第20話


 背後から声がした。忌々しいあの女の、鈴のような声が。振り向くと、そこには奇妙な刀を持った少女が立っている。バイナリーブレード。

あの兵装を、〝あの娘〟の兵装を、彼女が持っている事実が許せない。芹那に抜かれたはずの怒気が、再びふつふつと湧き上がってくる。


「メタマテリアルを無効化しましたか……」


 もう、自身と芹那に掛けられていた光学迷彩は解除されている。

目の前の女によるものだ。〈サイバーテレパス〉が本領を発揮すれば、電磁波の透磁率の解析すら容易いということか。


「ですが、これでは我らが指揮官に顔向けが出来ません……‼ 私は、貴方達三人を市ヶ谷まで連れて行きます!」


「なら、覚悟しておくことです。わたしの攻撃は〈ARスクエア〉と違って、回復はしません」


 少女がブレードを構えると同時、茉莉は芹那の襟首を掴み、放り投げた。


「あっ、ちょっと、きゃああああ‼」


 その辺に転がる芹那。追いかけてきた紘が、「大丈夫か⁉」と傷だらけの身体で駆け寄る。


 その一部始終を見届けた志乃は、こちらの意図を確信したようだった。


「茉莉……。あなた、まさか……」

「さすが、同系統能力者には分かるみたいですわね!」


 茉莉の手に凝縮される光エネルギー。それは凝縮されたエネルギーと化し、殆ど視認できないほどの細く長い糸のような形状へと変貌した。


「やめなさい、茉莉! 死にますよ⁉」

「貴方のバイナリーブレードを、今ここで破壊します! そうすれば、米国から持ち込んだ演算装置の制御も出来なくなるはずですから!」


 人類の科学力では不可能なほど圧縮された光は、茉莉の右手を焼いていく。その周辺からは、極細の刃から放射線が発されていく。明らかに被爆寸前のエネルギー量だ。


「フラグシップ専用武装でも、この刃には素材高度が耐えられないでしょう! プロトコルの遂行に支障をきたしますが、いま計画を台無しにされるよりは、遅延の方がマシです!」


 茉莉が光りの刃を振るう。志乃はつばぜり合いを避け、後ずさりする。やはり、あの専用武装こそ、彼女の要。アレが壊されることは、補助演算装置との断絶を意味するからだ。


「茉莉。貴方が死んでしまいます……。諦めて、投降して下さい」


 心配そうな口調。こちらを慮る声色。自分が知っている彼女そのもの。なのに何故、


「なんでそんな、人形みたいな顔をするのですか、貴方は⁉」


 刃を振るう。手が焼ける。サイボーク化されているとはいえ、耐久力にも限界がある。


「――ぐっ!」避けたはずの少女だが、光がブレードを掠め、フレームの一部が破損する。


     *


「いってえ……」紘は身体中の傷を抑える。隣で芹那が自分の肩を掴む。


「お兄ちゃん、大丈夫⁉」だが、心配するべきは、自分ではなく志乃の方だ。


 彼女は圧されている。あのブレードでは戦えないのだ。そして、茉莉の方も爛れた手で光の刃を振るい続ける。


 彼らは、自分が引き起こした行いによって、戦いを強いられている。


「……芹那……その辺に転がっている俺の鞄から、白い筒状の物体を取って来てくれ……」

「無理しちゃダメだよ! お兄ちゃん、もうボロボロじゃん! ……それに、アレは……」

「これは賭けだ……! ぶっつけ本番で、今ここで、俺がやらなきゃいけないことなんだ――!」

「…………分かった。取ってくるよ……」


 芹那は諦めたような、でも、仕方ない、というような苦笑を浮かべ、駆けていく。


 ヘグリグを止める。それが、紘の出した結論。茉莉の言う通り、彼らが自分のせいで生まれた存在なら、これ以上罪を重ねさせるわけには、いかない。


 それを自覚した瞬間、身体中の血流が早くなったような気がした。脳も心臓も、さっきまでとは違う臓器になったような心強さを感じる。今なら、やれる……!


「お兄ちゃん! しっかり受け取ってよね‼」


 志乃が放り投げた物体は、放物線を描いて、紘の右手へと収まる。そして紘は、奮戦真っ只中の二人の間へと飛び込んだ。


     *


「なんで! なんで、貴方は笑ってくれませんの? 私達は……〝志乃〟の笑った顔が、見たいだけなのに……」刃を振るい、茉莉の本音が、思わず漏れた。

「――ッ!」


 そして、その言葉の刃の切っ先は、凝縮された光エネルギーよりも深く、志乃に届いたようだった。ほんの一瞬、彼女の表情が動き、一方の身体が――静止した。


「これで、終わりです――――‼」

「させるかあああああああああああ‼」


突然、横から刃を受け止められる。そこに居たのは、満身創痍の高宮紘。

そして、その手に握られたのは――光の剣――だった。


「そ、そんな……。この武器でつばぜり合いなんて、出来るはずが……⁉」

「コウ⁉ 何をやっているのですか! 被爆して死んでしまいますよ!」


 少女が慄き、叫ぶ。それは、茉莉が初めて見た、彼女の表情だった。


「今ここでやらなければ、俺達の運命は、どのみちおしまいだ‼」


 高宮紘が光の刃でこちらを押し返してくる。その手に握られていたのは、有名な映画やアニメに登場するような、プラズマエネルギーの凝縮体を剣にした武器だった。


「〈ARスクエア〉が非実在兵器の顕現化能力に覚醒した……?」

「……賭けだったが、まさか本当に使えるとは、俺も驚いているよ……!」


 紘が剣に力を籠めると、周囲に見えない圧が発生し、茉莉が吹き飛ぶ。


「……予定変更。プロトコルの想定より随分と段階を飛ばしますが、これも一興です……」


 起き上がった茉莉が刃を両手で構える。手が文字通り灼けるように熱い。

だが、それよりも心が熱い。自分はいま、奇跡を垣間見ているのだから。


 ――あの武器は、〝彼女〟の計画を完遂させるための、希望の光なのだ。


「少し大人しくしてもらいますわ! おまわりさん!」

「お前にも、もうその武器は握らせない。しばらく、眠っていろ……」


 果たして、交錯する光の刃が激突し、二本の輝きが一閃した。


     *


 立っていたのは、〈ARスクエア〉。倒れたのは、〈プリズマイスタ〉。身体を切られた茉莉が倒れ込むと同時、光の刃が収束する。


『俺の……勝ち……だ……』


 そう言い残して、少年は倒れ込む。妹と№4が、慌てて駆け寄っていく。


 その光景を、撮影したドローンを通し、総理大臣官邸内にある執務室で眺める影が二つ。


「……〈ARスクエア〉は〝覚醒〟した。我々のプロトコルの針も随分早めねばな」

「ご心配なく。演習計画の前倒しプランは、既に完成しています」

「№4の帰還に合わせ、計画は〈プロヴィデンス〉主体に切り替える。いいな?」

「はい。失楽園計画完遂までもう少し。必ずや期待に応えてみせます。――首席護国官殿」


 長い金髪をたなびかせたセレナーデが、怒りと悔しさを滲ませた様子で答えた。


    *


 現実ではない何処かの世界。暗く、でも明るい。そう形容するしかない世界の狭間で、とある情報がもたらされた。そこにポツンと立っている色素の薄く、髪の長い少女は上を見上げ、囁いた。


「おままごとの続きを始めましょうか、コウ?」

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