第50話
機体のチェックが全て済んだ。志乃はまだ少しだけ照れた様子で、
「そ、それでは、コウ。最終準備です。まず、操縦桿を握って。――そうです。その親指が置いてある部分。そこが、兵装射出のトリガーです。まあ、このミサイルでは核搭載ステルス人工衛星なんて撃ち落とせませんが」
「ここからが俺の仕事ってわけか……」
紘はイメージする。フィクションに登場する兵器すら造れるなら、あの兵器だって造れるかもしれない。
――例えば、隕石を迎撃する、レーザー兵器搭載戦闘機〈GFF‐73〉とか。
この壊れた戦闘機を、あのゲームに登場した戦闘機の実物体玩具だと、思い込むのだ。
その一縷の思いを託して、いまこうして、ここに居るのだ。だが――。
「……大丈夫ですか、コウ?」
「……やるしかないんだ……」
〝志乃〟との思い出のゲーム。〝彼女〟の大好きだった戦闘機で、〝彼女〟の最期の望みを破壊する。あの時のゲームより、ずっとずっと、高難易度の最終ミッションだった。
カタカタと指が震える。俺はこれから、〝彼女〟の最期の願いを殺すのだ。
「……少し、試してみたいことがあります」
そう言って志乃は、狭いコクピットの中でバイナリーブレードを取り出し、頭上へと掲げる。そして、自分のおでこを紘の額にくっつけた。
「お、おいおい。こんなに近づかなくても……」
「わたしの能力で貴方の脳波に少しだけ干渉します。イメージを強く持ってください」
そう言って、志乃は〈バイナリーブレード〉を掲げて宣告する。
「〈サイバーテレパス〉……解放。コウ! この戦闘機は世界連邦空軍の最新鋭戦闘機の実物大玩具です。さあ、〈ARスクエア〉を解放するのです!」
次の瞬間、文字通り紘の目の前は光で真っ白になった。そして、吐き気がするほどのめまいに襲われると同時、強力な電磁波によって、紘の精神の方向性が固定された。
「――コウ! 来ました! 早く〈ARスクエア〉のイメージを!」
思い描く。大気圏外まで届く指向性兵器。重力になんて負けない、宇宙にまで届く光の粒子による一閃を。
〝志乃〟が好きだった、あのCGの空を舞う航空機を。
戦闘機の周囲が輝き始める。そして、機体内外の構造が次々に造り替わっていくのが垣間見えた。
そして、最終的に、機体下部に巨大なレーザー砲ユニットが〝増設〟されたのを、紘は脳の何処かで理解した。
「す、すごい……」
さすがの志乃も驚きを隠せないでいると、機内の無線から声が響く。
『ふ、二人とも‼ なんか戦闘機が凄いことになってる最中に悪いんだけど、――衛星の位置、感知したよ! いま、その戦闘機にデータを送ったから!』
戦闘機の液晶ディスプレイに映し出されたのは、簡易なグラフィック。地球と思しき惑星の外から落下を開始する人工衛星の図そのもの。
紘と志乃は頷く。
「ありがとうございます、蘭子。これから、こちらで座標の調整と最終演算を始めます。戦闘機の真下は危険です。すぐに待避してください」
『分かった! 二人とも、必ず帰ってきてね!』
コクピットの眼下で、少女が駆け出すのを確認する。そして志乃は、ゴテゴテとしたパイロット用のヘルメットを横から取り出し、紘に被せてきた。
「お、おい、お前の分はいいのかよ?」
「大丈夫。わたしは少々、頑丈に出来ていますから。それに、失敗したら一緒ですし」
ヘルメットから女性の香りがする。志乃の匂いだと思った。
彼女の前では絶対言えないが。
「いま、〈システム〉がステルス迷彩仕様大質量核兵器の位置を特定しました。コウ、核兵器の高高度爆発は、電磁パルスによって世界中の電子機器に影響を与える可能性があります。最後のミッションは、アレを大気圏外で破壊し、欠片も地上に降り注がせないことになります」
「最後の最後で、とんだプレッシャーだな……」
操縦桿を握った手に力がこもる。ミスれば少なくとも日本は終わり。最悪、第三次世界大戦の始まりだ。そんなプレッシャーに押し潰されそうになったその時、
志乃が両手を操縦桿に携えた。
「コウだけが世界を救うなんて、ズルいですからね。――大丈夫。わたしが一緒に居ますから」
「…………ありがとう、志乃……」
