第18話
「……私が、私が生まれたせいで……超能力が芽生えて……戦場に送られて……復讐しに日本へ戻ってきたのが、この人たち、なんだって……」
「そん、な……。う、嘘だろ…………?」
茉莉は未だに笑顔を浮かべている。自分に銃を向ける連中の顔つきも、どこか悲しげだ。
「廃棄処分になり掛けていたヒトクローンに価値を与えてくれたお二人への恩を、我々ヘグリグは、片時も忘れたことがございません。そして私たちは今、貴方たちへ恩返しをしにきたのです。――少し手荒になってしまったことは否定できませんが……」
茉莉が何を言ってるのか分からない。脳が理解を拒否しようとしている。自分の行いが、妹を不完全な身体で産み落としただけでなく、大量の少年少女が人間兵器となるきっかけを作ったらしい。
なんの冗談だ、これは?
南スーダン共和国がどのような状況か、紘も表面上は知っていた。民族差別と大国の利害が錯綜し、国内は孤児で溢れ、空から撒かれた爆弾の報復に、国連司令部まで銃弾が届く戦場。
そんな戦場に少年少女が放り込まれるきっかけを作ったのは――――高宮紘――――。
「う、嘘だ……。違う。そんな筈じゃ……。そんなつもりは……」
言った瞬間、茉莉が紘の肩に手を置き、バイザーを外す。その目は、慈愛に満ちていた。
「嘘やでたらめでこんな目つきになるほど、エンテレケイアは高性能ではありません」
周囲のエンテレケイア達は、ただただ、こちらを眺めている。心臓を掴まれたような気分だ。
「俺達に……何をさせるつもりだ?」
だが茉莉なる少女は「そんなに怖がらないでくださいまし」などと言って笑う。
「お二方には、我々が作る新たな〝国家〟を受け取ってもらいます。詳細は我々の指揮官に会ってから聞いて下さい。〝彼方で待つ、我らが指揮官〟に、ね……」
突如、ばかでかい騒音が頭上で響く。
巨大なローター音。輸送用ヘリ接近の調べ。吹き抜けとなった屋根を見上げると、迷彩柄の巨体に二つのローターを持つ輸送ヘリが舞っている。
空自の輸送ヘリ、CH‐47〈チヌーク〉。
その巨体はこの場全員を収容可能な大きさを持つ。
紘は両腕を拘束している連中に無理やり立たされ、茉莉の元に連れて行かれる。
「要人輸送は陸路より、空路の方が安心ですからね。兄妹に対する、私からの心ばかりの親愛のしるしですわ」
紘は罪悪感に圧し潰されそうになりながら、なんとか茉莉の目を見る。
「……嫌だと、言ったら?」
「――それでも、これはお二人のためなのです」
茉莉は表情も変えず、そして、どこか決意を固めたように、紘を宥めてくる。
「この生命を救ってくれた大恩を、我々は言葉では言い表せません。お二人には不可解でしょうけれど、それでも、我々は事を成さなければならないのです」
「他人の職場を破壊して、諜報機関を送り込んで、人攫いまでして何が恩返しだ!」
「…………いつか、理解してくれる時が来てくれると信じていますわ」
茉莉が紘の手を握ってきた。その掌は温かかった。自分達に害を成そうとするような敵意は微塵も感じられない。――ならばなぜ、こんな真似をしているんだ?
反論の言葉を失っていると、茉莉ははにかみながら、照れたような笑顔を向けてくる。
「……憧れの貴方をエスコート出来るなんて光栄ですわ、高宮紘。願わくば、貴方が我々のプロトコルの執行官たらんことを、切に願います」
上空でローター音を響かせる迷彩柄の機体後方ハッチが開き、回転するホイストからワイヤーが下りてくる。
そして、つま先を載せる先端部が、紘と茉莉の目の前に垂れ下がった。
「乗ってください。大丈夫、芹那も一緒ですから」
ヘグリグ達が芹那に銃口を突き付けた。芹那は軽い悲鳴をあげる。紘はかろうじて、反抗的な視線を茉莉に向けた。
「……それが、恩人に向ける態度か? 芹那に手を出したら、殺す……!」
「例え恩人に恨まれても、我々はお二人を、指揮官の下へ連れて行く責務があるのです」
「指揮官……か。聞きたいことが三十個はある。議員みたいに事前通告したい気分だ」
命綱を付けた紘は、がっしりと揺れ動くワイヤーを掴み、上へと昇っていく。
下を向くと、自力では昇ることが難しそうな芹那を乗せるための準備が始まる。妹は既に諦観の姿勢だ。
地上とヘリの中間地点まで引き上げられる。
自分はいま、地上でも空でもない場所に居る。
あの頃の紘はただ、父と母の喜ぶ顔が見たかっただけだった。妹が無事に生まれて、家族四人で幸せに暮らす、当たり前の日常以外に望みは無かった。
だがそれは、神の理に触れる願いだった。人間には過ぎた、超常の能力を持ってしまった幼子は、その力を振りかざして、国家権力という悪魔と契約した。
そして、神の理に背いた行いは、母の生命を奪い、妹に不幸な人生を与え、見知らぬ少年少女の人生を変貌させたという。
「俺は……どうすれば、良かったんだ……?」
