第39話
「ぐはっ――! ゲホ! ゲホ!」
「……ふん。能力が無ければ所詮は普通の人間ね。茉莉はだいぶ苦戦していたようだけど、そこがユートピア級とアルカディア級の違いかしら? ま、性能差なんて本当は無いけど」
「お兄ちゃん……!」
「セレナーデ、やめてください!」
芹那と志乃の声が夜の闇にこだまする。また、心配をかけている自分が情けない。
セレナーデが紘の抱えていたブレードをもぎ取ると、それをじっくりと眺めて嘆息する。
「これも〝 返して貰う〟わよ。元々、そこの女のモノですらないのだから」
その言葉を聞いた志乃が、動揺をその顔に浮かべたのを紘は垣間見た。だが、
「――ち、違う! その武器は志乃のモノだ! 気安く触るな!」
無理やりセレナーデからはぎ取ろうとするが、再び蹴りを入れられ、紘は地面に叩きつけられる。
「……アンタも気づいてるんでしょう? そこに居る女は、アンタが子供の頃に会った天祐志乃じゃないの! 一緒に共有した思い出も頭に付けられた傷も残ってない、ユートピア級暫定モデル№4の第2次生産品。儀式のために造られた、ただの器に過ぎないわ!」
「――――ち、ちが……!」
紘が目を向けると、志乃が怯えた面持ちで弱弱しく反論する。
そこに、いつもの無表情は無かった。ただただ、絶望に彩られた志乃の顔が、おそらくひた隠しにしていたかったであろう最後の秘密が暴かれた素顔が、紘の目に焼き付く。
倒れ込んだ志乃へ、眼鏡を掛け直したセレナーデは近づく。裸眼では志乃と量子コンピュータ間の接続能力を失わせる可能性があるからだろう。
「な、何をするつもりですか……! お、お願い……やめて!」
嫌がる彼女の前髪をかき分け、その額を露わにした。あの時、自分の代わりに負ってしまったはずの傷跡が、そこには無かった。
「ふふっ。この娘は何処までいっても偽者なの。理解したかしら、高宮紘?」
「ち、違うんです! コウ! い、いえ、わたしは、貴方を騙したのかもしれません! でも、わたしは……」
代替品のクローン人間。その意味をあらためて紘は理解する。だが、妹は違ったようだ。
高宮芹那は、怒りを露わに騒ぎ立てる。
「昔のことなんてあたしは殆ど覚えてない! けど、もしあたしとお兄ちゃんが志乃ちゃんと会っていたなら、同じ志乃ちゃんだよ! アンタなんかには、分からないよ!」
しかし、その抗議の声は、セレナーデの逆鱗に触れてしまったようだ。
「――ッ! 同じわけが無いのよ高宮芹那‼」
「きゃあッ!」
「芹那⁉」
思い切りブレードの鞘に殴られた芹那は、勢いよく倒れてしまう。紘は自身の身体の痛みに耐えながら、妹の元へと這いつくばって近寄る。
――あの女の、芹那に対する敵意は何だ?
殴られた芹那は、目に涙を溜めながらもキッとした表情で金髪碧眼の少女に抗議の意思を向けるが、そのセレナーデも、憎悪の感情を眼鏡の奥に携えている。
「コピーとオリジナルは違うのよ……! 絶対に……!」
そこで初めて紘は気付いた。セレナーデの顔が、芹那と生き写しであることに。
「セレナーデ、まさか、お前は……」
「――セレナーデ。お役目ご苦労様でした。これより、失楽園計画の最終段階へ移ります」
紘が言い終わる前に、天から声が響く。
垂直離陸機に跨った水無瀬茉莉が座席から飛び降り、目の前に姿を現したのだ。そこには、拘束された蘭子が抱きかかえられている。
「茉莉……」
セレナーデは先ほどまでの激高は何処へ行ったのか。澄ました顔で淡々と茉莉へ歩み寄っていく。
「お疲れさまでした。お父様は既に移送済み。儀式の準備も着々と進んでいます」
「さすが、この国が威信を懸けて造り上げたフラグシップ・エンテレケイアだけあるわね、№3。今日が〝神〟を迎える日となることを、私は心の底から尊いと思うわ」
「茉莉! アンタ、間違ってるよ! 何があったのか知らないけど、あの父親の計画に従うなんて、何考えてるの⁉」
蘭子が叫ぶと、茉莉は悲しそうな顔をする。
「……私は、妹二人分の運命を背負っているのです……。それとも、貴方が私の責務を肩代わりしてくれるというのですか? ――お姉さん?」
「……アンタの計画が、いずみのためにもなるって言うの……?」
茉莉は蘭子の問いかけを無視すると、得意げな表情で紘へと近づき、バイザーを外してこちらを見下ろした。
「すぐに再会できると思っていましたわ、高宮紘?」
「……水無瀬、茉莉…………!」
「高宮紘。貴方とそこに居る〈ユニット〉の能力を覚醒させる計画は、予想を上回るスピードで達成されました。お陰で、プロトコルの執行も幾ばくか早まりますわね」
――覚醒。
つまり、一連の事件は全て、自分と志乃の超能力者としての実力を成長させるための「演習」に過ぎなかったというわけだ。
「高宮芹那。綾崎蘭子。役割を果たしてくれた貴方達にもお礼を言います。報酬として、これから始まる儀式への参加を認めましょう」
芹那が怯えた顔で震える一方で、蘭子は黙ったまま抗議の視線を向けている。そんな無言の抵抗を気にも留めず、茉莉は「さてさて」と思い出したかのように、志乃へとその目を向けた。
志乃はそんな茉莉に「お姉ちゃん……」とやるせない表情を向ける。
「ふふ。……〈プリズマイスタ〉、使わせて貰いましたわ。
バイザーを手に取り、茉莉は弄び始める。
――彼女が遺した〈プリズマイスタ〉?
