第23話

     *


「――さて、何から話せばいいか迷いますね。なにせ、懸念事項が山積みですから」


 カレーを三杯ほど片付けて満足した様子の志乃が、一息ついた様子で切り出す。


 内証第七の壊滅。人造能力者。志乃の素性。パッと思い付くだけでもこれだけある。


「……じゃあ、まずは俺と芹那が置かれていた状況から説明するよ」


 状況報告。紘と芹那は、ミサイルがSSIビルに撃ち込まれてから今日までの日々を説明する。蘭子と巨永の話になると流石の志乃も目を伏せたが、「あの二人が早々に退場するわけがありません。彼らの捜索も任務に追加しましょう」と表情を硬くする。


 次に志乃は、内証第一・内閣特殊事態対策センターの命令で、米国から規格外技術が用いられた戦闘機を引っ提げてきたこと、ヘグリグに対抗するため、その戦闘機に積載された量子コンピュータを伴い、空から劇的な帰国を果たしたことを訥々と話し始めた。聞き終えた紘は第一声、


「密入国じゃないか……」

「人を犯罪者呼ばわりするのは辞めてください。空自と海自のお出迎えを受けたのです。公然の入国ではないですか」

「そんな、人権指令を受けた戦後の内務省みたいなことを言われても……」

「中々上手いことを言いますね、コウは」


 感心した様子の志乃に対し、芹那は「な、何言ってんだこの人たち……」と呟く。


「なんだ知らないのか? 終戦直後、GHQに秘密警察の廃止を命じられた所管省庁の内務省は、『特高警察は公然と活動していたので秘密警察じゃない』と抗弁して、GHQの怒りを買って、しまいには内務省ごと解体されたんだ」

「いや、面白いけど笑えないよ……」芹那の言い分ももっともではある。


 ちなみに内務省とは、警察や地方自治を所管していた戦前のスーパー官庁の一角だ。


「その件なんだが、俺達は最近ずっと公安やら保全隊やらに監視されていて……」


 喫緊の課題。政府に睨まれた自分達の身の安全を、これからどう確保すればいいのか。


「おそらく、監視は解かれるでしょう。多分、今夜にでもヘグリグ政権は下野します。わたしが国防システムを掌握した以上、政府が茉莉たちに遠慮する必要はありませんから」


 国防システム。何処からかミサイルを飛ばして、ビルに撃ち込み、軍用ヘリを撃墜する力。それを、目の前の少女が掌握していることに、現実感が湧かない。


「なあ、志乃……。お前の能力はヴィジブル・ヴァイオレット級の〈インターフェース〉だったよな? あれも、特務情報部では実力をひた隠しにしていたのか? いや、そもそも、どうして特務情報部に出向していたんだ?」


 天祐志乃の核心に触れる質問。巨永からは制止されていたが、状況が状況だ。志乃の方も、「もう隠し立てする必要は無いでしょうね」と前置きする。


「……南スーダンPKOからの撤退後、内証第十は二つの派閥に別れました。片方は派兵された側。もう片方は派兵されなかった側。ヘグリグは前者で、わたしは後者でした」


 やはり、あのPKOが始まりなのだ。その戦場でおそらく、何かがあった。


「前者の勢力は次第に先鋭化し、過激な国家改造計画を求め、防衛省上層部へ恫喝を開始。一方で彼らは、自分達の思想に従わないエンテレケイア達を責めたて、隊内は一触即発に陥りました。そして、派兵されなかった者たちの殆どは政府監視のもと、除隊。わたしは逃げるのも癪でしたので、伝手を辿って、内証第一に配置転換となったのです」


 内証第一。内閣官房に置かれた情報機関の中枢・内閣情報調査室に隷属する国家行政内証機関の筆頭部局。各機関の精鋭によって構成され、国内の様々な規格外技術事案を鎮圧してきたエリート集団と言われる。


「そしてある日、高宮兄妹監視のため、わたしは再度の出向を命じられました」

「私達の……監視……?」芹那が不安な様子で尋ねる。

「はい。わたしの上官は、貴方達に茉莉の手が伸びていないか、事が起きた場合、貴方達を守るためのプランはあるのか。検討材料収集のために、わたしを特務情報部へ派遣したのです」


 そうか。そんなにも前から、自分達は彼らの標的になっていたのか。

この業界にもそれなりに慣れてきたつもりだったが、まだまだ研鑽が足りないようだ。


「わたしは、貴方達兄妹を守ります。ヘグリグの暴走を止める必要がありますし、それこそが、わたしに与えられた、最後の〝絶対命令〟ですから……」


 紘は芹那と顔を見合わせる。願ってもない話だ。組織の後ろ盾もなく、国家すら敵に回っている以上、こんなに頼もしい仲間は居ない。


「こちらこそ、よろしく頼む……。早く事態を解決して、日常を取り戻したいんだ……」

「志乃ちゃんが居れば百人力だよ! なんたって、あんなに凄い超能力を持ってるんだしね!」


 紘は神妙に深々と頭を下げ、芹那ははしゃぎながら、賛意を示す。


「ふっ。こんなに素直なコウを見れるなんて、それだけで任務に就いた甲斐がありましたね」


 志乃はいつもの調子で、からかうように言う。それが言外に「いつもどおりの関係でいきましょう」と言ってくれたように思えた。――廃棄処分を免れた遠因も、人造人間としての素性も、全部飲み込んだ上で、特務二課での今までの関係性を志乃は望んでいるのだ。


