第24話

「それでは、コウ。おやすみなさい。芹那、今日からお世話になります」


 枕を抱きながら、志乃がリビングを出て行く。

芹那は「あ、先に行っててー」と志乃に声を掛けた後、紘の座っているソファに、そっと腰掛ける。


「今日は大変な一日だったね、お兄ちゃん」

「そうだな……。本当に、俺のせいで……」そう言い掛ける紘を、芹那は指さす。

「お兄ちゃん、それ禁止! ……さっき、志乃ちゃんとの会話、聞こえちゃったよ?」


 ――生きる選択まで貴方に責任を負ってもらう謂れは、ありません。思い上がるのも、大概にすることです、コウ――。志乃の言葉がこだまする。


「あたしだって、自分の遺伝子が志乃ちゃんや、あのヘグリグの人達に使われていることに責任を感じないわけじゃない。でも、問題はそこじゃないと思うんだ」

「問題は、そこじゃない?」どういう意味だろう。

「うん。反省するのは大切かもしれないけど、こうすれば良かったっていう後悔するよりも、あたしたちは〝今〟と向き合うべきなんだよ。あたしは、あの茉莉やセレナーデと、仲良くなってみたいな。もっとあのコ達の考えが知りたい。最悪の状況の中でも、自分の意思で選択していくことが、大切なんじゃないかな?」


 芹那がここまでハッキリと自分の考えを述べたことに、紘は驚きを隠せない。エンテレケイアの〝親〟としての自覚が妹を駆り立てているのか。芹那は超能力も持ってないし勉強がさして出来るわけでもない。精神的にも普通の女の子と一緒だし、身体も弱い方だ。


 でも、その目には力強さがあった。


 誰にも脅かせない光が宿っているように、紘には見えた。


「――強くなったな、芹那……」そう言って、紘は芹那の頭を撫でる。

「わっ⁉ もう、お兄ちゃん、話聞いてたー?」と芹那はむくれるも、

「でも、お兄ちゃんなら、選べるよ。だって、どんなにボロボロでも、あたしの中では一番カッコいいお兄ちゃんだからね!」と笑みを向け、そのまま自室へと向かってしまった。

