第34話
「――ら、蘭子先輩⁉ ど、どうしてここに⁉」
――〈バリスティクス〉。相手の敵意を感知し、隠密行動にも応用できる能力……。
ずっと、この部屋に居た? 俺達に存在を感知されないように、能力を使って?
「ち、違うの! 私がやってるんじゃない! お願い、紘くん! 信じて!」
信じてと言われても、明らかに銃撃したのは蘭子だ。でも、彼女が、なぜ?
銃を持つ手を震わせながら、涙をこぼす蘭子。どう見ても普通の精神状態ではない。
「不肖の娘でも、鉄砲玉の役割ぐらいは担えたようだ。おかげで、№4の覚醒も早まる」
蘭子は、紘が今まで見たこともないような形相で、顕長を睨みつけている。
「こ、こんなことを私にさせるなんて、アンタ、何を考えているの?」
「親にそんな目を向けるとは、どういう育ち方をしたんだ、蘭子?」
「育てた覚えもないくせに、白々しい事を言わないで‼ 産み捨てられた私が……どういう思いで、今まで生きてきたか……!」
今にも男を蹴り殺しそうな気配。だが、その銃口は顕長には向かず、引き続きこちらを向いている。紘は息を呑むが、男はどこ吹く風と、余裕綽々だ。蘭子は悲痛な表情で叫ぶ。
「紘くん! 今すぐ志乃ちゃんと、このビルから逃げて……! 私に、殺される前に!」
「ちょ、ちょっと待ってください、先輩……! どういう、意味ですか?」
蘭子先輩は何を言っているんだ? 話が見えず戸惑っていると、いきなり腕を掴まれる。
「……コウ。蘭子の言う通り、ここから脱出しましょう。彼女は、操られています……」
「志乃⁉ 動いて大丈夫なのか? 安静にしていないと……」
銃声。しかも、今度は後ろから聞こえた。気付いた時には、蘭子は背後に移動していた。
今度の銃弾は、跳弾して床にめり込んでいた。そして紘は、いつの間にか志乃がブレードを抜刀していることに気付く。――銃弾を、ブレードで弾いたらしい。
「……ほう。〈プロヴィデンス〉の演算能力を駆使して、発射直後の弾道を予測したか。気配を消せる〈バリスティクス〉といえど、発砲後の弾丸まではカバーしきれないからな」
顕長が興味深そうに状況を眺め、楽しんでいる。
「……ご、ごめん……志乃ちゃん……!」今にも泣きそうな顔で、蘭子が謝罪を口にした。
「分かっていますよ、蘭子。大丈夫……わたしは、頑丈に設計されていますから……」
志乃は傷口を抑えながら振り向く。
「コウ! これから撤退を開始します。わたしの指示どお……り、に…………あ、あれ?」
撤退宣言と同時、志乃がまるでゼンマイの切れた人形のように、ソファから地面へと倒れ伏す。
「――――え?」
「志乃ちゃん⁉」
「ど、どうして……? ――――うっ……ぐっ……!」
志乃は自分でも何が起きたか理解できない表情を浮かべた後、頭を抑えて苦しみ始めた。
「お、おい志乃⁉ しっかりしろ! 頭が痛いのか⁉」
取り乱す紘を見て顕長が笑う。
「世界最高の量子コンピュータ使い放題の見返りだ。旨い話には裏がある。勉強になったようだな?」
皮肉げに笑う男は「丁度着信だ。代わりに出てくれ」と紘へスマホを放り投げる。
『――仕上げは重畳といったところですかな、水無瀬専務?』
「だ、誰だ、アンタは……?」
低い、しかし、はっきりとした口調で喋る男の声。何処か軍人のような雰囲気を感じる。
『その声……高宮特務官だな? №4の様子はどうだ? 行動表どおりなら、もう意識を失ったところか』
軽い体調確認のように聞いてくるのが腹立だしい。なんなんだ、この男は?
「志乃に……何をした……?」
『〈プロヴィデンス〉を精神介入モードに設定した。逆探知までに時間が掛かったが、流石に銃撃されれば、精神防壁にも隙が生じたようだな。もう、脳構造の逆算は殆ど済んだ頃だろう』
蘭子の顔色から血の気が引いていた。自分がとんでもないことをしてしまったと、後悔の念に苛まれているようだった。
だが、それをさせたのは確実に、電話の向こう側に居る男だ。
精神介入モード。志乃は逆に量子コンピュータに操られかけている?
――俺を守ったから?
量子コンピュータが志乃に与えられたのも、一連の戦闘も捜査活動も、全部が罠だったということか?
「……もしかして、戦闘機に積んである量子コンピュータを奪ったのか⁉」
『奪う? 返して貰うのだよ。この〈プロヴィデンス〉は、元々そのために取り寄せたのだから……』
そう言って、電話の向こう側の男が、急に真面目な口調で語り出す。
『申し遅れたが、内証第一・内閣特殊事態対策センター首席護国官の冴島だ。以前は陸上自衛隊中央即応集団特別国際活動教育隊の隊長を務めていた。引き続き、貴官の任務遂行を願う』
――志乃が属する組織のトップだと?
国家行政内証機関の最高幹部が事件の黒幕とは、想像だにしていなかった。志乃の方を振り向くと、まるで見えない重力に押し潰されているかのように、苦し紛れに声を漏らす。
彼女は、自分を取り巻く状況を理解したようだった。
「……クーデターに偽装したのは、ヘグリグ討伐の名目で、量子コンピュータを米国から取り寄せるため……。次席共々、わたし達を嵌めてくれましたね、首、席……?」
「瀧上次席はよくやってくれた。CIAとの調整は、やはり彼でなくてはな」
志乃がスマホに対して憎悪の視線を向けると、水無瀬が「ほう」と感心したような顔をする。
「聞いていたよりも人間らしいではないですか、首席殿。本質は〝本物〟と同じようだ」
『公安へ放し飼いさせた甲斐があったよ。能力も〝彼女〟に迫りつつあるしな』
「本物……? アンタ達は、さっきから何を言っているんだ?」
水無瀬と冴島の会話の意味が分からない。蘭子も得心がいっていないようだった。
だが、話題の主役は違った。
志乃の顔色が、明らかに真っ青なものに変わっている。今までで一番動揺している。恐怖に震える彼女の表情を、紘は初めて見た。
「志乃……?」
様子がおかしい。死刑宣告を受け、刑場へ連れて行かれる直前の囚人は、こんな顔をしているかもしれない。そんな想像が浮かぶほど、倒れ伏した志乃の顔は恐怖に彩られていた。水無瀬はその様子を面白がり、「さて、お出迎えが来たようだ」と指を鳴らす。
「ッ――! 紘くん、伏せて!」
蘭子の叫びを本能的に理解した紘は、すぐに志乃に覆い被さって、思い切り床に転がると同時、大量の弾薬が発射される音が響き、大貼りの窓ガラスが粉々に割れ散った。
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