ヘルメットに即席のCG画像が映る。射撃管制システムが起動した。照準が表示される。
標的となる人工衛星は、思いのほか小さい。こんなの当たるわけがない。足元のレーザー兵器だって、連発出来るとは限らないのだ。
――一撃で終わらせるしかない。失敗したら、世界は終わるのだ。
でも、大丈夫だと思った。隣に志乃が居たから。
だから、これは葬送だ。幼い頃好きだった〝彼女〟の怨念をせめて自分の……いや、
自分と志乃の手で、終わらせる必要があるのだ。
「……ごめんなさい、〝志乃〟……」
隣で志乃がぽつりと呟く。
多分、紘にも聞かせるつもりはないほどの無意識の言葉だった。
「――! 今です! コウ‼」――照準が、衛星にロックオンされた。
トリガーを、引いた。
一瞬だけ、砂場で泣き笑いを浮かべる女の子の姿が見えた気がした。
*
圧倒的火力を伴って放たれた大出力のレーザー光線は、市ヶ谷から宇宙圏まで一筋の青白い光を放ち、降下しつつあった人工衛星の炉心部を避け、その推進部のみを破壊した。
ただ宇宙に漂うスペースデブリと化した衛星は、ゆっくりと地球の衛星軌道から逸れていく。
世界は、救われたのだ。
*
まるでSF映画のような光景だった。崩落した建物から覗く戦闘機からレーザーだか、ビームだかの得体のしれない光が轟音を立てて放出され、空を切り裂いたのを、
芹那は目撃した。
ノートPCを抱えてこちらへ走ってきた蘭子は「撃墜……した?」と声を漏らす。
そうか。兄と志乃は決着を付けたのだ。
母親役を譲ってくれた、顔の分からないあの子と。
「……さようなら、〝お母さん〟……」
泣きそうだけど、もう泣かない。だって、その役割は自分が背負っていくものだから。
「そうだよね、セレナーデ……?」横で金髪の女の子が、ただただ黙って空を見上げている。同い年ぐらいの女の子なのに、彼女は自分の娘だと言う。
なら、自分が出来ることは一つだ。
「友達のためによく頑張ったね、セレナーデ。偉い偉い」
そっと抱き寄せて、頭を撫でてあげた。金髪の少女は、その手を払い除けなかった。ただ静かに、芹那の胸の内でしゃくりを上げていた。まるで紘に撫でられた自分みたいだ。
辺りを見渡すとエンテレケイア達は、悲愴な、しかし、何処か安堵した表情で空を見上げていた。
茉莉はぽかんと口を開けて、空を見上げていた。そこにおずおずと蘭子が近づいて
いき、黙って後ろから肩を抱きかかえた。茉莉も、それを拒まなかった。
水無瀬顕長は、ただ茫然と佇んでいる。自分の人生の行く末に思いを馳せたのだろう。
「やっぱり、お兄ちゃんも志乃ちゃんも凄いなあ……」
そう感慨に耽った瞬間、ドクン、と心臓の鼓動が聞こえた。
――苦しい。身体が熱い。血管の中が、暴れ回っているような感じがする。エムザラ遺伝子の暴走症候群が始まったのだ。
「――ちょ、ちょっと、高宮芹那? しっかりして! 大丈夫! ねえ、芹那⁉」
あんなに自分を憎悪していたセレナーデが泣きそうな顔で心配している姿をぼんやりと見ながら、芹那の意識は遠のいていった。
*
「……何の真似ですか、これは?」
キャノピーを開いた瞬間、戦闘機の下方で、大勢の特殊部隊員が紘と志乃を取り囲んでいた。その先頭に立つのは、とても晴れやかな笑みを浮かべた冴島だ。
「素晴らしい。君達こそ、この国を真に担う次世代だ! 私の見立ては間違っていなかった! すぐに二人を〝保護〟しろ。これから始まる、第二次失楽園計画の最重要ユニットだからな」
志乃は紘を掴み上げると、すぐに操縦席から脱出を試みた。
しかし、既に限界だったのだろう。志乃は「あ、あれ……?」と〈プロヴィデンス〉に乗っ取られた時と同じように紘へと倒れ伏す。紘もまた、傷だらけの身体でこれ以上戦えるわけもなかった。
紘はヘルメットを取り、志乃を抱きかかえたまま、眼下の冴島を見る。
冴島は老齢ながらも鋭い眼光で、紘の方を見据えている。
彼は国家の体現者だった。
人生を仕組まれた紘と志乃では、彼に勝つことは出来なかった。
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