「……自分の意思で選択していくこと……」


 紘は包帯だらけの手を眺めながら、一人拳を握り締めた。


     *


 瀧上功は、夜の寒空の中、空自のヘリコプターが着陸する様を眺めていた。


「これはこれは。随分と切り替えがお早いようですわね、内証第一の皆さまは?」

夜。防衛省本庁舎A棟屋上ヘリポートに到達した女は、ヘリから降りると同時、すぐに両手を挙げる。が、すぐに組み伏せられ、バイザーを外されると同時に口を覆われた。


 茉莉の本来の超能力の情報は既に把握済み。当然の処置だった。


 そして彼女は、押さえつけられたままでも動じず、従順に組み伏せられた。

後に続くヘグリグの面々も、すぐに取り囲まれる。


 彼らを取り囲むのは、総勢50名はくだらない、自分に直属する精鋭部隊だ。


「――防衛システムを奪還した政府は、指揮命令系統の立て直しを即座に進めたようだ。検察庁は君達に内乱罪の適用も辞さないと言っている。無論、非公開の裁判になるがね」


 瀧上がベージュ色のコートをたなびかせながら告げると、向こう側で同じく組み伏せられたセレナーデが、こちらを見て騒ぎ出す。


「――瀧上次席護国官! あの娘の〝保護者〟ね……‼」

「勲功ある人間を犯罪者として捕まえるのは、私としても非常に残念なことだ……。君達には同情の余地がある。いま投降するなら、まだ引き返せるかもしれない」


 瀧上は思う。このような暴挙に彼女達を駆り立てたのは、自分達大人なのだと。ならば、彼らを正常な道に戻すのもまた、自分の役目だ。


「ハッ! 出来損ないの娘と同じことを言うのね? さすがは親子と言うべきかしら?」


 セレナーデがこちらをせせら笑う。


 自分の傍らで拘束された茉莉も、バカにしたように澄ました顔で瀧上を見ている。


 ――ならばこちらも、彼女の父親として、言っておかなければならない。


「……あの娘は失敗作ではない。友人とはいえ、少しは言葉を謹んで貰いたいものだな?」

「一年程度親子ごっこをしただけで、もう情が湧いたの? でも残念。生まれた頃から知悉している私たちにとって、彼女は何処までも偽物なの。そうでしょう、茉莉?」


 セレナーデが吐く言葉を、茉莉は目を閉じて聞いている。

言葉に出来ぬ思いが瀧上に去来したが、それが娘に対する悲しみなのか、彼女達に対する哀れみなのかは、分からなかった。


「話は、後でゆっくり聞こう。――総員、彼らを小菅の特別留置場へ」


 だがそこに、別の足音が近づく。その足音は、何度も何度も聞いてきたものだ。


「――瀧上次席。後は私が引き継ごう。内証第一の指揮代行任務、ご苦労だった」


 規律正しい男の声。それは、内証第一の最高責任者と同じものだった。


「冴島首席……。なぜこちらに……? 官邸に事態収束の報告をしているはずでは……」


 仕立てのいいスーツに身を包んだ壮年の男。官僚のような風情がある一方で、どこか隠せない軍人気質のようなオーラを発する自分の上官が、そこに居た。


「いや。我々の作戦計画は継続している。総理の命令書も、ここにある」

「……何をバカなことを。――これは? …………どうやら、私はお役御免のようですな」


 瀧上が受け取った書類には、『秋津洲プロトコル第三号計画 失楽園計画運用マニュアル』と記されていた。


「まさか、官製クーデーターとは……。しかも、貴方が自ら……」

「〝積荷〟の手配、ご苦労だった。米国とのリエゾンは、やはり君が一番の適任だったよ」


 冴島が茉莉へ近づき、彼女の猿ぐつわを取る。


 彼は自分の上官でもあり、彼女達の計画を主導する指揮官でもあったということか。

 内閣特殊事態対策センター首席護国官の地位にある男は、「諸君には引き続き、任務に当たってもらいたい」と茉莉やセレナーデに向けて檄を飛ばす。


「ええ。既に仕込みは終わっています。瀧上次席は足元にもう少し配慮すべきでしたわね」


 そして茉莉はコホンと咳払いすると同時、先ほどまでのソプラノ的美声から、柔らかいアルト調の声音で「〝使命に従い、プロトコルの遂行に従事しなさい〟」と告げた。


 ――まずい! 変声機ではない地声を使われた⁉


 茉莉が手を掲げた瞬間、彼女らに銃口を向けていたはずの特殊部隊員数十名が、一斉に瀧上へ対峙し、銃口を向けた。全ては、従前から仕掛けた能力が発動したに過ぎないということか。


「……危険思想の持ち主は作戦から排除していたはずだ……」


 瀧上の疑問に対し、茉莉は再び元のソプラノ的声音に戻ると、面白おかしそうに解説を始める。


「確かに。でも、憂国の思いは心理テストでは見抜けません。〝この国を憂うなら、私と一緒に戦いましょう〟という勧誘に、彼らは見事応えてくれたようですわね?」

「……じ、次席……! ち、違うんです! 我々は……!」


 震えながら銃を向ける部下たちを眺めながら、瀧上はため息をつく。


「情報機関の職員に憂国の思いが、無いわけがない。Utopia Tentative-model No.3……。まさに、悪魔の囁きそのものだな……」


 〈§(セクション)130〉。資料によれば、声を聞いた相手に対し、その人間が抑圧している真の感情を扇動する能力だという。それに呼応するということは、彼らも心の奥底で思っているのだ。


「規格外技術を解放して、日本を救う。理性では否定出来ても、その欲求を否定することは出来んよ」冴島はそう言って瀧上へ接近し、彼の眉間に銃口を突き付けた。

「本計画は、エンテレケイアの反乱ではない。社会構造を変革するための、内閣による承認を受けたプロトコル遂行計画の一環だ。すまんが、現状維持を主務とする警察官僚には、引き取りを願おう。――次席を連れて行きなさい」

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