第32話《リリィ視点》真夜中を貫く音
ご主人──エルさんは魅力的な方です。
腕っ節だけではありません。
身も心も強く、それでいて何処か隙のあるお茶目な方です。
本人は誇ったり、殊更に語ったりはしないのですがいつも朝っぱらから素振りや瞑想をしています。
朝食のテーブルで顔を赤らめているのは酒の影響だけではないのです。
だからこそヴィーナスさんも指摘したりはしないのでしょう。
「んあ? 手ぇ止まってんぞ、ちゃんと食え〜」
「は、はい……っ」
おそらく鍛錬は彼にとって日常なのです。
私が歌を唄うのと同じで、もしかしたらその時行動を起こしていた事すら記憶していないのかもしれません。
あぁ、酒で酔った勢いでやっていること……その可能性もありますね。
どっちだって良いのです。
エルさんのように強くなるために、真似させていただく、ただそれだけです。
それで……これは余談というか何というか。
時折、彼と一緒に居てもいいのだろうかと思うこともあります。
何処か遠くを見ているような目をするのです。
誰か──ではなく
思いビトがいるのか、それとも場所があるのか、腹の内までは分かりませんし聞くつもりも今のところはありません。
「……とにかく、出来ることをやりましょう」
一日の終わり──その先。
深夜、みなさんが寝静まった時間帯こそが勝負です。
こっそり宿を抜け出して、裏の通りを抜けた先にある誰もいない古びた教会。
私がお歌の鍛錬をするのに都合の良い場所です。
「失礼しますね……」
これで来るのは三度目。
神聖な場所を使わせていただいているという罪悪感から毎度頭を下げるのです。
寝巻きの上に羽織っていた厚手の外套を石の長椅子に置き、教会の中央で片膝をついて祈るように歌い上げます。
肉体活性の魔法──ストレングス・ソング。
一節ごとに効果と負担が増していく魔法ですが、私の喉は何の代償も受けないので問題ありません。
悪魔の呪い、でしょうか。
皮肉にも喉に掛かる魔力圧を散らしてくれるのです。
自らに魔法を掛け続けているせいで徐々に熱くなる身体を抱きしめてながら、絞り出すように、けれど音が細くならないよう意識して歌い上げていく。
そうしていると、私以外の音が断たれて久しいであろう教会を間断的な拍手が貫きます。
「ははっ、素晴らしい声じゃないか。思わず魂まで持っていかれそうだよ」
誰──?
そう思って立ち上がり振り返ると、血に塗れた猫を肩に担ぎ上げた露出の激しい紫髪の女が入口に立っていました。
「誰ですか?」
結局、疑問が解消される事はありませんでした。
「誰……って、不思議なことを聞くねぇ。そりゃこっちのセリフさ。人んちに土足で踏み込んでる嬢ちゃんこそ不審者だ」
血溜まりを点々と背後に作りながら女が近づいてきます。
只者じゃない──私は直感に従って足を後ろに引きました。
「すみません、廃墟と思っておりましたので。すぐに立ち去ります」
「おや? つまらない事を言わないでおくれよ。嬢ちゃんは久しぶりの客人なんだから、ゆっくりして行きなよ」
女はよいしょと猫を投げ捨てると長椅子に座り、足を組んで笑いかけてきます。
「そう、客人なんだから何か歌っておくれよ」
「……?」
正直怖いです。
何を考えているのか全く分からない。
そんな恐ろしい目をしています。
あまりにも恐ろしくて……ガクガクと膝をついてしまいます。
神様に祈りを捧げるように。
許しを乞うように。
「ぁ……あ」
「変わった歌だねぇ」
喘ぐように。
魔法なのでしょう、恐怖がどんどん湧き上がってきます。
「あぅあぅって……嬢ちゃん。もっと違うのが聞きたいね。てか、さっきのがいい」
歌えない。
そんなことを言われても。
ふるふると唇が震えて声が出ないのです。
これを見かねたのか彼女は立ち上がり、私に近寄ってきてがしっと髪を引っ張り上げてきました。
「きゃっ」
「ほらっ、良い声出るじゃないの」
私よりも頭ひとつ分背の高い彼女に無理矢理立たされ、アメジストの相貌で睨み付けられます。
その目はやっぱり恐ろしく。
まるで肉食獣を前にしているようで……
「ほら、歌えって」
大きな声で凄まれているわけじゃないのに、怖気が──
