26話 魔法少女はこれからも
魔法界を襲った、女王が死去した大事件から、4カ月が経過した。季節は冬になり、今日の東京の天気は、雪だそうだ。
人間界魔法少女管理本部の、くれなの自室。ベッドの端に腰かけ、くれなの耳にあるスマートフォンから、カワタレの声が部屋に響く。
『はー、ほんとクラロイドの馬鹿がコロッケ食べて会議に遅刻した所為で、私まで怒られたんだよ! しかもアイツ、『この美味しいコロッケはカワタレさんが『お前は忙しいから食えないだろうけど』って自慢してきたのよ!』ってでかい声で言って! 信じられなくないか!?』
『う、うーん、なんとも言えないです』
くれなは苦笑いで、電話口の声に返す。
あれから魔法界は大きく変わった。
まず、新たな女王は生まれなかった。魔法界は王族の制度を撤廃した。
代わりに、国民が選んだ代表者が国会で議論を行う制度を採用した。これはサニーの遺書に書いてあったことだった。
魔法界初の総理大臣にはクラロイドが選ばれた。そしてその護衛である専属の魔法少女を、カワタレが務めている。
クラロイドから護衛の指名があったとき、カワタレは「もちろん」とすんなり承諾した。
『サニー様の命を受け継いだ身として、もう少し、色々やってみようと思ってね』
カワタレはどこか楽しそうに言っていた。
カワタレがいなくなった返納列車は、現在ゲンが責任者を務めている。1人足りなくなった返納列車だが、案外任務に支障はない。くれなが仕事に慣れてきたこともあるだろう。
そして1人足りなくなったのは、記録係もだ。マリットが抜けた記録係は、しばし療養するようクラロイドに言い渡され、現在は事務所ではなく、魔法界のルナの実家に身を寄せている。
クイーンをはじめ人間界魔法少女管理本部は、処罰の対象とはならなかった。というのも、早い段階から、マリットが要注意人物であることを、クイーンとカワタレは知っていた。その監視の名目で、マリットはこの本部に配属になったのだ。むしろ早々に反乱の芽を摘んだとして、この本部は他の機関からも一目置かれるようになった。
ルナと雅とは、毎日のように電話している。ふたりとゲンはマリットが裏切り者であることを、スカーレット・スワンを捕縛する前に、マリットとくれな抜きで作戦会議をこっそりと行った際に知らされた。
当然、随分前から知っていたカワタレとは違い、3人は戸惑った。特にマリットと共同で絵本を作るくらいの仲だったルナは、動揺し、マリットが魔法界に連行されていった後も、ひどく落ち込んだ。
けれど数日して、また新しい物語を書いているみたいよ、と雅から連絡があった。なんでも、反魔界に生まれた魔法界の女の子が、魔法少女になって幸せになる、ルナの初めてのハッピーエンドの話だそうだ。この作品が、ルナの相棒への想いの表れなのだろう。
『じゃあ、切るね。クラロイドに長電話し過ぎってこの前言われちゃってさ』
『ふふ。じゃあ、また』
『うん。君の愛しい声が聞きたいからね、すぐ連絡する』
『……はい、私もです。では』
『あぁ』
カワタレとの通話を終え、くれなは立ち上がる。姿見を見て、ゆっくり鏡に映る己の顔を見る。
「今日も、大丈夫」
小さく呟いて、くれなは部屋をあとにした。
*
冬の深夜、寒空の下で、ひとりの魔法少女が血を流して倒れている。
結界はもう既に崩れ、大きな三つ目の人型の怪物が、ずしん、ずしん、と音を立てて歩いてくる。
_____もう、魔力が残ってない。私、死ぬんだ。
魔法少女にとっての死がこんなにも、こんなにも身近にあるとは思わなかった。少女はただひたすら血を流す。死の瞬間を虚ろな瞳で待っている。
怪物が大きく膝を上げ、少女を踏みつぶそうと足を振り下ろす。
その瞬間。
ひゅうううう、と何かが降ってくる音がする。音が少女の耳を撫でた刹那、怪物の頭に、空から降ってきた何かが命中し、怪物は地面にめり込んだ。その降ってきたものが魔法少女だと気が付くのに、少女は数秒かかった。
真っ赤な長い髪に、白いフリルの魔法装束。どこか覇気を纏う、細い背中。
「ぐぎゃあああああ!」
怪物がめり込んだところから這い上がり、降ってきた魔法少女に向かって最高速度で駆けだし、拳を振り上げる。
赤い髪の魔法少女は、リボンの巻かれた脇差を手に、瞬間移動かと見まがうほどの速さで、怪物を切り捨てた。
怪物が塵になり、冷たい冬のそよ風と共に消えていく。赤い髪の魔法少女の、整えられた綺麗な髪もさらさらと揺れている。
「あ、あな、あなた、は?」
とぎれとぎれの声で、血だらけの魔法少女は尋ねる。
くれなは穏やかに、けれど堂々と、目の前の魔法少女を安堵させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ、あなたを助けに来ました。こんなに血みどろになるまで、よく頑張りましたね」
*
魔法少女返納列車
完
魔法少女返納列車 区院 @rukar
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