あと少しでも

「華楓さんが……。」

「え……。どうしたんですか!大丈夫、ですよね……!?」

大丈夫ですよね、なんて言ったけど、大丈夫じゃないくらいすぐに分かった。斉藤さんが見たこともない顔をしている。絶望を見つめているような、虚空に語りかけているような、そんな顔。

その顔を見て、分からないはずは無い。間に合わなかったのだと。

「……。すみません。大丈夫では、なかったです。」

窓から外を見つめると、真っ赤な楓が舞っていた。何も分からずに立ちすくんでいたが、胸の奥から黒い塊が押し寄せた。

「こんなこと、言いたくもなかったですけど、ハッキリと伝えておかなければいけない気がするので……。華楓さんは、先程亡くなりました。」

馬鹿みたいに押し寄せてくる波を、音を立てて氾濫させる。たった2週間。されど2週間。関わった期間は少なかったかもしれない。でも、こんなにも大切なものを残してどこかに行ってしまった。

星になった、なんて言い方じゃなくて、花になった、という言い方をした方が華楓ちゃんは喜ぶだろうか。

花になんてならなくても、華楓ちゃんは綺麗なのに。こんなにも赤く美しく広がっているのに。


どのくらいの時間が経ったかは分からない。だが、いつのまにか押し寄せた波は引いていた。もちろん気持ちはぐちゃぐちゃだけど。

「サイトーさん、どんな状態でも、ウチら、もう1回華楓っちに会えないですか?」

「そうですね。葬儀があると思うのでその時になると思います。突然のことなので私も気が動転していて……。」

「そうですよね。伝えてくださってありがとうございました。なんというか、こういう時、どうしたらいいのか分からなくて。変な言い回しになってしまっているかもしれませんが……。本当にありがとうございます。」

「いえ。あと、皆さん、どうされますか?このままこの家に泊まっていただいてももちろん構いませんが……。」

「んー、帰宅!こんな葬式ムードでお泊まりは無理!帰ってちゃんと休も。な、アヤチ。」

「うん……。」

それからどうやって帰ったのか、あまり覚えていない。ちゃんと青信号で渡れていただろうか。変な道を通ってこなかっただろうか。本当に、何も覚えていない。



翌朝、起きたはいいが何もする気が起きない。

当たり前だ。突然、友だちが死んだんだもん。

また荒波が押し寄せそうになる。なんで。なんで華楓ちゃんなの……?

『ピーンポーン』

インターホンが鳴った。今は出たくない。また布団に潜り込み、お尋ね人が去るのを待った。

『ピロリン』

次は通知だ。誰かからの連絡だろうか。返す気になったら返そう、くらいの気持ちで通知を見る。すると、そのメッセージはノワからのものだと分かった。

『あけて!』

そのメッセージを見てすぐに分かった。今ノワはきっと私の家の前にいる。

そう思うと、勝手に足は動いていた。1人じゃ無理だ。誰かに会いたい。

『ガチャッ』

ドアを開けると、見慣れた2人が立っていた。

「ノワ、フジコ……!」

「あー、こりゃ相当やられてますわ。まあウチも大分きてるけどさ。てか大分きてるからさ、フジコ連れて来ちゃったって訳。」

「アヤチ、1人じゃ泣きすぎて赤色パンダになっちゃうでしょ。もう半分くらいなってるけどね。」

「う〜!もう、大好き。」

「え、何!どうしたどうした。おかしくなったか?ちなみにウチも大好きだけど!」

「ふふふ。私もみんなのこと大好きだよ。」

親友同士の会話。その温かさといつも通りに飲まれ、固まった心が少しずつ溶けていった。

「あ、ずっと玄関でごめん。上がって上がって。何もないけど。」

「大丈夫!アヤチんちにケーキは求めてねーよ。」

その言葉で笑いあった。

そしてリビングに通すと、華楓ちゃんとの思い出トークが始まった。

「2週間前?くらいにさ、急に付き合っていただけませんか?とか言ってきたんだよ〜!え、急に何だろう!?って思ったんだけどさ、友だちになってほしいって意味だったらしくて。華楓ちゃんらしくてかわいいよね。最初はめっちゃ敬語だったし。でも敬語崩れてきて、友だちっぽく喋れたときはすごい嬉しかったなぁ。」

「華楓っちさ、学校で話し始めたくらいのときに『趣味は何ですか……?』って何の前触れもなく聞いてきたんだよね。あれめっちゃおもろくて。そもそも趣味!?お見合いか!ってツッコミ入れたんだけどそんときはちょっと困ってたわ笑。今言ったらノってくれるんかな。」

「華楓ちゃんね、誕生日パーティーした次の日に、『アップルパイが美味しかったので私も作ってみたいです。レシピを教えてください』って連絡くれたの。嬉しかったから、長文でレシピ送っちゃった。あとできれば一緒に作ろうねって話もしたな。」

こんな思い出話をしていて、悲しくならないはずはない。もちろん、途中泣きそうになりながら、または皆で泣きながら話をする。この思い出たちを、こんなにも早く思い出にしたくなかった。もう少し先まで、つい最近の話に留めておきたかった。

そして話の途中、フジコが、

「こういうのって時間が解決してくれるし、逆に言えば時間しか解決してくれないから、3人で集まってちょっとでも痛みを和らげることをしよう。」

って言ってくれた。

そうだよね。いくら私たちでも、昨日の今日で傷が癒えるはずがない。でも、こんなに話を聞いてくれて、一緒に笑ったり泣いたりできる友だちがいて、本当によかったな。

華楓ちゃんも、あんまり友だちがいなかったって言ってたから、最後に友だちになれて本当に良かった。もちろん、自分自身が友だちになれて嬉しかったって言う方が何百倍も大きいけどね。

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2024年12月29日 21:00

1週間でいいので、私と付き合っていただけませんか? 上村なみ @kamimura_kaku

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