「歌え!!」
「ひィっっっ!?」
「黙れ!!」
「──っぃ!??!?」
ぶちぶちと髪が抜ける音と共に激しく視界が揺れて右肘と腰を強く打ち付けてしまいます。
理不尽にも投げられたのです。
「…………っ、こわい」
この人はやばい。
何かがおかしい、壊れてる。
逃げなきゃ食われる私も壊される。
あの野うさぎのように。
その思いから私は必死に立ち上がり出入口に向かって走り出し──横から蹴飛ばされ、
「客人が逃げるなよ。おかしいだろ」
ここは彼女のテリトリーなんだと痛いほどに理解させられてしまいました。
自力では逃げられない。
私は泣き出しそうになりながらも、理不尽を叩きつけてくる彼女の目的を知りたくて、恐怖に負けそうになりながらも声を振り絞ります。
「……ぁ、ぁ、あの。なんでこんな酷い事をするんですか?」
「あ? 酷くはないだろ」
「ぇ?」
「かの英雄、グランツみたいに成り上がる運命を定められた人間もいれば、アタシみたいに恐怖される存在として生きる事を決定付けられた人間もいる。それだけのことだろ。嬢ちゃんだって良い声持ってんだろ。何かしらの役目があるに違いないさ」
彼女は腰から果物ナイフを抜いて、猫の死骸に突き立てて笑います。
ぎぎぎと石の地面を切り裂きながら肉を裂いていく姿は、悪魔の皮を被っているようにしか見えません。
「この猫。この街のボスのペットだったらしいよ。もう死んでるから関係ないけど」
人間。
ううん、悪魔が歩み寄ってきます。
「役目を取り上げるのがアタシの役目。仕方ないことだよ。物事は表裏一体なんだ」
発する言葉も悪魔染みていて、理解できません。
「……
「無理。運命を呪いな。本当はここ、家なんかじゃなくて半年ぶりに立ち寄っただけなんだけど……まぁ、ついてなかったのさ」
女が私の前で立ち止まり、冷え切った目で私を射抜き、何かを促すかのようなジェスチャーをします。
「だから歌え。最後に役目を果たせ。慈悲だって分からないのかい?」
「ぇ、あ──そういう」
この人は優しい。
一瞬だけそう思ってしまったせいで、唇の震えが止まります。
いえ、止まってしまいます。
「あ──」
最初の第一声。
発した瞬間、喉を掻き切られました。
血が噴き出し、急速に消え失せてゆく意識の中で朧げに思うのです。
ああ……歌なんて。
ああ……歌うなんて。
なんて、罪なのだと。
そんな風に──思っていたことでしょう。
あまりの恐怖が見せる幻覚に過ぎません。
実際に私の声を掻き消したのは、耳をつん裂く程の破裂音。
目の前で女のナイフが音の速さで粉と化していきました。
「
聞き馴染みのある声と共に今度は女が真横に吹っ飛んでいきました。
続けて降り立った大きな背中と、硬く大きな手が伸びてきて──私を励まします。
「……柄じゃねえけどよ。助けに来たぜ」
「っ、すみません……ありがとうございます」
その手を取ろうとすると彼は引っ込めて顔を赤らめそっぽを剥いてしまいます。
「あー今のナシ。さっさととっ捕まえて帰るぜ」
ふふ……やっぱり茶目っ気があって可愛らしいですね。
ああっ──ダメですよリリィ。
勝手な行動して迷惑をかけておきながら身勝手な幸せに浸るなど言語両断です。
「……捕まえるって、彼女いったい何者なんでしょうか?」
「多大な賞金がかけられてる名無しのイカれた剣豪……似てるかどうか分かんねえ似顔絵しか出回ってない厄介者だ」
「そんな人に……」
「運命じゃねえか? くそくらえって感じだけどよ」
彼女も口にした『運命』。
そんなものがあるなら……確かに、エルさんが言うようにくそくらえですね。
エルさんに救われるまでは文字通りくそみたいな人生を歩んできましたし。
でも、エルさん。
くそくらえって言う割には何処か楽しそうですね。
「動くなよリリィ。すぐ終わらせてくっからよ」
「はい!」
まるでスキップするように。
まるで踊るように。
エルさんは音をかき鳴らして駆け抜けてゆくのです。
あの大きな背中に、早く追いつきたい。
そう強く思いました。
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