第7話 ふたりのおしまい
夜火と付き合えた。夢じゃない、妄想でもない。
俺は、本当に夜火と付き合えたんだ。
「すぅー……」
朝、いつものように夜火を起こしにくる。寝息を立てて、可愛い顔してやがる。
まだ起こさない。そもそもまだ起こさなくていい時間だ。俺が勝手に早い時間に来てるだけだ。
その目的は……寝顔を見る。
たったそれだけだ。けど、それが一番大切なで重要なことだ。
「んっ……」
夜火が気持ちよさそうな顔で布団を蹴っ飛ばす。どんな夢を見てるやら、布団を蹴っ飛ばすような夢……サッカーでもしてんのか。
布団をかけ直してやって、俺はまたじっと夜火の寝顔を見つめる。写真を撮ってもいいが、勝手にそんなことしてバレたら、夜火に合鍵を没収されかねない。
にしてもコイツ……可愛い顔してんな、クソ。
俺がどんな思いで手を出さないでやってるか、分かってんのか。クソ、可愛いなクソが。
「あと、ね……」
寝言、寝言で俺の名前を呼んだ?
コイツ、俺のこと大好きだろ。これは合意だ、ていうか付き合ってんだ。何を我慢することがあんだよ。
「ごめ……」
ごめ……ごめん? なにを謝ってるんだ。
コイツが謝ることなんてないのに、謝らないといけないのは俺なのに。
俺は初めて会って、今日まで過ごして。
その中で、夜火を好きになった。元々引っ込み事案な俺を、嫌がるでも笑うでもなく傍にいてくれた。
俺は心に決めた。コイツに相応しい人間になりたい。カッコよくて可愛い、この幼馴染に相応しくなりたい。
『夜火、カッコよくなったね』
いつだか言われたその言葉。嬉しかった。
ようやく、コイツと同じ場所に立てたんだって思えた。嬉しかった、けどもう甘えたりできない。
どことなく寂しくて、でも決意を緩めたりしたくなくて。
『これで同じだ』
泣きそうなくらい、嬉しくて寂しかった。
「あとね……?」
いつの間にか起きていた夜火が、不思議そうな顔で俺を見ていた。
「泣いてるよ」
俺は泣いていた。なんだ、結局寂しさすら拭えないダセェやつだったんだ。
俺は、カッコよくなれなかった。くそ、クソが……。
「阿斗子、大丈夫」
ベッドから上半身だけ起こした夜火が、俺を抱きしめる。俺より小さい体が、すごく逞しくて力強くて。
あったかくて、安心する。
「夜火」
「うん」
「俺、お前のこと愛してるから」
「へへ、何? 急に」
本気で愛してんだよ、茶化すな。
どうやったら好きだって伝えられるのか分からない。俺は今まで素直になったことなんてない。素直になれるほど強くない。
だから、これしかできない。
「脱ぐ」
「は?」
「好きだって証明してやる」
「それと脱ぐのに何の関係があるってのさ!?」
俺の体は結構良いらしい。他の男どもが話してるのを聞いた。
反吐が出そうだった、でも助かった。
俺の体は男にとっちゃ良いもんらしいからな。
「俺の身体、好きにしろ」
「だか、体目当てじゃないって……」
「じゃあどうすりゃ、お前は俺のこと信じてくれんだよ」
「はいぃ?」
信じてくれてねぇだろ、俺がお前を愛してるってこと。思い知らせるんだ、こんな身体でも使いみちが……。
「やめろよ!」
いつもの夜火とは違う、強い口調。
びっくりした、夜火がこんな風に強く言うことはなかったのに。
どうしよう、どうしようどうしよう。俺は、夜火に嫌われたくない。
「僕はな! 信じるも何も阿斗子のこと大好きなんだぞ! 無条件で信じちゃうんだよ! 阿斗子のことなんて!」
俺のこと、信じる。
俺のことを、何があっても。絶対に、無条件で。
「夜火」
「なに!?」
「俺、夜火を愛してる」
「分かったってば! 僕も愛して……!」
「愛してる、マジで愛してる……!」
夜火を押し倒して、俺は夜火を組み伏せる。急なことに夜火は反応できてなかった。
顔が可愛い、髪の毛がいい匂いする。腕は男にしては細いけど、肌はサラサラしてて触ってて心地いい。
俺を惑わせる瞳、匂い、肌、体温、吐息、視線、動き─────。
「夜火ぁ……!」
お前は、俺のモンだ。
「俺は気持ち悪い」
「は……?」
そうだ、俺は気持ち悪い。
俺は、コイツの顔を見るのが好きだ。顔を見ていると幸せになる。でも、ニヤけた面になるからいつもしかめっ面をしてる。
「俺は、お前が好きだ」
「それのどこが気持ち悪いのさ」
好きすぎる。
お前のために弁当を作った。米の炊き方すら知らなかった俺は、適当な食材で適当なモンを作れるくらいにはなった。
コイツの好みを調べあげた。コイツが物を食ってる時の顔をひたすら観察して、ニヤける面を抑えながら観察した。
コイツの使った箸は大切に味わった。コイツの使った箸は特段、味がするわけでもなかったけどなんだか甘かった。
「愛してる」
「嬉しいね」
俺はお前をめちゃくちゃにしたい。
カッコよくて、たまに可愛い。そんなお前を俺なんかがめちゃくちゃにする。
憧れを思いのままにできる。憧れを抱きしめられる。
「俺はお前を離さない」
俺の物言いに、夜火は眉を顰める。
俺は重い女かもしれない。他がどうかは知らないが、俺は夜火を絶対に絶対に離したくない。
「あのさぁ、僕の意見は?」
「お前は俺のこと、ずっと好きってわけでもないだろ」
「はい勘違い。ずっと好きでしたー」
……え?
夜火は、ずっと俺のことが好き?
「なにその顔。僕のこと何にも知らないじゃん」
「し、知ってる! 俺はお前のことなんでも……!」
「現に知らなかったじゃん。僕がずっと好きだってこと」
信じらんねぇ、信じらんねぇよ。
夜火と、ずっと両思いだった。そんな、嬉しいことあるわけ……。
「改めて……ていうか、こんなにされてそっちに責任取ってほしいくらいだけどさ」
「と、取る!」
「即答? 阿斗子らしいや……」
笑いながらそう言って、俺の手を取る。
あったかくて、細いくせにゴツゴツしてて。
カッコいい、俺だけの手。
「僕と、ずっと一緒にいてね」
「……絶対、一緒にいる!」
ベッドの上、布団にくるまった二人。
俺と夜火だけの世界。二人だけの、幸せな世界。
カッコいい幼馴染の初恋と、憧れた小心者女の初恋。
ふたつの恋に、はじまりとおしまいが来た。
「あっ、学校……」
「……やべっ」
病み重俺っ娘の本性は。 黒崎 @kitichan
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