第25話


 冴島の呼びかけに、捕らえられていたはずのエンテレケイア達が呼応し、自分を拘束する。


 その様子を、内証第一の面々が、銃の持ち手を震わせながら悔しそうに眺めていた。

 国家内のクーデターと見せかけることで、米国からの〈プロヴィデンス〉調達を容易とし、UNITIの目を欺こうという魂胆か……


「……国際社会に気取られる前に、UNITI(外機)と戦争でも始めるおつもりですか? 在日米軍も合同委員会も黙っていないはずです」

「外機とあの〝悪魔〟討滅は前哨戦に過ぎん。我々の敵とは有史以来、常にあの紅き国(北京政府)だ。そのための、エンテレケイア。そのための、〈ARスクエア〉と№4なのだ。成功の暁には米国に事後承諾を得る。彼らは使えると判断すれば、すぐに我々を支援するだろう。そもそも彼ら自身、〈メガセリオン〉には何度も煮え湯を飲まされているわけだしな」


 お手本のような日米関係の縮図が展開されていた。


 冴島の言葉を背に、瀧上はヘリポートから連れられていく。


 背後から少女の声が聞こえた。


「首席。〈ARスクエア〉の覚醒が早まりました。かくなる上は、すぐに部隊を再編し――」


 バイザーを掛け直した茉莉の進言に対し、冴島は「いや」と否定し、


「〈プロヴィデンス〉の同期がまだ進んでいない……。彼らはもう少し泳がせる。その間、貴官らは儀式の準備を進めろ。誘導役たる〝彼〟との調整も、予定通りにな」


「はっ。――セレナーデ、新橋までの車を手配しなさい。私は調整に入ります」


 瀧上は、自身の指揮命令系統から外された、感情表現の苦手な愛娘に思いを馳せた。


     *



 教室に登校するや否や、姦しい同級生が紘を見てウキウキと近づく。


「おはよう、高宮くん! なんと今日は重大ニュースが――って、その怪我はナニゴト⁉」

「水無瀬か。おはよう。今日も朝露きらめく清々しい朝だったな」

「いやいや、よく今日を迎えられたわね、高宮君? 包帯だらけじゃない!」

「実は昨日階段から落ちてさー」

「確かに階段は未来の女剣士の命を奪うぐらい危険だけど⁉ むう……謎だらけ高宮君の背景がますます気になる今日この頃……」


 昨日は蘭子先輩の件であんなに落ち込んでいたのに、今日はテンション高いらしい。


「……まあいいわ。それよりも高宮君。実は今日、転校生がやってくるらしいの!」

「転校生? こんな時期に?」


 もう二月だ。転校してくるなら、年度初めの方が色々と都合が良さそうなのに。


 もしかして、自分か芹那を狙った刺客? などと発想が飛躍しかけるが、そんなご都合主義なことは起こらないだろう。


 超能力の世界も、諜報活動も、もっと地味に進むものだ。


 ちなみに、監禁施設で墜落した自衛隊ヘリの件は、再び世の中を騒がせていた。報道を見る限り、ミサイルで撃墜された事実は伏せられていたが。写真も撮られていなかったらしい。国家による完全な隠蔽工作が敷かれたようである。


