体調不良の英雄《ヒーロー》と呪いの魔剣

灯火楼

第1話

 俺の名は、クラウス。

 冒険者家業を生業<なりわい>とし、国中の街や村を旅しながら、これまでにあまたのダンジョンを踏破してきた。

 自分で言うのもなんだが、これでも国ではかなり名の知れた冒険者なのだ。


 俺が手に持つこの剣が見えるかい?何の変哲もない普通の剣に見えるって?まあそうだろう、今のところは。

 この剣は俺のかけがえのない相棒なのだ。俺は、この剣と共に数々の名を成してきたのだ。


 この剣には、『使用者の体の状態が悪ければ、剣の性能が上がる』という特徴を持つ。

 ケガをすれば、その分剣の強さが上がる。火傷をすれば、さらに強くなる。傷が深ければ、もっと性能が上がる。

 そう、俺自身の体の状態が悪くなればなるほど、この剣は輝きを増し、その真価を発揮してくれる、そういう剣なのだ。


 残念ながら、この剣は世間では『呪いの魔剣』と呼ばれ恐れられている。

 人からは、「よくそんな剣を使っているな。」とか、「いずれお前はこの剣により命を落とすぞ。」とか常に言われ続けている。

 その話、まあ分からないでもない。俺も最初は『とんでもない剣を見つけちまった』と思ったものだ。


 しかし俺はこの剣を手放すつもりはない。なぜなら、この剣の特徴(人は『呪い』ともいう)が、俺の理想を叶えてくれるからだ。


 俺は自分の行動を、『ヒーロー』らしくあるよう常に心掛けている。

『ヒーロー』は子供達のあこがれだ。弱きを助け、強きをくじく。俺の行動を見て、ヒーローを夢見て、子供達は強くたくましく育っていくと信じる。

 そして俺の目指すのは、『劣勢の中でも不死鳥のごとく蘇り、最後には大いなる敵を倒す』という理想のヒーローなのだ。


 この剣はその理想を可能にしてくれる。

 傷つき、満身創痍の状態になって、しかし最後の力を振り絞るときに、剣はヒーローに大いなる力を与えてくれる。そんな剣なのだ。

 そういうわけで、俺はこの『相棒』と共にダンジョンに挑み続けるのだ。


 俺は今、とあるダンジョンを攻略するためにとある街にやってきている。

 この街は、いわば普通の街だ。これといった特徴も無く、良くも無く悪くも無い。

 目的はダンジョンなので、街の事はどうでもいい。さっそくこの街の冒険者ギルドに登録して、いざダンジョンへGoだ。


◇◇


 ダンジョン1層をすでに過ぎて、今は2層を進む。この辺りの敵は弱すぎて全く問題にならない。


 現在の俺は絶好調だ。どこも体に悪いところはない。こんな時の我が相棒の剣はというと、これが全くの役立たずだ。

 切れない、付与も何もない、いわば初心者用の剣のようだ。いや、初心者用の剣の方がまだ切れるような気がする。言ってみれば「なまくら」な剣だ。

 しかしこの剣は俺が絶好調の時であっても頑丈さは変わらず、全く折れも欠けもしない。だから棍棒と同じように叩くのは出来るので、ダンジョンの浅い層ならばこのままで全く問題はないのだ。


 このダンジョンには各層にボスがいるらしい。ボス戦に「なまくら」ではさすがに危ないので、剣の調子を上げて行かなければならない。

 こういう時に俺がよくとる方法が、『最初の一撃を体で受ける』戦法だ。

 ゴブリンのような雑魚キャラであっても、攻撃を受ければ多少は痛いし傷もつく。なので最初の一撃をあえて受けてから、反撃して倒す。これを何度も繰り返せば、浅層と言えどある程度のダメージが貯まってくる。こうなるとぼちぼちわが相棒の本領が発揮されてくるのだ。

 今は相棒の攻撃力が徐々に高くなってきているのが分かる。すでに最初の「なまくら」な剣ではない。剣身が心なしか光を放っているようにも見える。剣の性能が上がってくると、見た目にも剣に変化が現れるのだ。


 1層のボス(ゴブリンジェネラル)は既に倒している。2層のボス(オークジェネラル)も簡単に倒せるだろう。


 ボス部屋に到着した。

 2層のボスは情報通りオークジェネラル。今まで何度も倒してきた相手なので、全く心配はない。

 ボスのこん棒の一撃を、腕をクロスして受け止める。


ガキン!


