第3章 サイバーテレパス(Utopia Tentative-model No.4)
第21話
【特定特別防衛秘密】 【参考資料】
エンテレケイアの調達について
内閣官房・防衛庁・警察庁・外務省
平成15年5月9日
概要
「エンテレケイア・エンフォースメント・エレメンツ(仮称)」(以下「エンテレケイア」という。)とは、戦略指令書(以下「秋津洲プロトコル」という。)に基づき、遺伝子操作、投薬、サイバネ手術等を用いて製造される、超能力(国際連合規格外技術機関制定種別:カテゴリ4)を有した人造超能力者であり、かつ、我が国政府が保有を予定している特別国有財産の一種である。
なお、本調達は随意契約とし、黒瀬メディカル並びに天崎重工を相手方として検討している。
その製造目的は下記のとおり。
1. 我が国政府に敵対する組織、団体または国家等に所属する超能力者及び人造超能力者等への対処のため。
2. 国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(平成4年法律第79号)に基づく活動への参加要員とするため。
3. 前二項のほか、超能力を用いたあらゆる国政に関する行為に用いるため。
4. 超能力関連遺伝子群の研究に供するため。
5. 次代における我が国の基幹人材として活用するため。
(略)
フラグシップ・エンテレケイアの詳細について
国家行政内証機関第七部局・警察庁警備局特務情報部所属の超能力者による警備公安警察活動において得られた超能力関連遺伝子群に関するデータの収集、研究の進度はめざましく、秋津洲プロトコルに記された「超能力による国家統治政策」への転用案も、現在関係府省庁で検討されている。
ついては、現在検討されている案のうち、特に秋津洲プロトコルの実現に寄与すると思料される案に基づいた超能力を持つフラグシップ・エンテレケイアの製造をここに立案する。
〇三番体(Utopia Tentative-model No.3)〈§130〉
・想定する超能力:対象の意識操作(特記事項:特に大衆扇動を可能とするもの)
〇四番体(Utopia Tentative-model No.4)〈サイバーテレパス〉
・想定する超能力:電磁波への干渉(特記事項:特に高度情報通信ネットワークへの干渉を可能とするもの)
(略)
なお、遺伝子を組み込むクローン体は、廃棄処分検討中の実験個体群を流用する。
*
「――ねえ、紘くん。就職希望先は、もう提示したの?」
富士演習場の僻地に存在する、特殊活動青少年従事者養成キャンプ。その研修教場同期生の少し大人びた少女は、ニコニコとした笑顔で紘に尋ねる。
「俺は内証第七です。実を言うと第七に行くために、このキャンプに入れられたというか……」
「本当⁉ 私もそうなの! この養成課程をクリアすれば、一緒に働けるってことだねー!」
少女の胸元には「綾崎」と書かれた名札が付けられていた。
内証第七への配属は妹の治療をバーターとした取引であると認識していたので、純粋に働くのを楽しみにしている蘭子の気概が、紘には新鮮だった。
「キミは――」
何か言おうと思った矢先、教官が入室し、蘭子は「じゃあ、また」と慌てて去っていく。
国家行政内証機関第六部局・厚生労働省養成局。
この養成キャンプの運営組織は、様々な省庁から呼び寄せた役人たちを講師に据え、
〝政府の子どもたち〟候補である自分達に、規格外技術に関わる科学技術のほか、捜査・諜報教育、法律や経済、医学等を教え込む機関である。
今日は防衛省出身者による、規格外技術に関する歴史の講義だ。
「一九四五年九月。第二次世界大戦の終結と同時に、ある国際組織がその産声を上げた」
教官役の男は五十を過ぎてはいたが、精悍な顔つきで、未だに働き盛りのように見える。
後で知ったが、彼は陸自の将官であり、後に官邸幹部に抜擢される程の大物だった。