母がベビーベッドの側で泣き晴らし、無力な父をただただ眺めているのが、紘の最適解だったのか。
自分が超能力など持っていなければ、それが正道だった。そして、そんな光景は多分、どこの家庭にも見られるもので、高宮家はそれを受け入れなければならなかった。
思い上がらず理不尽を受け入れることが人間の宿命なのだと、紘はようやく思い知った。
「――〝理不尽に抗え。誰も助けてなどくれないのだから。それでも汝は、助ける側の人間であれ〟。それが貴方の生き方だったはずですよ、コウ?」
聞き覚えのある声が、頭上から聞こえた。
見上げると、空から女の子が降ってくる。その右手に日本刀のような武器を片手に携えた彼女は、衝撃音を轟かせながら、切っ先をチヌーク後方部へと突き刺し、自由落下に急ブレーキ。
そのままブレードを引き抜くと、再度飛び降り、ワイヤーに掴まっている紘を左手で攫いあげ、颯爽と着地した。落下地点は茉莉と芹那の面前。二人とも呆気に取られている。
「…………コウ。ちょっと会わないうちに、すっかり腑抜けてしまったようですね? やはり、頼れる相棒が居ないと、コウはまだまだなのだと分かりました」
「し、志乃……? どうして、ここに……?」
そこには、黒いパイロットスーツに身を包み、ブレードを携えたかつての相棒が立っている。
「テロ幇助を企てる同僚を助けに来たのですよ。まったく、世話が焼けますね、コウは」
周囲のヘグリグの面々も絶句している。上空では、チヌークが煙を上げながら旋回を続けている。
体制が崩れれば、ローターと機体の回転が逆になるのも時間の問題だった。
「し、志乃ちゃん! 生きてたんだね……!」
芹那がここに来て初めて笑顔を見せた。泣き笑いだ。紘には、その顔を作れなかった。
見覚えのない戦闘服に機械的なブレードを携える相棒は、優しい声色で妹に語り掛ける。
「芹那。今までよく頑張りましたね。でも、あともう少しだけ、時間をください」
一方の茉莉は驚愕の面持ちで、「――まさか、こんな登場の仕方は予想していませんでしたわ。今頃、セレナーデに鹵獲されているはずでしたのに……」
彼女が余裕の態度を崩さないようにしているが、それが虚勢であることは明らかだった。
だが、志乃はさして気にしない様子で、
「わたしは、あの戦争で何があったか知りません。でも、今ならまだ、引き返せ――」
志乃が手を伸ばした瞬間、茉莉はバシッと彼女の手を払う。
「黙りなさいっ! これは真の国家改造計画の始まりなのですわ!」
彼女の怒号に反応して、周囲のヘグリグも、一斉にこちらへ敵意を向け始めた。円形に囲まれた紘と志乃。絶体絶命にも関わらず、彼女は平然としている。
知り合い同士、なのか? 紘は天祐志乃という少女の素性が分からなくなる。
「志乃……。お前は、何者なんだ……? なんで、国に狙われている俺達を助けに……」
志乃は、目の前の敵勢力を、まっすぐ見据えて言った。
「わたしは、国家行政内証機関第一部局・内閣特殊事態対策センターの執行官。そして、ユートピア級暫定モデル四番体としてエムザラ遺伝子を組み込まれたエンテレケイアの一人です」
それを聞いた紘は、度肝を抜かれたような表情で声を漏らす。
「な、内証……第一……⁉ そ、それに……お前も、人造人間、なのか……?」
――そんな、まさか。衝撃の連続に、紘は驚きを隠せない。
「わたしの使命は二つ。……一つは、貴方達兄妹を守ること。そして、」
志乃は手に持った刀を横に一閃。瞬間、刀身だと思っていた部分は外殻のように各部が展開し、青白い内部フレームが覗き出す。まるで、七支刀のようだと、紘は思った。
志乃は、力強い目線で切っ先を目の前の少年少女達に向ける。
「超能力者テロ集団〈ヘグリグ〉を壊滅させ、彼らが企てる国家転覆計画を破壊することです」
だが、茉莉は動じない。いくらか余裕を取り戻したのか、勝ち誇った顔で宣言する。
「勢い込んでいるところ悪いですが、貴方は我々に逆らえないはずです。その気になれば、これから原発にミサイルを撃ち込むことだって出来るんですよ? この島国を誰も住めない土地に変えてあげましょうか?」
バイザーの奥に怒りの炎が見えたような気がした。
そうだ。彼らは、日本の防衛システムを一手に掌握しているのだ。後方では落ち着きを取り戻したヘグリグ達が、一斉に銃を構えだす。
だが、志乃はそれに対して一言。
「……………………――――そう、ですか……」
彼女の声のトーンが、氷のように冷たくなったように、紘には聞こえた。
そして志乃は、すっと奇怪な形状の刀を頭上に掲げた
「お、おい、志乃? 何をするつもりだ……?」
「――――ミサイルを墜とすとは、つまり、こういうことでしょうか?」
紘は一瞬、刀身から稲妻のような光が、天へと放たれるイメージを幻視した。
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