 腕が痛い。さすがはボス、なかなかの力だ。しかし、残念ながら相手が悪かったな。

 俺は相棒を一閃すると、オークジェネラルはこん棒ごと体が真っ二つになった。

 フフフ、俺にかかればこんなものだ。腕は痛いけどな。


 ボス部屋では、ボスを倒せば転移魔法陣(転移陣)が浮かび上がり、ダンジョン入口へ戻ることが可能なのだ。そして次からは入口の転移陣から、最も進んだ場所の転移陣へ転移させてくれる。なので翌日はここからリスタートできる、何ともありがたい仕様だ。


 俺は回復薬を飲んで体の傷や痛みをなくしてから、相棒(現在なまくら)と共に転移陣へと進んで行った。


◇◇


 ダンジョン3層を進む俺。

 ん?誰だって?俺だ俺、超強いみんなのヒーロー、クラウスだ。

 ・・・わからないのも無理はない。今の俺の顔はボコボコに腫れあがっているからな。

 これには深い訳があるのだ。ちょっと聞いてくれ。


 昨日ダンジョン帰りに酒場に繰り出していたんだ。酒が進みすぎ、酔っぱらった挙句に近くにいた美女を口説いた。そしたらその美女は彼氏持ちで、しかも彼氏というのが筋肉隆々のいかつい兄ちゃんだったというわけ。


「人の女に何しとんじゃゴラァ」


 兄ちゃんの右ストレートを左頬に食らう。が、俺はヒーローなので簡単に倒れるわけにはいかない。そのまま踏ん張って倒れなかった。

 今思えばこれがいけなかった。意地を張らないでそのまま倒れ解きゃよかった。倒れない俺にキレたのか、そこから左右の連打を顔面に浴び続ける。俺は6発までは馬鹿な意地を張って倒れなかったのだが、7発目でついにダウンしたのだ。


 なんで反撃しなかったのかって?まあ自分が悪かったことだし、相手は武器も持たない一般人。やり返すのは俺の冒険者ポリシーに反する。ついでに『明日のダンジョンはこのダメージを受けたままで行こうか』と頭の片隅で考えていたというのもある。


 そんなこんなで、今日は顔面を晴らしたままダンジョンに来ているのだ。これも体調不良の一つなのだから、我が相棒も調子よく切れ味が上がっている。

 顔面ボコボコは恥ずかしいが、ここまで人相が変わっていれば誰も俺がクラウスだとは分からないだろうから、問題ないだろう。


 結局顔を腫らしたままで3層のボスである人面樹にたどり着いた。


 この人面樹、人の顔が幹に浮かんでいるのだが、どうも昨日俺を殴ったヤツの顔にうっすら似ているような気がしないわけでもない。・・・いや、似てない・・・いや、似てるか。・・・うん、間違いなく似てる気がする。思い込みかもしれないが、こいつはヤツに似ている!

 そう見えてしまえば、俺の昨日のうっぷんを晴らすべくいつも以上に気合が入った。

 結局、俺の気合と相棒の性能向上との相乗効果で、この人面樹も難なく倒してしまった。


 倒した後、ボスの顔を改めて見ると・・・・・・やっぱこいつはヤツには似てないな。


◇◇


ダンジョン4層だ。

 ・・・ヤバい。風邪をひいた。

 昨日調子よく行ったので、気分良く酒場で飲みすぎてそのまま寝てしまったのがマズかった。

 体が寒気でぞくぞくする。関節が痛い。熱でボーっとする。体調が悪い。


 だが安心召されよ。このような状態は我が相棒の最も得意とするところ。

 我が相棒は、剣身がうっすら青く輝き、柄には色とりどりの装飾が施されている。性能の上昇が外見にも現れているのだ。

 俺が剣を振れば、剣筋から何かが飛び出して魔物たちを切り刻んでいく。どうやら風属性の付与が付いて、風の斬撃が飛び出しているようだ。フフ、強いぞ我が相棒。


 4層のボスは、キラーマンティス。高さ4mはあるカマキリの怪物だ。

 だがこいつも今の俺にかかればどうということはない。相棒を数回振れば、飛び出した斬撃があっけなくキラーマンティスの手足を切り刻み、最後は頭から胴体を縦に真っ二つにして終了だ。