「国際連合規格外技術機関。その役割は、現行の科学技術を超越したオーバーテクノロジーを隠匿し、世界秩序を保つこと。人類社会の守護を謳う人類最後の砦とも言われている。その創設背景には、戦時中に猛威を振るった超能力や魔導技術、原子力をも超越した超科学にあった」
紘は真面目に話を聞く。ちら、と綾崎蘭子の方を窺うと、彼女も真剣に聞いていた。
ここでの研修査定は、そのまま配属先に伝えられるからだ。採用後の評価にも当然響いてくる。
「ナチス・ドイツで権勢を振るったアーネンエルベの医療技術は、人類種を造り変えるところまで到達したと言われ、米大統領の病死は大日本帝国による神器を用いた呪殺であると囁かれた。一方の米国ロスアラモスでは原子力研究の傍ら、後のインターネットの萌芽となる通信技術が確立されるとともに、人間には見えない〝領域〟への接触を果たしたとも噂される」
紘は息を呑んだ。話は難しいが、聞く人が聞けば、卒倒しそうな内容だ。教場の空気も張りつめている。皆一様に、規格外技術事案に巻き込まれた少年少女ではあったが、知ってはいけない世界に足を踏み入れたことを、初めて自覚したようでもあった。
「人類には早すぎる技術を抑制するため、UNITIは規格外技術を監視する組織の設置を各国へ勧告した。日本では国家行政内証機関として制度化され、各省庁の縄張り争いの下、様々な機関が現在も極秘に活動している。――この資料を前から順番に取ってくれ」
教官が前方の席からレジュメを配り始める。目を通すと、そこには円筒型の白く巨大な筐体を写した、ひどく不鮮明な画像が掲載されていた。ページには〝絶秘〟と印刷されている。
「UNITIは、世界中のあらゆる規格外技術を結集して作り上げた量子コンピュータを保有している。そのメインフレームには人類未知の人工知能が搭載されており、事務局長の首席補佐官として、意見具申すら許されているという。システムは作戦計画の企画立案まで担っているとされるが、詳細は不明だ」
量子コンピュータ。人工知能。まるでSF小説のような存在がこの世に存在し、国際政治に影響を与えている。まだ、自分の超能力〈ARスクエア〉の方が、現実世界に対する接点の面積は大きいんじゃなかろうか。紘の述懐をよそに、教官は背後のホワイトボードに文字を書いていく。まるで、口にするのも憚られる存在だとでも言うように。
――〈メガセリオン・システム〉。
それが、規格外技術事案に関する最高レベルの政治要素であることを、紘はその日初めて知った。
*
ブレードを構えた志乃が、憐れむような目で茉莉を見ている。紘はその光景を、地面に伏せったまま、虚ろな目で眺めていた。
「ここまでのようですね、茉莉。貴方たちの反乱は、これでおしまいです」
「うるさい……私たちはまだ――」
茉莉が反論しようとした瞬間、通信機に、無線が入る。
『――帰投しなさい、茉莉。本作戦は中断するわ。……私のせいで、ごめん……』
通信機から響く女の声。それを聞いた茉莉は、雨に濡れながら頷いた。
「セレナーデ……。――いいえ、誤差の範囲内です。逆に、私達にとっても、それがいい」
何かをぶつぶつと告げる茉莉に対し、志乃は再び刃先を向け始めるが、その時、巨大なローター音が上空から聞こえ始める。またもや輸送機のようだった。
ヘリが高度を下げると同時、ハッチが開く。そこに一人の少女が顔を覗かせた。長い金髪に丸い眼鏡を掛けた少女。
倒壊したビルで見かけた茉莉の片割れ。無線機から再び声が聞こえる。
『――――チッ、出来損ないを取り逃がすなんて、不覚だったわ……』
どうやら、あの金髪少女の声らしい。
「…………セレナーデ。次に会う時もまた、海へ叩き落としてあげましょうか?」
そう言って、志乃は踵を返す。もう、エンテレケイア達を顧みることはしなかった。
「長居は無用です。コウ、芹那。早くここから撤退しましょう」
「あ、ああ……。――って、悪い。力が入らない……」
