第17話
引きずられた部屋に入ると、少年少女達によって、紘はあっという間に床へと組み伏せられる。通学鞄だけは死守しようとしたが、それもあっという間に遠くへ放られた。
「こいつ! 学生服の内側にも武器を隠し持っているぞ⁉」
「身体検査を始めろ! 何をしでかすか分からないからな!」
身体中を改められる。ジャケットの裏側に入れ込んだエアガン四丁はすぐにバレた。
バイザー少女はホールドアップした芹那を引きずりながら、拘束中の紘へ近づく。
「ふふ。内証第七の〈ARスクエア〉。警察の秘密機関どころか、戦争屋そのものじゃないですか。まさかここまでやってくれるとは、予想の範囲内とはいえ、驚きですわね?」
口の中に血の味が広がる。手ひどく殴られたようだが、殺されなかった。本当は殺したいのもやまやまだろうが、自分を確保することに、彼らは拘っているようだった。
「……お前、何者だ? 俺達を、どうするつもりだ?」
「私は茉莉。目的は……そうですね……ファンとして、貴方達を〝保護〟しに来たのです」
――ファンだと?
茉莉なる少女は、こちらを見下ろしながら、飄々とした態度で告げる。
殺しではなく、保護。つまりは自分と芹那の身柄を欲しているということか。だが、自分の実力は所詮、このテロリスト共に敗北する程度だし、一方の芹那については、
「――欠けたエムザラ遺伝子保有者。超能力者の成り損ない。それが貴方の妹ですわね?」
「それが、どうした? 妹は能力なんて持っていない。お前らには何の利用価値もない筈だ!」
そうだ。こいつらに芹那の価値なんて分からない。
いつも隣に居て、笑って、少々頭は悪いが、周囲を明るくしてくれる妹の価値なんて、こいつらに推し量れるわけなんて無いんだ。
だが、茉莉は鼻で笑いながら、何やら紙束を取り出し、面白そうに読み上げている。
「高宮、芹那。兄と、ある警察官僚の共謀により誕生した、哀れなデザイナーベビー、ですか……」
一瞬にして自分の体感温度が下がるのを自覚した。紘は苦し紛れに皮肉をぶつける。
「……いつから俺の周りには、人権侵害を素面で行える奴らで溢れかえったんだ?」
「貴方達は、いまや業界の有名人なんです、高宮紘。国家全体が敵に回るほどのね」
遠い昔の記憶に思える蘭子との会話――内証機関再編の話。不発のミサイル。政府に対する脅迫。治安官庁の急な人事異動。つまりは政権の掌握誇示。導き出される答えは――。
「……お前ら、クーデターの実行犯だろ? どこの内証機関の所属だ?」
茉莉はバイザーを押し上げ、「よくぞ聞いてくれました」と大仰に塞がってない手を開く。
「我々は政府秘中、十番目の内証機関! その名は〝革命組織ヘグリグ〟!」
――ヘグリグ?
内証第十も初めて聞くナンバーだ。紘には思い当たる節がない。
だが、彼らこそが事件の黒幕。〝ヘグリグ〟とは、おそらくテロ組織としての名前だろう。内証は中央省庁直属の組織であるため、所属官庁を示す本当の正式名称があるはずだ。
「出身官庁は何処だ? 願わくば警察庁の同輩でないことを祈りたいが……」
茉莉なる少女はまたも、「待ってました」とばかりに、得意げな様子で告げる。
「出身元の機関名は、――陸上自衛隊中央即応集団特別国際活動教育隊、です。それで、何となく察せるんじゃありませんか?」
最悪だ。規格外技術の内政・軍事転用を禁じるミラノ条約違反の内証機関。
しかも、そんな組織を保有する気概が、この国の政府にあった事実の方こそ驚きである。
「――ペンタブラックどころか、ブラックホールだな、この国の政府は……」
周辺を見渡す。茉莉を始め、自分達を取り囲むのは同じ年頃の少年少女たち。超能力を持った未成年が所属する自衛隊の教育隊。連日報道されていた陸自の日報事件。事態は何となく読めてきたが、自分達兄妹を狙う理由とは結び付かない。
「クソみたいな国家への復讐なら同情するが、その計画に俺達を巻き込む理由はなんだ? 俺達は南スーダンの派遣ミッションとは、何の関係も――」
「――辞めてお兄ちゃん‼」
茉莉よりも先に、芹那が見たことも無いような形相で叫ぶ。まるで、おぞましい出来事を隠そうとしているかのようだ。何だ? 芹那は何を知っている? 自分が来るまでに、何を聞かされた? 動揺する芹那とは対照的に、茉莉も、他のヘグリグの連中も、揃っていやに真剣な面持ちをしている。
敵意や殺気とは違う。この違和感は、何だ?
「……私たちは、この人たちと無関係では、いられないんだよ。生まれた時から、ずっと……」
「そう。貴方達と我々の人生は不可分。お二人は、我々の恩人なのですから」
優しげな、そして親愛の情そのものを向けるような表情で、茉莉は言う。
「……恩人? お前、一体、何を言っているんだ……?」
茉莉は手元の書類をパラパラとめくりながら、朗々と呟く。
「超能力者。それは、能力発動手順が書き込まれたイヴ遺伝子と、発動器官たるエムザラ遺伝子が揃うことで誕生する異端の人類。イヴとエムザラは不可分一体の関係にして、人為的な能力発現や、能力者の製造は不可能である。そう、UNITIは結論づけていますわね?」
芹那が唇を噛み締めながら、泣きそうな顔で俯いている。
一体、何を言おうとしているんだ?
「ですが十四年前、その学説を覆す人間が生まれた。その少女は、超能力者による兄の暴挙を発端に、日本国政府の管理下によって誕生したという噂があります」
突然放り込まれる芹那誕生の話。それが、お前達と何の関係があるというのか。
「少女は、エムザラ遺伝子しか持たない超能力者のエラー品だった。しかし、イヴ遺伝子が欠落した単独のエムザラ遺伝子は、世界でも類を見ない貴重なサンプルであり、政府は研究を進めた。そして、彼女のエムザラ遺伝子は、現存するイヴ遺伝子全てに互換性を持つ、正に次世代のエムザラ遺伝子であることを日本国政府は――」
「――ま、待ってくれ! まさか、そんな……」
冷水を頭からぶっ掛けられた気分だ。話の先が見えてくる。だが、茉莉はなおも続ける。
「政府は能力の発現に失敗した、製造済みのヒトクローン体に、採取した少女のエムザラ遺伝子を移植した。――すると、どうなったでしょう? 彼らは次々と能力を発現しはじめました。政府はこの人造能力者たちを特別国有財産〝
紘は茫然とした様子で、尋ねる。
「じゃあ、そのエムザラ遺伝子の提供者っていうのは……?」
「高宮、芹那っていうらしいよ……お兄ちゃん。その女の子の、名前……」
目の前に、絶望の色を宿した妹が立っていた。
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