 今回、回復薬は飲まない。というより飲んでも意味が無い。ケガや体力は回復するが、病気は治らないのだ。

 俺はぼーっと熱っぽい体のまま、ゆっくりと歩んで転移陣に乗るのだった。


◇◇


 ダンジョン5層。

 ・・・ヤバい。風邪が悪化している。

 昨日調子よく行ったので、『もうちょっと悪くなったらもっと凄いことになるんじゃね?』などと安易に考えて、薬も飲まずに寝たのがマズかった。

 体が寒気で震えるくらいだ。関節がマジで痛い。熱は黙っていても高いのが分かる。体調がすこぶる悪い。


 だが安心召されよ。このような状態は我が相棒の最も得意とするところ。

 我が相棒は、剣身が青く輝き、柄には金銀をはじめ色とりどりの装飾が施されている。性能の上昇がはっきりと現れているのだ。

 俺が剣を振れば、剣筋から斬撃が飛び出して魔物たちを切り刻んでいく。どうやら昨日の風の斬撃がはるかにパワーアップしているようだ。フフ、強いぞ我が相棒。


 5層のボスは、グレートタイガー。体長5mはある虎の怪物だ。

 だがこいつも今の俺にかかればどうということはない。相棒を数回振れば、飛び出した斬撃があっけなくグレートタイガーの体を切り刻み、最後は頭から胴体を縦に真っ二つにして終了だ。


 今回も、回復薬は飲まない。というより今は早く帰りたい。熱で頭がどうにかなりそうだ。

 俺は湯気が出そうなほど熱い体を、四つん這いでゆっくりと歩んで転移陣に乗るのだった。


◇◇


 ダンジョン6層突入。

 実は前回の5層ボス戦から、1週間間が空いている。


 あのあと俺はどうやら気を失い、入り口の転移陣に現れた時には意識が無かったらしい。俺が気づいたのは診療所のベッドの上。ボスを倒してから3日後のことだった。


 その間に、夢で死んだじいちゃんに会った気がする。

 どこかの階段をゆっくり上っているときに、上の方にじいちゃんを見つけ、喜んで階段を駆け上がったら、「バカモノ!」とじいちゃんに一喝、ドロップキックされて階段を転げ落ちた、というとこまで覚えている。

 孫に何てことしやがるクソジジイ!実家に帰ったら覚えてろよ。・・・いや、もう死んでいないんだった。まあ、刺激的な夢だった思っておこう。


 目覚めた当初、3日間寝ていたせいで体調はかなり回復していたが、まだ本調子ではない。よし、このままダンジョンに突入しよう、と思ったところ、主治医のじじいに卍固めで止められた。


「ワシの目の黒いうちは、患者に無理は絶対させん!」


と言われるがままにあと3日、寝たままで過ごす羽目になった。

 しかしあのじじい、無理させないとか言いつつ患者に卍固め掛けるとか本当に医者か?しかもやたら強かったし、俺からギブを取るとは、元魔王か何かか?


 結局、診療所を退所した時にはお肌までツヤツヤの超健康状態になっていた。

 これじゃいかんと考えてみて、1週間酒を飲んでいなかったこともあり、いそいそと酒場へ繰り出して深酒をすることにした。

 そして今、俺は見事に二日酔いだ。


 二日酔いの時の相棒は、「あれ、剣が歪んでるんじゃね?」って感じで反り返っていた。まるで東方民族の「KATANA」とか呼ばれる細剣みたいに。

 しかしそれでも性能は抜群。それはもう変幻自在の動きをしていた。トリッキーな剣さばきで魔物を翻弄して、相手にペースを作らせないままいつの間にか倒している。そんな動きだった。

 その昔、「酔えば酔うほど強くなる」とかいう活劇のセリフもあったように記憶しているが、今まさにその状態だ。酔いすぎて二日酔いだが。


 しかし動かされている俺はたまったものでは無い。二日酔いで動き回っては、いろいろと込み上げてくるものがある。

 ボス戦(対リッチ)になってそれは顕著になった。もう、少し動いただけでもこみ上げてくるものを止められそうにない、そんな状態だった。


 しかし、しかしだ!俺はヒーローなのだ。いかに二日酔いとはいえ、ボス戦の最中にリバースしたとあっては、文字通り”汚”点になってしまう。

 俺は神に祈った。じいちゃんにも祈った。元魔王(仮)のじじいにも祈った。


(早く終わってくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。)


