片ばかりで表面温度が500度近くある。

普通の人間ならば呼吸をすれば肺ごと焼き尽くされるであろう。

私の約束は「世界を終わらせる」こと。

歪で邪悪な者たちに成す術なく破壊され、ひどく歪み終わりに終われないこの世界。

私は自問する。

誰のために?

なんのために?

私は自答する。

次の世界の小さな希望の為に。

新しい世界を創造する為に。

約束されたものであると我が物顔でこの地上に君臨する異形の王達。

私は意識のある振舞い。

その者たちを打ち倒そう。

そしていつの日か打ち鳴らそう、世界の終わりを告げる鐘を。

白痴の神が起きぬ間に。

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