第26話

 昼休み。食事などそっちのけで、いずみは転校生・天祐志乃にインタビューを敢行していた。


「ではではー! みんなも気になる最初の質問! 志乃ちゃんは、何処から来たんですか?」

「アメリカ合衆国です」

「まさかの帰国子女! 国号に政体まで含めるところにインテリ味を感じますね~。では次。志乃ちゃんは、どうして転校してきたのでしょう?」

「父の仕事の都合です」

「来ました! お父さんは海外を行き来するビジネスマンなのでしょうか⁉」

「秘密です」

「ミステリアスっ! では次に好きな男性のタイプについて――」

「……ノーコメントです」


 どこか人形を思わせるような儚い雰囲気と、静謐という表現がしっくりくるような綺麗な顔立ちをしている少女に対し、同級生の関心は最高潮に達したらしい。


 志乃の周りには十数人の男女が、やいのやいのと集まっている。その光景を、紘はぼんやりと眺めていると、突然同級生の男子たちに囲まれ始めた。


「高宮! 天祐さんと知り合いなのか⁉ 何処であんなカワイイ女の子と⁉」

「毎日放課後、女の子を連れ添って歩いていたと聞くが、まさか……!」それは妹だ……。

「ちょっと、男子どもうるさい! せっかく録音してる志乃ちゃんの綺麗な声が、かき切れちゃうでしょうが!」

「俺はうるさくない」即座に反論するが、いずみは無視して質問してきた。

「それよりも高宮君! 志乃ちゃんのことを知っている様子だったけど、知り合いなの?」

「うっ――! いや、それは……」


 どんな阿呆でも、先ほどの失態を見逃すはずがない。だが、「彼女とは政府秘密機関の同僚でさあ。偶然だよなー。ちなみにミサイル発射機能付き人造人間で、昨日も軍用ヘリを撃墜したらしい」などと言えるわけもない。


 紘が言葉を詰まらせていると、同級生たちに囲まれた天祐志乃が、しれっと答える。


「――何のことはありません。わたしと高宮紘は親戚同士ですので」

「――は?」予想だにしない説明に、紘は言葉が出せなくなる。

「コウから見てわたしは、祖母の妹の甥の再従妹の孫にあたります」


 その大嘘に対し、いずみは一層興味を惹かれたようだ。


「マジで⁉ 謎の美少女転校生と縁戚関係にある謎多き男子生徒! これは注目しかない!」

「いやー、美少女転校生という肩書きは照れますね」


 天祐志乃は全く照れた様子も見せずに、とぼけた顔で頭を掻くようなポーズをした。


「おい、高宮。親戚ってのは本当なのか?」


 自分の態度に不審を抱いたのか、周囲が確認してくる。当然、同級生の視線が集中する。


 志乃はまるで判決を言い渡す裁判官のような目をしている。

 ここは、話を合わせるしかない。


「…………本当だ。志乃とは、遠い親戚なんだ……」


 同級生達から「へー親戚なんだ」「だから知っている素振りだったんだね」「羨ましい」などといった声が漏れ、興味深そうな視線が、紘と志乃の交互を行き交う。


「複雑な親族関係でさ。転校することも聞いてなかったから驚いたよ、――なあ、志乃?」


 顔を引きつらせて笑顔を作りながら、嘘八百を並び立てる紘。すると志乃は立ち上がって紘の席へと近づき、見下ろしながら言い放つ。


「――我が一族の積もる話は、後でゆっくりと。楽しみにしていますよ、コウ?」


 視線が重なり、互いに目を離さない。どういうつもりだと抗議の目を彼女に向ける。


 諸々の色々な不安を内包しながら、首の皮一枚繋がった日常生活の第二幕が上がった。


     *


「じゃあ、この75ページの文章を天祐さん、読んでくれる? 教科書は隣の――」

「『狐帆の遠影碧空に尽き唯見る長江の天際に流るるを』――です」


 青池に指名された志乃は、いずみが教科書を見せようと用意してくれたのにも気づかず、宙を見つめながら漢詩を読み下してしまった。青池が絶句してしまう。


 おそらく、〈サイバーテレパス〉の能力でインターネットに接続し、古文の解説サイトでも閲覧していたのだろう。紘が頭を抱えていると、志乃はしれっと言い訳を連ねていた。


「……あ、申し訳ありません。李白の詩をたまたま覚えていたもので……」

「そ、そうなの……? 期待の転校生ね、天祐さんは……」んなわけあるか。

「志乃ちゃんすごーい! さっすが謎の転校生!」


 不思議そうな担任教師と、目を輝かせるいずみ。同級生も殆ど感心した顔をしている。


 志乃がチラ、とこちらを振り返り、「上手く誤魔化せました」とばかりに親指を立てる。


 何を怪しまれているんだお前は⁉ 紘は中指を立ててやりたくなった。


 次の授業は数学だった。転校生は集中指名の洗礼を受けるのか、ここでも志乃が当てられる。数学教師は「高2の範囲問題だが、これが解けたら凄いぞー」などと言って出題してきた問題を、途中式も書かずに「42」と解答だけを黒板に書いた。


「せ、正解だ……。これは昨年の東大入試問題だったんだが……」


 数学教師がたまげた表情で頭を掻く。同級生が羨望の眼差しを向け始める。


 ――先生、彼女は脳がスパコンと直結している不正行為者なんです。紘は項垂れる。


 カンニング女は「またわたし何かやっちゃいました?」などと、とぼけた顔をしている。


 英語の時間は説明するまでもない。元々帰国子女設定の志乃は、流暢なアメリカン・イングリッシュで英語教師を唸らせた。ただ、彼女は悔しかったのか「その発音は下品よ! クイーンズ・イングリッシュを喋りなさい!」などと負け惜しみを言っていた。


 白洲次郎みたいだなと紘は思った。


 ちなみに、紘も英語だけは仕事の都合でいやいや覚えさせられたが、学校の授業ではなるべく日本の高校生っぽく発音するようにしている。「ディス・イズ・ア・ペン」。


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