 祈りの甲斐あってか、俺はついにリッチを倒すまではリバースすることなく耐え切った。

 リッチを倒すまでは・・・。


◇◇


 ダンジョン7層。ここが今回のダンジョンの最下層。ラスボスが居る層だ。

 この最下層のボスは、デュークスケルトン。スケルトン公爵ということか。何でも馬に乗った骸骨騎士で、かなり強いらしい。


 二日酔い戦法は何度もやる戦法じゃないと分かったので、1日かけて酔いを完全に覚ました。

 というわけで今回の戦法は、オーソドックスな「一撃受け戦法」だ。ボス戦までにダメージを貯めて、出来るだけ瀕死に近い状態までもっていけば、負けることはないだろう。7層は魔物も強力だが、致死ダメージの攻撃さえ避けることを心がければいい。


 体調はいまのところ万全。・・・が、少し気がかりな所がある。歯が痛い。

 場所は左の下の奥歯。なんだか昨日からシクシクと痛み出したかと思うと、今日は更に痛みが増してきた。しかし、この虫歯も我が相棒の糧になるかと思うと悪い気はしない。

 俺は痛む歯を気にしながら7層を進む。


 歯が痛い。

 歯が痛い。

 歯が痛いことがこんなに苦痛だとは思ってもみなかった。まず剣を振るう時に、歯を噛みしめることが出来ない。歯が噛めないと力が出ない。無理に噛むと激痛が走る。最下層で力を出せないとちょっとやばいかもしれない。


 しかし、いいこともあった。虫歯の時の相棒の効果がわかったのだ。それは『毒』を付与する効果。

 剣で少し傷をつけると、魔物はすぐに苦しみだし、泡を吹いて倒れてしまう。典型的な毒の症状だ。

 うーむ、虫歯が毒の効果をもたらすとは、この相棒まだまだ底が知れないな。頼もしいぞ。歯はどんどん痛くなってきたけど。


 一撃受け戦法でのダメージも蓄積されてきた。また毒の効果もあるので、7層と言えどもその進みは速かった。



 ほどなくラスボス部屋に到着。

 高さは10mはあろう、荘厳な彫り物や装飾が施された扉の前に立つ俺。


 俺の姿を見てくれ。頭から血がにじんで流れ、ほぼ全身打撲で傷が無いところはないほど。まさに満身創痍の状態だ。

 フフ、いいぞ、最高の状態だ。わが相棒も今まででMAXといえるくらいの力を感じる。剣身は紫色の光を放ち、柄の装飾も禍々しいくらいに豪華だ。・・・虫歯の影響だろうか?

 だがこの相棒なら負けるはずはない。俺は勝利を確信しながら、ラスボス部屋の扉を開けた。


 扉の先には闘技場のような広間があり、そこに一体の魔物が静かにたたずんでいた。

 その魔物は、全身を鋼鉄の鎧で覆い、角の付いた兜をかぶり、黒いマントを羽織って、漆黒の馬に乗っていた。そして顔はスケルトン。間違いなくダンジョンのラスボスだ。敵の自分が見てもカッコ良くって強そうだ。


 俺は若干の緊張と大いなる闘志をみなぎらせながら扉を進み、その闘技場に入る。


『よく来たな、挑戦者よ。我は久しく待っておったぞ。』


 頭の中に声が響く。このラスボスは魔物の格も高いらしく、言葉をしゃべるようだ。


『我が名はデュークスケルトン。このダンジョンの主だ。貴殿の名は?』


俺は名を手短に答えた。


『クラウスか。汝の勇気をほめたたえよう。我、勝負に手加減をせぬ。貴殿と力を尽くして戦おうぞ。』


 公爵だか何だか知らないが、上から目線の物言い。何ともしゃくに障るが、口論しても始まらない。要は力を見せつければいいのだ。

 俺は、力が溢れんばかりに漲る相棒をちらりと見ると、ゆっくりと正眼に構えた。


『・・・ん、汝、見ると満身創痍ではないか。それでは我とまともに戦えぬだろう?』


 いいんだよ、これが俺の万全の体勢なんだ。余計なお世話だ。


『力が出せない相手と戦うのはつまらぬ。我は全力の勝負がしたいのだ。』


・・・なんか雲行きが怪しくなってきたぞ。いやな予感がする。


『よって、我は貴殿を万全の状態に回復させてやろう。』


!!は、何だって。回復・・・ば、バカ、やめろ!