満身創痍の紘は崩れ落ち、殆ど気を失いそうになっていた。
「お兄ちゃん⁉ しっかりしてよ! ほら、しゃんと立ち上がる!」
「芹那。コウの左側を支えて下さい。右側はわたしが支えますから」
紘はぼんやりとしながら、志乃と芹那に支えられる。情けない構図だ。
ヘリの方を見上げる。そこには、乗り込んでいく茉莉達の姿があった。
――また会いましょう、高宮紘。茉莉の優しい声が、届いたような気がした。
*
夢を見た。小学一年生の夏休みのことだ。
「ナンバーフォー」と名乗る女の子に出会って、既に一か月が経過していた。
紘は少女に「天祐志乃(てんゆうしの)」という名前を辞書と睨めっこしながら付けた。「ユートピアテンタティヴモデル№4」という本名からもじった名前を、彼女はとても喜んでくれた。
紘と芹那は、いつも志乃と一緒におままごとをしたり、家でゲームをしていた。彼女はテレビゲームを知らなかったようで、食い入るようにプレイしていた日もあった。そして、夕方になると、いつもタクシーで何処かのホテルへ帰って行った。お金持ちなんだな、と紘は思った。
いつも朗らかな笑顔で、自分と芹那を楽しませようとする彼女を好きにならないわけがない。
紘は夏が終わってもずっと、彼女と一緒に遊んでいたいと思った。
テレビ画面に「GAME OVER」の文字が点滅している。その背景には、隕石に激突して爆散した戦闘機の残骸が映っていた。
「あっはっはっは! お兄ちゃん、死んじゃった!」芹那が指をさして笑ってくる。
「コウ、ゲーム下手ですね……。せっかくわたしが、世界連邦空軍最強戦闘機GFF‐73を、wikiとにらっめこしてカスタマイズしてあげたというのに……」
「げ、ゲームでは失敗かもしれないけど、俺の特攻で世界が救われたかもしれないだろ?」
コントローラーを握り締めながら、幼い紘は口を尖らせて反論する。女の子にカッコ悪いところを見られて、バツが悪いからだ。
「どういう屁理屈ですか。隕石をレーザーで破壊しない限り、このゲームはクリアできないのですよ?」
三人は、架空の未来を描いた戦闘機ゲームを高宮家の自宅でプレイしていた。最終ミッションは落ちてくる隕石に対し、強力なレーザー兵器を携えた戦闘機で迎え撃つという、中々に熱い展開だ。紘はクリアできた試しがなく、今回もエネルギーの残数が切れて、ヤケクソ気味に隕石へ特攻して自爆した。
「やれやれですね。今度はわたしが超本格的ヒコーキごっこをみせてあげます」
などと言っている間に、玄関から「ただいまー」と声がする。父が帰ってきたのだ。
「女の子の友達か。やるなあ、紘は……」父は志乃を見るなり、からかってきた。
「おじゃましています、コウのお父さん。てんゆうしのといいます。お父さんのお話は、いつもコウと芹那から聞いています。かっこいい、正義の味方だと」
「おい、しの、やめろよー!」
「ははは……。いったい、どんな話をされているのやら」
母が死んだ後、父は警察の内勤部署を志願した。男手一つで、紘と芹那を育てるために、彼は刑事の道を諦めてしまった。
――そして、〝署長〟も、警察署から居なくなってしまった。
あの巨永という男が、まだ警察官で居るのかどうかすら、父には分からないらしい。
父は、紘を責めなかった。母が死んだことを、全て自分の責任として飲み込んだ。子どもの不始末を背負った父に対して、紘はずっと、心の中で申し訳ないと思っていた。
「志乃ちゃん。紘と芹那と、ずっと仲良くしてあげてほしい」父が志乃の頭を撫でた。
「もちろんです! わたしたちは、ずっとずっと、一緒なんです!」
無邪気に笑う志乃の笑顔が、夏のヒマワリのように弾ける。
その後、志乃は白く塗装された近未来の戦闘機で颯爽とCGの空を舞い、軽々と隕石破壊ミッションを成し遂げていた。尾翼に引かれた青い一線が、紘には眩しかった。
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