第19話


 日本列島某地に設置された、マンションの貯水槽を思い起こさせる白い建造物。


「管制サイト」と呼ばれるそれは突如、何処からか攻撃命令を受信した。


 常駐員の操作停止信号も受け付けず、隣に屹立する「垂直発射装置」ことMk41 ⅤⅬSは物体を発射。打ち上げられた物体は、関東地方を目指して飛翔を開始した。


 未だこの国において議論の俎上にも上がっていない弾道ミサイル防衛システム「イージス・アショア」から放たれたそれは、首都上空に浮かぶ輸送ヘリを標的に推進していく。


     *


「あー、あー、チヌークの乗員に告げます。これから、貴方達の機体は撃墜されますので、速やかに避難することをお勧めします。わたしも、無意味な殺生はしたくありませんので」


 怪訝な顔をするヘグリグ達。だが、茉莉の顔だけが違った。


「――! 機体を捨ててすぐに降りなさい! この女は、本気です‼」


 数名の乗組員がパラシュートで飛び降りる姿が見えた。そして次の瞬間、


 コントロールを失ったチヌークに、上空から舞い降りた飛翔体が直撃、爆散した。

あまりの音に受け身の体制を取る紘。


 一方、隣の志乃は微動だにせず、落下する破片を見つめる。


「あ、あれは……SM3……?」


 対空迎撃ミサイルRIM-161とCH‐47の残骸が、工場の敷地内に落下した。


「日本の防衛システムは、既にわたしが書き換えました。貴方達が一日一〇〇〇の巡航ミサイルを発射するなら、わたしは、一日一五〇〇の迎撃ミサイルで撃ち落としてあげましょう」


 紘は唖然としてしまう。何が起こっているのか、わけが分からない。ただ、隣に控える少女が、〝戦略〟そのものを掌握していることだけは、肌で感じ取れた。


「何の罪もない国民を人質に取る手段。それを貴方達が選んだこと、残念に思います……」

「貴方みたいな出来損ないが、〈サイバーテレパス〉の能力をこんなに早く掌握するなんて……」


 取り乱し始める茉莉。そして、ヘグリグ達。


「……戦略級というのは言い得て妙ですね、茉莉。わたしは、既に貴方達の生命を掌握しているのですから」


 怪訝な顔を茉莉が浮かべると同時、周囲のエンテレケイア達から、今日何度目か分からない絶叫が轟き始めた。彼らは皆一様に、頭や耳を抑えながら、のたうち回っている。


「あなた方が持っている携帯電話や無線機をジャックしました。流石に変換した電磁波で被爆させるのは忍びないので、わたし特性の音響兵器に変えてあげましたが。……そうそう、指向性も調整しているので、紘や芹那には影響しません。ヘグリグの皆さんにだけ聞かせる、貸し切りのオーケストラはいかがでしょうか?」


「あがが……」と泡を吹いて倒れるエンテレケイア達。紘の〈ARスクエア〉のトラウマさえ乗り越えていたように見える彼らも、流石に脳内に直接干渉する兵器には対処不能なのだろう。


「この……! 出来損ないのくせに、調子づくなああああああああ‼」

「あ、ちょっと……!」


 抱えた芹那ともども、茉莉は姿を消した。あれが彼女の能力か。


「芹那! ――痛ッ!」


 激痛が身体を襲う。能力発動どころか、立ち上がるのも無理そうだった。そんな紘にすっと、志乃は手を差し伸べ、淡々と告げる。


「……掴まってください。あともう一息です。一緒に、芹那を助けましょう」


 半年間一緒に居た、無表情で減らず口の相棒。そんな彼女は、実は自分の行いが原因で生み出された人造人間。そんな相手に、自分はどんな態度を取ればいいのか。


「志乃。お前は……。お前のその能力も……芹那の遺伝子に由来するものなのか……?」

「……その話は後です。いまは、芹那を助けるのが先決ですから」


 志乃の一言に、紘は黙って頷いた。


     *


 芹那を抱え、茉莉は走る。工場の敷地内を走り抜け、外へと目指す。逃亡に成功すれば、パトカーでも装甲車でも呼びつければいい。まだ、それぐらいの権限は残っているはずだ。


 〈プリズマイスタ〉。それが、茉莉が暫定的に扱える能力の名だ。光を屈折させ、姿を消すほか、別の場所にある物体をホログラムのように投影したり、上書きする能力。全てはこの奇妙なバイザーと、〝彼女〟が遺したプロトコルの恩恵によるものだ。


 さきほど、高宮紘を騙せたのも、その能力のお陰だ。


 仲間の一人に自分の姿を投影し、自分に高宮芹那を投影した。自分の役を担った仲間は、高宮紘に撃ち殺されることも承知済みで志願した。彼だけじゃない。この施設に居る者たちも、そもそも決起に参加した者たちも、全員命を懸けている。恩を返すために。〝彼女〟の掲げる理想のために。この世界を変えるために。


 ――何より、大切な家族を取り戻すために。


「……どうして、あなたは泣いているの?」


 抱えられ、攫われているはずの少女が憐れむような目を向けてくる。指摘されて、自分の目から涙が流れていることに、茉莉は初めて気づいた。


「……私達の崇高な目的に思いを馳せていたからです、高宮芹那。我々のプロトコルは、貴方と、貴方のお兄様にも、必ずや実りあるものになるはずなのです」

「……それは、お兄ちゃんの職場にミサイルを撃ち込んだり、大勢の人間を人質にしても、やらなければいけないことなの?」


 ――当然です。そう言おうとしたが、高宮芹那の悲しそうな顔を見て、茉莉は毒気を抜かれてしまった。まるで、居たことも無い母親に諭されたような気分だった。


「わ、私達は気付いたのですわ! 戦わなければいけない敵! 戦うべき理由! そのためなら、日本人が何千万人死のうが、どうでも良いのです‼」


「嘘だよ」と芹那は即答してきた。「貴方達は、確かにそれだけのことが出来るかもしれない。でも、平気で沢山の人を殺せるような人たちには、見えない。――だって、」


 芹那はこちらの目をまっすぐ見据えて告げる。


「あなた達は、大切な人を失った悲しみを、知っているように見えるから……。自分に押し付けられた理不尽を、他人に押し付けられない人達に、見えるから……」

「…………流石は、我々の二人目の母親といったところでしょうか……」


 反論したいのに、この少女には何も言えなくなってしまう。


 何の能力も無いはずの少女に。


「――見つけましたよ、茉莉。どんな原理かは知りませんが、貴方の能力は、所詮わたしの劣化コピー。敵ではないのです」

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