『ハイヒール!!』


 俺が叫ぶ間もなく、勝手に唱えられたハイヒールが俺を包み、みるみる回復していく。

 数秒後、包んでいた光が収まり、そこには呆然と佇む俺が居た。


 俺は恐る恐る体を確認した。あれほどあった傷や血糊がまるで最初から無かったかのように消え、打撲の痛みも無くなっていた

 そして我が相棒にも目を向けた。向けたくなかったが確かめざるを得なかった。

 そしてそこには、先ほどまでの禍禍しいオーラと装飾が完全に無くなった、なまくらの相棒が手の中にあった。


なにィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーー!!

バカヤロー!なんてことしやがるんだ。敵を回復するなんて正気か!?


『フ、騎士として、当たり前のことをしたまでだ。礼には及ばぬ。』


 勝手に回復しといて礼だと!?なに自己満足に浸ってやがるんだこの骨公爵。有難迷惑だってんだよ。


『さあ、お互い万全になったところで心行くまで勝負をしようではないか。』


 聞いちゃいねえ。コイツ全く聞いちゃいねえ。しかもそれで勝負だと。脳筋か!?筋肉なさそうなのに頭だけ筋肉か!?


『よし、準備が整ったところで、行くぞ!』


 それを開戦の合図として、骨公爵が突き進んでくる。

 ちょっと待て、俺の準備が整ってねえ。せっかく苦労して育てた戦法が台無しじゃねえか。・・・いや、敵としては相手の戦法を無効にするのは正しい。しかし、間違いなくヤツはそんな考えじゃねえ。ただ力と力で勝負して楽しみたいからやっただけだ。


 そんな間にも奴がすぐそばまで迫る。


 チクショー!!


 俺は言葉にならない叫びを心の中で吠えたのだった。


◇◇


 この戦い、結果から言うと俺の勝利だった。


 俺はこのようなまさかの時の為に、予備の剣を用意していた。この剣は・・・どこだったかのダンジョン奥で突き刺さって立っていたのを引っこ抜いて拾ってきた剣だ。最強の時の相棒ほどではないが、かなり高性能でいい剣だ。


 さすがにあの骨公爵相手になまくら相棒で戦っては間違いなく負ける。闘いの最中に少しずつダメージを貯めていく方法もあるんだが、さすがにあの魔物レベルの攻撃をまともに受けるのは危険すぎる。

 ということで、仕方なく今回は予備の剣を使って戦い、勝利した。


 しかしこの公爵、本当に強かった。馬を使っての機動戦、剣の腕も高く、またハイヒールで分かる通り魔法にも精通していた。予備の剣がもっと性能低かったらやられてたな。


 俺は倒れて体が消えかかっている骨公爵に、若干の敬意を込めた目を向けた。


『フフ、聖剣エクスカリバーの持ち主であったか。我が敵わぬのも道理だ。だが、良き戦いであった。』


 ん、せいけん?・・・、エクスなんたらとか言ってたか?この剣に名前が付いていたのか。しかも魔物であるコイツもそれを知っているほどとは。そりゃ高性能なのもうなずけるな。


『おぬしと闘えて我は満足だ。さらば我を倒した戦士よ。』


 骨公爵が最後の言葉を残して消えていった。

 なに一人満足して逝っちまってるんだよおい。俺はちっとも満足してないっつーの。満身創痍で絶体絶命から奇跡の力で逆転勝利、という男のロマンあふれるシナリオが台無しだよ。


 予備の剣で勝ったのは良かったが、こいつで戦うとドラマが無く圧倒的勝利しちまうんだよ。まるで『異世界からやってきたチートガン積み何でもできるイケメン野郎が、いとも簡単に敵をぶっ倒していく』みたいな感じで、少なくとも俺の趣味ではない。戦った後の満足感がまるで違う。