 ……まあ、本当は志乃が〈サイバーテレパス〉の能力で、撮影の疑いがある端末に軒並みハッキングして削除したらしいが。今朝方、彼女がそんなことを言っていた。


「そう! さっき職員室の前を通った時、聞こえたの。女の子らしいけど」

「そうか。まあ、楽しみだな、うん。すごく」正直、それどころじゃないのだが。

「あれ、興味なし? んじゃ、今日は本人も謎多き高宮君の単独インタビューといくわよ!」


 ICレコーダーをマイクのように、こちらへと向けてくる。


「いや、俺には謎とか一切無いが」


プイ、と不愛想にあしらうが、内心ビビりまくる。


「またまた~。さも『俺は一介の男子高校生に過ぎないぜ』みたいな顔してる、私の一押し取材対象、高宮紘君の意見が聞きたいな~」身体をしならせて迫るいずみ。

「俺は普段からどう見られているんだ」

「某国が派遣したスィーパー」


 もうちょっと普段の身の振り方を見直すべきかもしれない。ちなみに、スィーパーとは「掃除人」転じて「殺し屋」や「清算人」を指す隠語でもある。


 いずみは紘の机にバン、と手をつき、ガンを飛ばすような視線を向け始める。


「おうおう~。吐いちまえよ。楽になるぜ?」

「記者というより刑事じゃねーか……」


 紘はため息をつきながら、職場で聞かされた、取り調べ問題を自然と思い出す。


「そもそも、行政訴訟法改正で取調べが可視化したから、その尋問方法は後で国賠請求起こされる可能性がある。暴力団から訴えられたらシャレにならない。次からは注意しろよ」

「誰に対するアドバイスなの⁉ 高宮君ホントに堅気の人⁉」


 ――しまった。一課の連中から、任務中に聞かされたボヤきがそのまま出てしまった。


 いずみは手帳とペンを取り出し、「えーと、――高宮君はGマークの可能性アリ――と。これは転校生以上の特ダネかもしれないわねっ……!」などと一人で興奮している。


 ――まあ、公安所属の超能力者よりは遥かにマシか……。


「ま、高宮君の背景組織は置いといて、この時期の転校生も、かなーり怪しいと思うのね」


 シャーペンのノック部分を顎に当てがいながら、いずみは首を傾げる。


「さあな。一身上の都合じゃないか?」

「作者不祥事の打ち切り漫画じゃないんだから」

「無難に親の転勤とかだと思うけど」

「ありきたりー。もっと目を引く理由が欲しいわ。大衆とは常に夢を追い求めているのだから!」


 マスコミによる情報発信の問題点に思いを馳せ始めると、いずみが身を乗り出してきた。


「じゃあさ、じゃあさ! もし、転校生が昨日の戦闘ヘリ――」

「はいはーい。みんな席につきなさーい」


 いずみが何か言い掛けた時、担任教師の青池が教室へと入ってきた。


「む! 取材が間に合わなかった! あーもう、本人に直接聞くしかない!」


 騒がしいブンヤの娘はそそくさと自席へ戻っていく。嵐のような女だった。

 暴風が去るのを見届けた紘は気を取り直す。前を見ると、青池の背後には、一人の女子生徒が立っていた。噂の転校生だろう。


「えーと、突然だけど、今日は皆さんに新しいクラスメイトを紹介しまーす!」

 どよめく教室内。紘たち以外には寝耳に水の話なので当然だ。立ち上がって転校生の姿を拝まんとする者も多く、(特に身を乗り出したいずみのせいで)紘の位置からは顔がよく見えない。


 いずみは大盛り上がりで早速ICレコーダーを片手に転校生へ近づこうとしている。


 青池はため息をつきながらパン、パン、と手を叩く。


「はいはい、静かに。――水無瀬さん、座りなさい。――じゃ、自己紹介お願いね」


 教室に静寂が訪れた。同級生たちが座りだす。そこで初めて、紘は転校生の顔を見た。

 透き通るような肌と長い髪。どこか幼さが残りつつも、鋭利な雰囲気を纏った、小柄な少女が、いつもどおりの無表情で挨拶を始める。


「――天祐志乃と申します。これから、よろしくお願いします」


 ガタッ、と突然机と椅子の動く音が聞こえた。誰かが立ち上がったのだろう。

 だが、その音を出したのが自分自身であることに、紘は全く気付かなかった。


「な、なんでお前……」


 突然立ち上がった紘の奇行に、青池が目を丸くする。いずみもこちらを振り返って怪訝そうな視線を向けてくる。


 が、一方の転校生は表情を一切変えず、どこか興味深そうに紘を見て首を傾げた。


「……おやおや? 同じクラスだなんて、奇遇ですね、高宮紘さん?」


 その目は、奇異なものを見るでもなく、怪しい同級生を批難するでもなく、


 どこか、面白がっているような、からかうような瞳をしていた。

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