知らない単語が行き交う中、茉莉が問いかけてくる。
「そもそも、何故ヘグリグは政府の防衛システムを掌握出来たのか? 考えた事はありませんか、高宮紘?」
突然の指名。何の話だ、これは。雲行きがおかしい。
――俺たちは何に巻き込まれているんだ。
話が見えてこないが、紘は思ったままの答えを述べる。
「……防衛システムは、お前らがハッキングしたんじゃないのか? だから……」
セレナーデが嘲笑しながら、茉莉の代わりに答える。
「ハッ! 簡単に侵入出来るほど、この国の国防セキュリティは耄碌していないわ。合衆国と密接な関係にある国だもの。ただ一つの例外……〈サイバーテレパス〉を除いては、だけどね」
「まさか……? いや、でも、コイツがテロ計画なんて考えるわけがないだろう!」
志乃の方を見やる。志乃は、優しい女の子だ。皮肉屋で人をおちょくるのが好きで、感情を表に出さなくても、何を考えているか分かる。自分の、大切な相棒で――
「――南スーダン共和国へグリグ。その油田地帯において、不測の事態が発生しました」
突然飛び出した異国の話。茉莉は、その口から滔々と語る。
「日本と中国による超能力者非正規部隊の衝突。その時、№4と呼ばれるエンテレケイアは――戦死しました。そう、死んだのです。ここに居るのは、出兵前の記憶を移植された、二次生産品に過ぎませんの……」
志乃の方を見る。
「そ、そんな……」
彼女は、尊厳を侮辱された悔しさを滲ませて俯いている。
「――生命を落とす間際、№4は紅き国に対する怨嗟の声を、私物のPCに送りつけました。それは、狭間の世界から送られた、UNITIの悪魔を殺し、この国を強化し、紅き国を亡ぼす設計技術。このバイザーは、〝あの子〟の記憶を私の脳に干渉させることで、〈サイバーテレパス〉の模造品〈プリズマイスタ〉を使用可能とする代物でした。内容を知った瞬間、私は思ったのです。〝これで仇を取れ〟と、〝妹〟がそう言っているように、私には聞こえましたの」
「お前……! 妹が戦争で殺されて! 殺された妹のコピーを造られて! よくもこの国の陰謀に加担できるな⁉」
信じられなかった。同じ妹を持つ身として、この女の心情だけは理解に苦しむ。
紘の誹りを気にも留めず、にっこりとした笑顔で、茉莉は志乃へと近づき、その頭を慈しむように撫でる。
「№4の遺産を利用した、この国が百年後も継続するためのプラン。それを冴島首席護国官へ提唱したのは私です。クーデターと防衛システムのハッキング。№4の第二次生産品。二次生産品が扱う規格外技術で構成された量子コンピュータ。それを米国から取り寄せる大義名分……。そして、非実在兵器を顕現させる超能力者(〈ARスクエア〉)。……いまここに、全てのユニットが揃いました」
ユニット。それは、
「俺と、志乃のことを言っているのか?」
「そう。本事案は全て、高宮絋と№4第二次生産タイプの超能力強度を覚醒させるための、一連の作業。ゲームとも言えますわね。冴島首席はゲーム終了を心待ちにしているでしょう……」
セレナーデが相槌を打つ。
「ええ。既に官邸で吉報を待っていると思うわ。最強の帝国が誕生するその瞬間をね」
茉莉の言い分は、狂信者と同じだ。国家というフィクションを神のように敬う類の言説。
「ま、続きは儀式が終わってからでもいいでしょう。それでは、高宮紘――」
事態の中心人物たる水無瀬茉莉は〝綾崎蘭子と同じ声で〟囁くようにこう言った。
「〝貴方の中の本当の思いを、露わにしなさい――〟」
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