 やはり我が相棒はお前に限る。


 なにはともあれラスボスも倒したし、転移陣も出たし、魔石とドロップ品を拾って戻るとするか。

 あれ、そういえば虫歯・・・痛くない。どうやらあのハイヒールで虫歯も治ったみたいだ。虫歯は地味に痛くて嫌だったんだよ。それに傷とも病気ともつかない中途半端なので、普通の回復薬では治らないからな。虫歯を治してくれたことだけは素直に感謝しとこう。ありがとう。


 俺は虫歯が治った満足感に浸りながら転移陣に足を踏み入れ、ダンジョンを後にするのだった。


◇◇


 ダンジョンを出て、冒険者ギルドに向かう。

 すでにダンジョン制覇の情報が伝えられているのだろう。俺を見る好奇を含んだ視線と、噂話をする声とに囲まれながら、俺は冒険者ギルドに入った。


「クラウスさんですね。ダンジョン制覇おめでとうございます。」


見目麗しい受付嬢が、作り笑いだとしても完璧な笑顔で応対する。

俺はフッとニヒルに笑むと、デュークスケルトンの魔石をカウンターに置いた。


「!大きいですね。間違いなくデュークスケルトンの魔石です。このダンジョン制覇は7年ぶりの事ですよ。」


 ダンジョンボスは倒してもまた復活する。今後もボス討伐を試みる者たちが現れるだろう。ヤツはそれを待ちわびているはずだ。

 今思えば、ヤツにはヤツなりの美学というものがあった。強いものと正々堂々と戦うという美学が。

 その美学は俺の美学とは相容れないものだったが、その気持ちは少しだけわかる気がする。俺は、今は消えていなくなった強敵に向けて少しだけ微笑んで、すぐに笑みを消した。


「しばらく街に滞在なさいますか?」


受付嬢が若干の期待を込めて問う。ギルドとしては強い者を街に留めておきたいのだろう。その気持ちはわかる。


 しかし、俺は彼女に”否”と答えた。

 俺は冒険者だ。まだ見ぬダンジョンへ行き、攻略することが生きがいだ。一つの街にとどまることはできない。

 俺はすぐにこの街を去ることを告げると、魔石などの換金代金を持って、カウンターに背を向け歩き出した。


 宿で荷物をまとめ、次の街へ向かう馬車乗り場へ歩いていく。

 途中、相変わらず俺を見る好奇を含んだ視線に囲まれ、かすかに耳に入る程度の音量の話声が聞こえてくる。何を話しているのかわからないが、この俺のヒーローぶりを称える話なのだろう。実に気分がいい。

 声をかけるほどの勇気のない人たちの、噂話に形を借りた暖かい声援に、俺は気分よくこの街を後にすることが出来るだろう。



『あの装備、やっぱりあの人だわ。』

『え、何々?』

『10日くらい前に顔を腫らしたまま歩いていた冒険者が話題になったでしょ。その冒険者って彼に間違いないわ。装備が一緒だもの。』

『え、あの「女を巡って喧嘩して一方的に殴られた冒険者」って、彼なの?』

『うわ、ダサーい。本当にダンジョン攻略したの?』

『酒場で酔っぱらってダウンしたって話も聞いてるし』

『・・・なんだか幻滅ね』



 俺が馬車に乗り込むと、すぐに馬車は走り出した。

 馬車の中には3人の男女が座っていた。男の1人は老人。もう1人は20前後の若者。女性は50くらいの中年。

 彼らはお互いに無関心なのだろう。喋るでもなく、眺めるでもなく、ただ座っている。

 それもいい。何の詮索もされず、ただ静かに進む旅も良い。


 馬車は街の門を抜け、街道を進んで行く。

 俺は街を振り返らなかった。ヒーローは振り返らない。ヒーローは常に前を向いて行く。

 果たして次の街は、次のダンジョンはどのようなものだろうか。果たして、次は理想のヒーローになれるだろうか。

 俺は馬車に揺られながら、未来に思いを馳せ続けていた。


        体調不良の英雄ヒーローと呪いの魔剣  完。

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体調不良の英雄《ヒーロー》と呪いの魔剣 灯火楼 @toukarou

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