「…………ありがとう、志乃」

「いいえ。これも、任務ですから」


 そして紘はふと、先ほどの戦闘から気になっていた疑問を思い出した。


「ところで、話は戻るが、能力の方はどうなんだ? まさか、素性を隠すために今までの任務で手を抜いていたんじゃ……」紘が怪しげに目を向けると、志乃はむっとしたように答える。


「わたしもそこまで余裕綽々ではありません。わたしの本来の能力はヴァイオレット級の〈インターフェース〉。UV級〈サイバーテレパス〉はあくまで、補助演算装置あってこその力です」


「その演算装置ってのは、戦闘機に積載されているコンピュータのことか? そもそも、その戦闘機は何処に隠してあるんだ?」


 紘の質問に志乃は少しだけ考え込むように手を口に当て、


「いいでしょう。荷物の回収もありますし、二人にわたしの愛機を紹介します」


     *


 都営住宅群の狭間にある、砂場とブランコしかない簡易な公園。


 幼い頃は芹那とよく遊んだものだ。そして、そこにはもう一人居た。もう顔も名前も思い出せない頃の、昔の話だ。


「さむーい……! 志乃ちゃん、まだー?」

「ふむ。この位置なら丁度よさそうです。――それでは、射出します」


 暗闇で光るスマホの画面に、志乃が指示を飛ばすと同時、一瞬だけ何かが月光を遮った。


「今のが、お前の乗ってきた戦闘機か?」

「はい。エリア51で魔改造されたF‐35X〈ライトニングⅡⅩ〉。超高度エンジンによって六か月の連続飛行と自律制御プログラムによる飛行を実現させた、世界最強の戦闘機です」


 しかもそこに量子コンピュータが積まれている実験機らしい。もう訳が分からな

い。


「よくそんなヤバい機体を、エンテレケイアとはいえ、日本の諜報員に……」

「上官はCIAとのコネとか言ってましたね。でも、こんなにすんなり貸し出されるのは、合衆国側にも何らかのバーターがあるのでしょう。例えば、わたしを実証試験の検体にしているとか」


 気分は良くないが、そういうことだろう。だが、実験台にされている理由は、彼女自身のためではなく、自分達の護衛とヘグリグの壊滅にある。

 

 彼女自身に対するバーターが無いこと、自分がそれを用意できないという理不尽さが 心苦しくなる。だが、横眼で志乃を見ると、彼女はあまり気にしていないようだった。

 

 しばらくすると、いくつものパラシュートが括りつけられた段ボール箱が、公園の敷地内に落下してくる。


「あれは……懐かしの温州ミカン箱……。アメリカまで持参していたのか……」

「ちゃんと特殊な透明防備袋に包んでいるので、乱気流でも型崩れが起きず安心です……コウ、わたしの胸元を見るのはやめて下さい。下着が無いと崩れるぐらいの形はあるのですよ?」


 志乃は胸元を隠すように腕を交差させる。少しだけジト目なのも腹立つポイントが高い。


「誰も見てないし思ってもねーよ……。唐突に自罰的なボケを挟まないでくれ……」

「お兄ちゃん‼ セクハラはクリティカル・ダークネス違反だよ⁉」


 一瞬なんのことか分からなかったが、ポリティカル・コネクトレスの事を言いたいらしい。英語よりも日本語の使い方を勉強して欲しいのだが。


 何はともあれ、戦闘機から射出されたらしい荷物は公園敷地内に墜落し、志乃はいそいそと回収に向かう。紘と芹那もスマホのライト機能を片手について行く。


「これは……レーションですね。後で神棚に飾りますか。これは……持ち込んだ携帯ゲーム機……。あ、ありました。これが無いと、わたしは眠れないのです」


 そうやって志乃が取り出したのは、枕。


 紘と芹那が首を傾げていると、志乃は淡々と告げる。


「というわけで、コウ、芹那。わたしはこの公園で二人を監視します。知ってますか? 意外と段ボールは暖かいんですよ?」


得意げに野営を宣言する少女に対して紘と芹那は、


「……志乃ちゃん、ホームレス中学生が流行ったのは大分昔の話だよ……」

「寝床は芹那の部屋でいいか? ウチは狭いからなあ」


 兄妹の発言に対し、志乃はきょとんとした顔で、美味しくなさそうなレーションを持っていた。


 期せずして、高宮家には同居人が増えることになった。

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